第2章 「運命的」出会いの罠
街の中は思ったより活気がある。
石造りの建物が立ち並び、商人や職人、冒険者らしき人たちが行き交っている。
空気には香辛料と焼きたてのパンの匂いが混じって、なんだか異世界って感じがする。
「へえ、案外発達してるじゃないか」
俺は感心したような顔をしながら街を歩く。
でも実際は、周りの人間を観察してるんだ。
(あの商人、客を騙してそうな顔してるな。あっちの冒険者は弱い者いじめしてそうだ)
人間観察は俺の得意分野だ。
表情や仕草から、その人の本性を読み取るのが昔から上手かった。
通りを歩いていると、遠くから金属がぶつかり合う音が聞こえてくる。
「ん? 何だろう?」
音の方向に向かって歩いていくと、大きな訓練場が見えてきた。
看板には『王国騎士団訓練所』と書かれている。
「騎士団か……」
訓練場の柵越しに中を覗いてみると、何人かの騎士団員らしき人たちが剣の稽古をしている。
でも、その光景はどこか異様だった。
「また負けかよ、落ちこぼれ」
「才能ないなら諦めろよ」
「見てて痛々しいんだよ」
数人の男性騎士団員が、一人の少女を囲んで嘲笑している。
少女は金髪に碧眼、天使のような美貌の持ち主だ。
でも今は剣を握った手を震わせながら、涙を浮かべている。
「私……私はもっと強くなりたいだけなのに……」
少女の声が震えている。
その様子を見て、周りの騎士団員たちがさらに笑い声を上げる。
「強くなりたい? お前みたいな下級貴族の娘が?」
「身の程をわきまえろよ」
普通なら、こういう光景を見たら正義感に燃えて助けに入るべきなんだろう。
でも俺は、柵にもたれかかったまま、興味深そうに観察していた。
(へえ、いじめか。でも……)
少女をじっと見ていると、何か違和感がある。
涙を流している表情は確かに悲しそうだけど、時々見せる視線が妙に計算的だ。
(この子……演技してないか?)
その時、少女の視線が俺の方を向いた。
一瞬だけ、彼女の表情が変わったのを俺は見逃さなかった。
(あ、俺に気づいた。そして……面白い)
少女の目に、一瞬だけ「使えそう」という光が宿ったんだ。
でもすぐに悲しげな表情に戻る。
俺は思わず口元を緩めた。
(なるほど、この子も『演技派』か。面白くなりそうだな)
「大丈夫か?」
俺は柵を乗り越えて訓練場に入り、騎士団員たちに声をかけた。
表面上は心配そうな善人の顔で。
「あ? お前誰だよ」
「部外者は入るなよ」
騎士団員たちが俺を睨む。
でも俺は気にしない。
「見てて気になったんだ。なんでこの子をいじめてるんだ?」
「いじめ? 違うよ、指導だ指導」
「そうそう、こいつに現実を教えてやってるんだ」
騎士団員たちが口々に言い訳する。
その様子を見て、俺は内心でほくそ笑む。
(典型的な卑怯者の反応だな。後で『指導』してやろうか)
「指導にしては、ちょっとひどくないか?」
俺は少女に近づく。
彼女は俺を見上げて、感謝の涙を浮かべた。
「あ、ありがとうございます……」
だが俺には分かる。
この涙、演技だ。
そして俺を『利用できる人間』として値踏みしている。
(面白い子だな。俺と同じタイプか)
「君の名前は?」
「ティナ……ティナ・アルベルティアです」
「俺は風間レイジ。よろしく」
「レイジ……様」
ティナが俺の名前を呼ぶ時、その声に微妙な甘さが混じる。
完璧に計算された「可憐な少女」の演技だ。
「おい、そこの野郎!」
突然、怒鳴り声が響いた。
振り返ると、いかにも威圧的な中年男性が近づいてくる。
鎧の装飾から見て、かなり偉い人らしい。
「俺様はガルバス騎士団長だ! 部外者が騎士団の敷地に何の用だ!」
ガルバスと名乗った男は、俺を見下すような目つきで睨んでいる。
典型的な権力者って感じの嫌な奴だ。
(おお、完璧な悪役の登場だ)
俺の心臓がドキドキし始める。
でも表面では困惑した表情を作る。
「すいません、この子が困ってるみたいだったので……」
「困ってる? この落ちこぼれがか?」
ガルバスがティナを見下ろす。
その目つきが、明らかに下品な欲望を含んでいるのを俺は見逃さなかった。
「こいつは下級貴族の三女だ。才能もないくせに騎士になりたがってるんだよ」
「でも、頑張ってるじゃないですか」
「頑張る? 笑わせるな」
ガルバスがティナの顎を乱暴に掴む。
ティナが小さく呻く。
「こんな弱い女に何ができる? せいぜい俺の夜の相手をするくらいが関の山だ」
その瞬間、俺の中の何かが反応した。
でも、それは正義感じゃない。
もっと別の、暗い感情だ。
(あー、この男……最高の『実験台』じゃないか)
俺の目が一瞬だけ、獲物を見つけた捕食者のように光る。
でもすぐに、困った善人の表情に戻す。
「ちょっと待ってください」
「何だ?」
「いくらなんでも、それはひどすぎます」
俺がそう言うと、ガルバスの顔が怒りで歪んだ。
「この生意気なガキが! 身の程を教えてやる!」
ガルバスが腰の剣を抜く。
その刃が夕日を反射してギラリと光った。
周りの騎士団員たちがざわめき始める。
でも誰も止めようとしない。
完全にガルバスの味方だ。
「レイジ様!」
ティナが俺の名前を呼ぶ。
その声には心配が込められているけど、俺には分かる。
彼女は俺の『実力』を測ろうとしているんだ。
(さて、ティナちゃん。俺の本当の姿を見せてあげようか)
俺は右手の人差し指をゆっくりと立てる。
「そうですか……なら」
ガルバスが剣を振り上げた瞬間、俺の口元に本当の笑みが浮かんだ。
(さあ、『指導』の時間だ)
その笑みを見たティナの目が、一瞬だけキラリと光った。