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第1章 転生と「失望」の演技

「うわあああああああ!」


 トラックのフロントガラスが俺の視界を埋め尽くした瞬間、世界が真っ白になった。


 あー、やっちまった。

 横断歩道でスマホ見てたのがダメだったんだな。

 典型的な「ながらスマホ事故」ってやつか。

 母さんに散々注意されてたのに……。


 でも、なんで俺まだ考えることができるんだ?

 死んだはずなのに。


「あら、起きたのね♪」


 甘ったるい声が聞こえた瞬間、俺の意識がはっきりした。


 目を開けると、そこは雲がふわふわ浮かぶ真っ白な空間。

 そして俺の目の前には、まさに「天使」という言葉がぴったりの美女が立っている。

 金髪に碧眼、後光まで差してる。

 

 なんだこれ、マジで天界か?


「こんにちは、風間レイジくん。私は女神シェリル・メイアスよ」


 女神が人懐っこい笑顔でぺこりと頭を下げる。

 

 うわ、なんか思ってたより天然系だな。

 もっとこう、威厳のある感じを想像してたんだけど。


「えーっと……俺、死んだってことですか?」

「そうね。トラックに轢かれて即死だったわ。でも大丈夫! あなたには特別な運命が待ってるの」


 シェリルがぱちんと指を鳴らすと、俺の体がふわりと浮き上がった。

 見下ろすと、確かに俺の体はあるんだけど、なんかちょっと透けてる。


「実は、あなたには異世界で特別な使命があるの。だから転生させてあげる♪」

「異世界転生?」


 おお、なろう小説でよく見るパターンじゃん。

 まさか俺にもそんな展開が……。


「そうよ! 魔法と剣の世界『アナレクシア大陸』に生まれ変わらせてあげる。そして特別なスキルも授けるわ」


 来た来た! チートスキル! 俺もついに最強主人公だ!


 俺の心臓がドキドキし始める。

 いや、心臓あるのかこれ?

 まあいいか。

 

 どんなスキルだろう? 『剣聖』? 『魔王』? それとも『創造神』みたいなやつ?


「あなたのスキルは……」


 シェリルが両手を広げ、キラキラした光を出しながら言う。


「『デコピン』よ♪」

「……は?」


 俺の脳内が一瞬止まった。


「でこ……ピン?」

「そう! 指先でピンってやるあのデコピン!」


 シェリルが自分の額を軽くピンと弾いて見せる。


「……」

「……」

「……ふざけんな!」


 俺の怒声が天界に響いた。


「何だよそれ! デコピンって! そんなしょうもないスキル聞いたことないぞ!」

「あらあら、怒らないで♪ このスキルには深い意味があるのよ」

「深い意味って何だよ! デコピンなんて小学生の遊びだろ!?」


 でも内心では、ちょっと違うことを考えてた。


(デコピン……か。人を痛めつけるスキルってことか?)


 俺の口元がほんの少しだけ緩む。

 でも、それを女神に気づかれるわけにはいかない。


「もっとこう、『無限魔力』とか『時間停止』とか、そういうのないんですか!?」

「ごめんね〜。でも安心して! あなたのデコピンは特別なの。きっと驚くような力を発揮するから」


 シェリルがくるりと回って、俺に向かって手をかざす。


「さあ、新しい人生の始まり!頑張ってね、レイジくん♪」

「ちょっと待てよ! まだ説明が!」


 俺の体がどんどん光に包まれていく。

 視界が白く染まりながら、シェリルの声だけが聞こえてくる。


「世界を変えるのは、案外くだらないものかもしれないわね……」


 そして俺の意識は再び闇に落ちた。


 ◇


 次に目を覚ました時、俺は草原のど真ん中にいた。


 青い空、白い雲、そして見渡す限りの緑の草原。

 風が頬を撫でて、どこからか鳥の鳴き声が聞こえてくる。

 空気も澄んでて、なんか地球とは全然違う感じだ。


「マジで異世界に来ちまった……」


 立ち上がって自分の体を確認する。

 体は軽いし、なんか力が湧いてくる感じがする。


「で、肝心のスキルは……」


 右手の人差し指を立てて、軽く空気を弾いてみる。


 パシンッ!


 思ったより大きな音がした。

 でも別に何も起こらない。


「やっぱりただのデコピンじゃねーか……」


 がっくりと肩を落とす。

 せっかく異世界に来たのに、スキルがデコピンって。

 これじゃ魔物と戦えるわけないだろう。


「あー、どうしよう……」


 でも、心の奥底では、なんか妙にワクワクしてる自分がいる。


(でも……デコピンで人を痛めつけるのって、案外面白いかもしれないな)


 その時、草むらからガサガサと音がした。


「ん?」


 俺が振り返ると、青いゼリー状の生き物がぷるぷる震えながらこちらを見ている。

 大きさは犬くらい。


「うわ、スライムだ!」


 なろう小説でおなじみの定番魔物。

 基本的には弱い雑魚キャラのはずだ。


 でも実際に目の前にいると、結構不気味だな。


 スライムがじりじりと俺に近づいてくる。

 敵意むき出しだ。


「おいおい、マジで襲ってくるのか?」


 俺は後ずさりするフリをしながら、内心では別のことを考えてた。


(さて……初めての『実験』といこうか)


 スライムが俺に飛びかかってきた瞬間、俺は右手の人差し指を構えた。


「仕方ない、デコピン試してみるか」


 指先をスライムに向けて、軽く弾く。


 パチンッ!


 その瞬間、世界が変わった。


 スライムの体が一瞬で原型をとどめないほどに潰れ、そのまま弾丸のような速度で後方に飛んでいく。

 木々がなぎ倒され、岩が粉砕され、遥か向こうの山の中腹に小さなクレーターができる。


「……」


 俺は呆然と立ち尽くしていた。


 周囲の景色が完全に変わってる。

 さっきまで平和だった草原に、まるで隕石が落ちたような跡ができてた。


「え……? なんでこんなに威力が……?」


 表面では困惑してるフリをしてるけど、内心では全く違うことを考えてる。


(うひょー! 気持ちいいなあ! あのスライムの体が潰れる瞬間、たまらなかった!)


 俺の体が小刻みに震えてる。興奮で。


「俺、力加減間違えたのか?」


 そう呟きながら、俺はそっと唇の端を上げた。

 誰も見てないから、ちょっとくらい本性を出してもバレない。


 でも、すぐに元の「困った顔」に戻す。


「やばい、やりすぎたかな……」


 その時、今度は地面が激しく振動した。

 ドシンッ、ドシンッと何か大きなものが近づいてくる音。


 振り返ると、身長3メートルはありそうな緑色の巨人が俺を睨みつけてた。

 筋肉隆々で、手には巨大な棒切れを持ってる。


「オーガか……」


 スライムとは比べ物にならない強敵。

 普通なら逃げるべき相手だろう。


 でも俺は、その場から動かなかった。


 オーガが俺を見下ろして、低い声で唸る。


「グルルル……人間……殺ス……」

「あー、そうかい」


 俺は困ったような表情を作りながら、内心では全く違うことを考えてる。


(くく……次の獲物の登場だな。今度はどのくらい『楽しませて』もらおうかな?)


 オーガが棒を振り上げた瞬間、俺の目が一瞬だけ、まるで獲物を見つけた捕食者のように光った。


「仕方ない……今度は手加減しないといけないな」


 俺はゆっくりと右手の人差し指を立てる。

 だが心の中では、既に次の『実験』の内容を考えてた。

 

 どうやったら一番効果的に、一番長く、一番『楽しく』痛めつけられるか。


 オーガの咆哮が草原に響く中、俺は静かに微笑んだ。

 今度は誰にも見られてない。

 だから、ちょっとくらい本性を出しても……。


「さあて、どのくらい痛めつけようかな♪」


 その呟きは、風に消えて誰の耳にも届かなかった。

 

 オーガの巨大な棒切れが俺の頭上に振り下ろされる。

 風を切る音が耳元で唸りを上げて、普通なら恐怖で動けなくなるはずの状況だ。

 

 でも俺は、なぜかすごく冷静だった。


「うわっ!」


 声だけは慌てたフリをしながら、俺は軽やかに横に飛び退く。

 棒切れが地面に激突して、ドカンと大きなクレーターができた。


「やべぇ、マジで殺す気だ……」


 そう言いながら、俺は内心でニヤニヤしてる。


(おお、いい破壊力じゃないか。でも俺のデコピンの方が上だったみたいだな)


 オーガが再び棒を振り上げる。

 その顔は怒りで歪み、牙を剥き出しにして唾液を垂らしてる。

 完全にキレてる状態だ。


「人間……許サナイ……」

「あー、ごめんごめん。スライム倒しちゃって悪かったって」


 俺は両手を上げて謝るフリをする。

 でも足の位置は既に最適な攻撃ポジションを取っていた。


(さて、今度はどの程度の出力にしようかな?)


 俺の頭の中で、いくつかのパターンが浮かぶ。


(一撃で粉砕? それとも手足から順番に? いや、せっかくだから色々試してみよう)


 オーガが二度目の攻撃を仕掛けてきた瞬間、俺は右手の人差し指を軽く構えた。


「仕方ない……やるしかないか」


 困ったような表情を作りながら、俺は指先をオーガの右足に向ける。

 今度は出力を調整してみよう。


 パチンッ!


 軽やかな音と共に、オーガの右足がグシャリと潰れた。


「グアアアアア!!」


 オーガが絶叫しながらバランスを崩して倒れ込む。

 右足が完全に使い物にならなくなってる。


 俺は表面では驚いたような顔をしてるけど、内心では興奮が止まらない。


(おお、出力調整成功! 今度は左足もいってみるか)


「うわ、足が……! 大丈夫か?」


 心にもない心配の言葉をかけながら、俺は今度は左足に狙いを定める。


 パチンッ!


 今度は少し出力を上げてみた。

 オーガの左足が木っ端微塵に吹き飛ぶ。


「ギャアアアアア!!」


 オーガが地面に這いつくばりながら泣き叫ぶ。

 その顔は恐怖と苦痛で歪んでいる。


「やべぇ、やりすぎた……?」


 俺は慌てたフリをしながら近づく。

 でも実際は、オーガの苦痛に歪んだ表情を間近で観察したいだけだった。


(あー、この表情最高だなあ。恐怖と絶望が混じった顔って、見てて飽きないよな)


 オーガが俺を見上げる。

 その目には完全な恐怖が宿っていた。


「た、助ケテ……」

「助けて? さっきまで俺を殺そうとしてたのに?」


 俺はニッコリと笑いかける。

 表面上は困ったような苦笑いだけど、目の奥だけは違う光を宿していた。


(でも、このまま殺しちゃうのももったいないな。もう少し楽しませてもらおうか)


「うーん、どうしよう。君、もう俺を襲ったりしないよね?」


 オーガが必死に頷く。

 その必死さが、俺の中の何かを満たしていく。


「約束するか? もう暴れないって」

「ス、スル……約束スル……」

「よし、じゃあ信じてあげよう」


 俺はそう言いながら、指先をオーガの額に向ける。


「でも、念のためもう一発だけ」

「イヤアアアア!」


 パチンッ!


 今度は超微出力。

 オーガの頭に小さなこぶができるだけの、本当にただのデコピンレベルの威力。


 でもオーガには、それが恐怖の極限だった。

 俺の指先を見ただけで失神してしまう。


「おっと、気を失っちゃった」


 俺は倒れたオーガを見下ろしながら、ゆっくりと本当の笑顔を浮かべた。


(はあ……スッキリした。やっぱり一方的に痛めつけるのって最高だな)


 でも、すぐに「困った善人」の顔に戻る。

 周りに誰かいるかもしれないからな。


 そんなことを考えながら、俺は草原を歩き始めた。

 足元に倒れたオーガを残して。


 ◇


 しばらく歩いていると、遠くに煙が見えてきた。

 街の方向だろうか。


「ようやく人里に着けそうだな」


 俺は安堵の表情を作りながら歩を進める。

 でも内心では、もっと別のことを考えていた。


(街か……きっと色んな人間がいるんだろうな。強い奴、弱い奴、卑劣な奴、善良な奴……)


 想像するだけでワクワクしてくる。

 この世界の人間たちは、どんな絶望の表情を見せてくれるんだろう?


 特に、悪いことをしてる奴らがいたら最高だ。

 正義の味方を演じながら、思い切り痛めつけることができる。


「うーん、でも最初は情報収集だな」


 俺は真面目な表情で頷く。


(どんな奴らがいて、どんな悪事を働いてるか。そして、どうやったら一番効果的に『教育』できるか)


 草原を抜けると、石畳の道が見えてきた。

 そして、その道の先に大きな城壁に囲まれた街が姿を現す。


「おお、結構大きな街じゃないか」


 城壁の高さは10メートルはありそうで、所々に見張り台がある。

 門の前では衛兵らしき人たちが立っている。


 俺が近づくと、衛兵の一人が声をかけてきた。


「おい、そこの少年。見慣れない顔だな」

「あ、はい。異世界から来ました」

「異世界?」


 衛兵たちがざわめく。

 どうやら珍しいことらしい。


「転生者か? 最近多いんだよな、そういう奴ら」

「はい、女神様に転生させられました」

「スキルは何だ?」

「デコピンです」

「……は?」


 衛兵が間抜けな顔をする。

 その反応が、俺には心地よかった。


「デコピンって……あの額をピンと弾く?」

「そうです」


 衛兵たちが顔を見合わせる。

 明らかに「こいつ大丈夫か?」という表情だ。


「まあ、とりあえず街に入れ。でも変なことしたら即座に追い出すからな」

「はい、ありがとうございます」


 俺は礼儀正しく頭を下げながら街に入る。

 だが内心では、もう次の『獲物』を探し始めていた。


(さて、この街にはどんな『面白い』奴らがいるかな?)


 石畳の道を歩きながら、俺の目が獲物を探すように街の人々を観察している。


 そして間もなく、俺は一人の金髪の美少女と運命的な出会いを迎えることになるのだった。


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