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ペトログラード攻防戦
1914年9月10日
ロシア帝国の首都であるペトログラードに突如としてEL軍が降下し駐留していたロシア軍に攻撃した。EL軍は兵士型7万と砲撃型3万で攻撃した。
対するロシア軍は約6万人で戦力差は圧倒的であった。
この戦いでロシア軍は約5万を失い自らの首都を明け渡した。首都を攻撃されたこともあり、ペトログラードにいた政府高官の者たちの多くが捕虜になるか死亡するかした。だが幸いにも皇帝は無事でありその後は首都を移転して抵抗を続けた。
この戦いでは初めてEL軍の指揮官とみられる司令型が確認された。
EL軍はペトログラード陥落後、瞬く間にシベリアまで進撃した。しかしこの進撃が極東まで伸び遂には満州まで到達したため蒋介石が統治する中華民国と満鉄を運営していた関東軍との間で戦闘が起き最終的には満州北部を占領したが、そこでEL軍のユーラシアでの攻勢は一時中断することとなった。




