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没落令嬢  作者: とかげ
4/6

没落推し活

港町の夜は驚くほど静かだ。昼間は行き交う人々や船で賑わう通りも、日が沈むと潮騒の音だけがそっと響いている。私は店先でくすぶる炭火を眺めながら、一日の終わりに暖かな芋の香りを胸いっぱいに吸い込んだ。焼き芋商会を始めてから幾度目かの夜──こうして穏やかに火を囲む時間にも、だいぶ慣れてきた。


だが、夜の静けさは時に記憶を呼び覚ます。ふと気を抜くと、遠い王都での大事件がありありと思い出されるのだ。…私が公爵令嬢から没落するきっかけとなった、あの大騒動が。


今となっては夢のような出来事だが、確かに全て現実に起きた。そして私はその渦中にいたのだった──。


あれは、まだ私が王都の社交界に身を置いていた頃のこと。


王都は四方から貴族が集う華やかな舞台だった。毎夜のように夜会や舞踏会が開かれ、貴族たちは格式張ったマナーに従い、優雅に踊り談笑していた。私も公爵家の令嬢として、その輪の中で淑女らしく振る舞うことを求められていたのだ。たとえ退屈でも、それが当たり前の日々──少なくとも、あの日までは。


しかし、その当たり前は突如として崩れ去る。私の中で目覚めた“もう一人の私”、前世の記憶を持つ異質な人格〈ミナ〉によって。


ミナが覚醒したのはある日突然だった。彼女は現代という前世で培った奇想天外な知識を携え、私の心に現れた。そして気づけば、意識ははっきりしているのに、自分の体が自分の意思では動かなくなっていたのだ。代わりにミナの意思が、まるで自分の体であるかのように私を操り始めた。


最初は混乱した。頭の中に響くミナの声と、見知らぬ概念の数々。だが、その混乱はすぐに前代未聞の騒ぎへと繋がっていくことになる。


その兆候がはっきり現れたのは、とある舞踏会でのことだった。


私はその夜、宮殿で開かれた盛大な舞踏会に出席していた。豪奢なシャンデリアの下、貴族たちが円舞曲に合わせて優雅にステップを踏んでいる。私も本来なら婚約者である王太子殿下と腕を組み、微笑みながら舞うはずだった。


だが──音楽が中盤に差し掛かった頃、異変は起きた。


気づけば私は殿下の手をふいに振りほどき、ぽかんとする彼を残して、一人で広間の中央へ飛び出していたのだ。ミナが、完全に私の身体を支配してしまっていた。


「ちょ、ヴァネッサ!?何を──」殿下の困惑の声が背後で聞こえたが、もはや遅い。


私は自分でも制御できない衝動に突き動かされていた。優雅な円舞曲の調べを無視して、勝手に両手を上下に大きく振り始める。腰を落として屈み、リズムに乗って飛び跳ね、手拍子を打ち──まるで別の音楽に合わせているかのような奇妙な踊りだった。


そう、それはミナが「オタ芸」と呼んでいたもの。前世でアイドルを熱烈に応援するオタクたちが披露する、派手で独特な応援ダンスである。


もちろん、この世界の誰もそんな奇天烈な踊りなど知らない。広間にいた全員が何事かと目を剥いた。


しかし、暴走した私は構わず続ける。くるくると回転しながら腕を振りかざし、ついには大音声で意味不明の掛け声まで叫び始めたのだ。


「Tiger! Fire! Cyber! Fiber! Diver! Viber!ジャージャー!!」


──宮殿の広間に、私の謎の絶叫がこだました。


ピタリと周囲の動きが止まる。演奏していた楽団までもが音を外し、次第に演奏をやめていった。誰もが目を見開き、唖然としている。華やかな舞踏会の真ん中で、一人勝手な踊りを踊り奇声を上げる公爵令嬢。滑稽と言うより他なかっただろう。


「ヴァ、ヴァネッサ…?正気か!?」青ざめた殿下が駆け寄って私の肩を掴む。その顔は怒りと羞恥で真っ赤だった。


だがミナに支配された私は、殿下の存在などどこ吹く風。彼の手を振り払うと、決めポーズよろしく両手で大きくハートマークを作ってウインクしてみせた。


「最高──っ!」私は満足げにそう叫び、フィニッシュのポーズでぴたりと静止した。


……静寂。


誰も何も言えない。足音一つ響かない静けさの中、私ははあはあと息を弾ませて立ち尽くしていた。内心では「な、なにをやっているの私!?」と悲鳴を上げていたが、後の祭りだ。


「…この恥知らずが!!」沈黙を破ったのは、他ならぬ婚約者である王太子殿下だった。激怒した殿下はわなわなと肩を震わせ、「貴様との婚約は破棄だ!」と声高に宣言した。


ざわり、と会場中がどよめいた。婚約破棄──それも王太子から公爵令嬢へ、その場で言い渡されるなど前代未聞だ。


だが殿下は容赦しない。「王族の面汚しめ、二度と私の前に姿を現すな!」吐き捨てるようにそう言うと、憤然と踵を返した。


普通なら絶望に泣き崩れるところだ。だがその時の私はというと、まだ高揚感の余韻に浸っていた。ミナの勢いは止まらない。


「はい、喜んで!これで心置きなく推し活に励めますわ!」──なんと私は、殿下に向かってニコリと微笑み、そう言い放ってしまったのだ。


殿下は目を見開き、怒りに言葉を失っている。周囲の貴族たちも呆気に取られて私たちを見つめていた。公爵令嬢が王太子との婚約破棄を受け入れるどころか歓迎するとは、一体誰が想像しただろうか?


こうして舞踏会は最悪の形で幕を閉じた。王太子は私に侮辱されたも同然だと激昂し、途中で退出。残された私も流石に居たたまれず、その場を後にするしかなかった。


しかし──これはほんの序章に過ぎなかったのだ。


舞踏会での一件以来、ミナは味を占めたようだった。反省など微塵もなく、むしろ“推し活”と“オタ芸”を貴族社会に広めることに拍車がかかっていった。


私…いやミナは、その後も立て続けに奇行を繰り返す。


別の日には、とある貴婦人方のお茶会に招かれた際のこと。私は皆が集まるサロンで、こともあろうに推し活の布教を始めた。


「ねえ、皆さま。ご自分の“推し”っていらっしゃる?」唐突な私の問いかけに、その場の令嬢たちは「推し?」と首を傾げる。


「ほら、秘かに憧れている方とか、応援したくなるようなお相手よ!」身を乗り出すようにして力説する私に、淑女たちは面食らっていた。


普通ならあり得ない話題だった。貴族の集まりで、誰かに熱狂的に心を寄せているなどと公言するのははしたない。だが──私は止まらない。


「ちなみに私は、王立劇場の歌劇団のスター俳優様が大好きなの。昨夜も彼のお写真に囲まれて眠ったくらい!」うっとりと語る私に、一同は目を白黒させる。


しかし、沈黙が続くかと思いきや、ポツリと小さな声が上がった。


「…実は、わたくしもその方の大ファンなのです」恥じらうように告白したのは、隣に座っていた侯爵令嬢だ。見ると、彼女の頬は薔薇色に染まっている。意外にも、その瞳は輝いていた。


「まあ!本当?」私が嬉々として尋ねると、「わ、私も…」「わたくしも実は…」と次々に令嬢たちが手を挙げ始めたのだ。皆、一度火がつくと止まらない。最初は遠慮がちだった声が徐々に熱を帯び、彼への愛や魅力を競うように語り出す。


隠されていた想いが、堰を切ったように溢れ出した瞬間だった。


「でしたら、次の公演は皆で応援に行きましょう!」ミナに操られた私は勢い込んで提案した。「もちろん、ただ観るだけじゃないわ。全力で声援を送るの!私に任せて、素敵な応援方法を教えてあげる!」


令嬢たちは目を輝かせ、一様にうなずいた。


迎えた舞台当日。王立劇場の夜の公演には、一角に妙に熱気を帯びた集団が出没した。私を含めた十数名の貴族令嬢たちだ。


開演前から彼女たちはそわそわと落ち着かず、例のスター俳優が登場すると小さく歓声を上げた。そして幕間になると──。


「○○さまー!最高ですわー!」誰かが声を張り上げる。それを皮切りに、「ブラボー!」「素敵ー!」と、普段の観劇マナーでは考えられない声援が飛び交った。しまいには私たち一同、席を立って手拍子まで始めてしまったのだ。


当然ながら劇場スタッフは制止に躍起になったし、他の観客は仰天したことだろう。けれど私たちは意に介さない。皆、私が事前にレクチャーしたとおり、色とりどりのハンカチを片手に振りかざし、舞台に向かって熱烈にアピールを続けた。まるで淑女ではなく、どこかの熱狂的な追っかけ集団のように。


肝心の俳優本人はといえば、最初は面食らった様子だったが、やがて満更でもない表情で手を振り返していた。大喝采を浴びたのだから無理もない。


こうして、社交界には奇妙な熱狂が広がり始めた。私が火付け役となった“推し活”ブームは、若い貴族たちの間で瞬く間にトレンドとなったのだ。


最初は好奇の目で見ていた人々も、次第にそれを「面白い」と感じ始めたらしい。特に若い令息令嬢たちは、形式ばった暮らしに飽いていたところに現れた刺激に我先にと飛びついていった。


淑女だけではない。紳士の中にも、推し活にのめり込む者が現れる。


例えば、とある子爵家の青年は密かに憧れていた隣国の王女の魅力を友人たちに語り倒し、勝手に「○○王女ファンクラブ」なるものを結成したという噂まで立った。冗談のような話だ。しかし、その噂を聞いた他の貴族青年たちも「僕も実は彼女の大ファンでね」と次々賛同したというから驚きである。


他にも、騎士団の若手エースに淑女たちが黄色い声援を送るための観戦ツアーが組まれたり、ある公爵夫人が歌劇の人気女優に花束を届ける会を主宰し始めたり──貴族社会は以前とはまるで別世界と化していった。


だが、その代償は大きかった。


推し活に夢中になるあまり、本来最も重要であるはずの「婚約者」がおざなりにされる事態が続出したのだ。当然と言えば当然の成り行きだった。


貴族の婚約は家同士の契約。愛よりも政略が優先される世界である。それにも関わらず、誰も彼もが「自分の推しこそ大事!」と熱を上げ、肝心の許嫁を蔑ろにし始めたのである。


案の定、婚約者同士のいざこざが各地で頻発した。


「僕と推しとどっちが大事なんだ!」

「まあ、私だってあなたより推しの方が大事ですわ!」


開き直ったようなやり取りが、あちこちで繰り広げられる。


ある伯爵令嬢は、自分の婚約者である男爵家の息子が人気歌姫の追っかけをしていると知り激怒した。「私とその女どっちをとるの?」と迫ったが、彼も彼女が以前から王立騎士団の美形団長に入れ込んでいることを知っており、「君こそどっちなんだ」と売り言葉に買い言葉。結局収拾がつかなくなり、破局に至ったという。


また別の侯爵家の令嬢に至っては、自ら婚約解消を申し出た。「私は一生推しに仕えて生きていきとうございます」とまで言い切ったらしい。突然の宣言に、相手の公爵家の息子は開いた口が塞がらず、両家の親は卒倒寸前だったとか。


もはや、婚約破棄の理由が「他に好きな人(推し)ができた」というのが当たり前になってしまった。


こうして王都社交界は、文字通り婚約破棄の嵐に見舞われた。一組、また一組と、由緒ある家同士の縁談が紙切れ同然に破られていく。連鎖反応とはまさにこのことだった。


今日はあの家、明日はこの家──毎日のように新たな婚約解消の噂が飛び交う。誰も彼もが「推しのため」と言い、長年取り決められていた婚約をあっさり反故にするのだから、周囲も次第に感覚が麻痺していった。


その数、日に日に膨れ上がる。最終的に公式に確認された婚約破棄件数は、実に3000件以上に達していた。


…3000件。最初にその数字を聞いたとき、私は我が耳を疑ったものだ。普段なら年に数件あるかないかの婚約破棄が、短期間で数千件。もはや異常事態を通り越して、笑うしかなかった。


だが実際、貴族社会はそれだけの混乱に陥っていたのである。


そして混乱は国内に留まらず、ついに外交問題へと発展していった。婚約破棄の中には、王族同士や諸外国との政略結婚も多数含まれていたからだ。


例えば、我が国の第二王女エリザベス様。隣国の王太子との縁談が進んでいたのだが、彼女もまた密かにミナ発の推し活に心酔してしまっていたお一人だった。


エリザベス王女の“推し”は、王宮付き楽団の美貌の青年楽士だったという。王女はついに抑えきれず、婚約締結の晩餐会の席で泣きながら隣国王太子に告げてしまったのだ。「申し訳ありません、わたくし別に想う方がおります…!」と。


当然、隣国の王太子は怒り狂った。自国の王女が他国の無名の楽士に心奪われていたなど、王家の恥以外の何物でもない。縁談は即座に破談。隣国との関係は一気に冷え込み、長年築いてきた友好は水泡に帰した。


この縁談で解決するはずだった国境の領土問題も振り出しに戻ってしまい、両国はにわかにきな臭い雲行きとなる。


他にも、第三王子ハロルド殿下は東方の公国の姫君との婚約があったのだが…こちらは逆のパターンだ。姫君が王都滞在中に社交界の推し活熱に当てられてしまい、帰国する頃にはすっかり自国の婚約者よりも王都のとある舞踏団の踊り子に夢中になっていた。そして帰国後すぐ「心に決めたお方がいる」と婚約破棄を宣言。公国の宮廷は大混乱に陥ったという。もちろん、我が国には「貴国の放埒な風潮が姫君を惑わしたのだ」と猛抗議が届けられた。


各国からは非難と失望の声が殺到し、王宮は火消しに奔走することになる。「御国の貴族は約束の重みを解さぬ無責任な者ばかりか」といった書簡が山のように届き、外交使節の抗議訪問も相次いだ。


国内でも問題は山積みだった。既に支払われた持参金や結納金の返還交渉、婚姻を前提とした同盟や取引の破棄による損害賠償──貴族社会も国家も、対応に追われる日々だ。まさに収拾がつかない状態とはこのことだった。


国王陛下は連日の報告に頭を抱え、「一体誰がこんな狂乱を引き起こしたのだ!」と激怒したという。


そして、その矛先として名前が挙げられたのが、他ならぬ私だった。


きっかけを作ったのはヴァネッサ公爵令嬢である、と。


もちろん私だけが原因ではない──多くの者が自らの意思で婚約を放棄したのだ──そう言い訳したい気持ちもあった。だが、元を辿れば舞踏会での私の奇行が全ての始まりなのは否定しようがない。私自身、それは痛感していた。


こうして私は王族と貴族評議会によって、正式に“事件の元凶”として召喚されることになったのである。


荘厳な王城の大広間。王と王妃、王太子をはじめとする王族方が玉座の間に居並び、その左右に重鎮である公爵や侯爵など評議会の面々がずらりと控えていた。私は父である公爵に連れられ、その場へと進み出る。


身のすくむような空気だった。シャンデリアの灯りがやけに冷たく感じる。視線だけで斬り殺されそうとは、ああいうことを言うのだろう。


「ヴァネッサ」議長の老公爵が私の名を厳かに呼んだ。


「は、はい…」震える声で応じる。隣で父が「決して言い訳などするな」と小声で囁いた。


開会を告げる杖の音が響き、審問が始まる。


まず宰相が淡々と現状の報告を行った。「…先月以来、当王国において貴族間の婚約破棄が相次ぎ、その件数は現在判明しているだけでも三千五十件に上る。これに伴い、王族関係の縁談破談が五件、隣国との外交問題が八件、係争中の領土交渉の白紙化二件、賠償請求案件十四件…」


次々と読み上げられる数字と事例。私は膝が笑うのを堪えるので精一杯だった。あまりの被害報告に、顔面から血の気が引いていくのが自分でも分かる。


「これら一連の混乱を招いた発端として、ヴァネッサ令嬢の社交界における度重なる不品行が記録されております」宰相は私を一瞥し、冷然と告げた。その視線の冷たさ──私は思わずうつむく。


宰相の報告が終わるや否や、今度は列席する貴族たちから怒涛の非難が浴びせられた。


「なんということだ!貴族の名誉を汚しおって!」

「おかげで我が家の縁談も破談だ!信じられん!」


四方八方から怒声が飛ぶ。誰も彼もが私を糾弾し、怒りをぶつけてきた。


玉座に座す国王陛下もまた、鋭い眼光で私を睨みつけている。その威圧感に、私は小さく震えた。


「ヴァネッサ、何か弁明はあるか?」王の問いかけに、唇が強ばる。必死に言葉を探すが、喉が干上がって一言も出てこない。


内心ではミナが「ちょっと皆ノリが良すぎただけじゃない?」などと呑気にぼやいていたが──言えるはずがなかった。そんなことを口にしたら、今度こそその場で首を刎ねられかねない。


私はただ項垂れ、「申し訳ございません…」と絞り出すのがやっとだった。


傍らで父が進み出て、頭を深々と下げる。「国王陛下、並びに皆々様…この度の一件、すべては我が娘ヴァネッサの不徳の致すところにございます。公爵家の長として、心よりお詫び申し上げます。」


父の声は震えていた。長年国王に仕えてきた誇り高き公爵が、老いた身を折り曲げて娘のためにひれ伏している。その姿を見るのが、私は辛くて堪らなかった。


「娘にはいかなる処分でも…」と父が言いかけた時、王が片手を上げてそれを制した。


「事態は極めて深刻だ」国王陛下の声音は、怒りを抑えている分かえって冷厳だった。「ヴァネッサ、お前のしたことの影響は理解しているな?」


「…は、はい」声が掠れる。理解しているどころか、嫌というほど思い知らされている。


「本来であれば──」王は静かに続けた。「王族に恥をかかせ、国家に混乱を招いた罪として、お前には死刑すら検討されるところだ」


ぞっとした。膝が崩れそうになる。父も「陛下…!」と顔を上げかけた。


「だが」王は厳しく私を見据え、「多くの貴族子弟が同調した事実もある以上、全責任を一人に負わせるのも公平ではないとの意見もある。また、この程度のことで命を奪っては、かえって国民に不安を与えるだけだろう」


ほっと胸を撫で下ろしかけて、私は再び緊張した。助命されても、ただで済むはずがない。


「それゆえ、評議会の協議の結果──」王は宣言する。「ヴァネッサ・○○並びに○○公爵家に対し、公爵位の剥奪を命ずる。そしてヴァネッサ、お前は直ちに王都を離れ、領地にて蟄居せよ。今後一切、王都および宮廷への立ち入りを禁ずる」


それは事実上の追放宣告だった。


ざわめきが広がる。本来なら極刑もあり得たところを、爵位剥奪と追放で済んだのだ──穏当な処分だという空気も感じ取れた。


私は呆然としながらも、その言葉を受け止めた。頭を垂れ、「陛下のご裁定、ありがたくお受けいたします…」と消え入りそうな声で答える。


隣の父ががっくりと肩を落とし、老いた目に涙を滲ませているのが見えた。胸が張り裂けそうだったが、もはや何も言えない。


こうして私は、公爵家の娘の座を追われ、一夜にして没落したのである。


評議会の決定はただちに王都中に知れ渡り、奇しくもそれによって社交界の混乱はようやく沈静化へ向かった。皮肉なことに、私という生贄を差し出すことで皆が我に返ったのかもしれない。


…ともあれ、全てが終わったのだ。その後ミナの人格は潮が引くようにおとなしくなり、焼き芋商会を始める頃には私の心の中で微かな存在感を残すのみとなっていた。今は静かなものである。



炭火のはぜる音にハッとして、私は現在の自分に意識を戻した。夜空を見上げると、いくつかの星が瞬いている。


港町の空気はひんやりとして心地よい。私は肩にかかった髪をすくい、長いため息をついた。


あの激動の日々を思えば、今の穏やかな生活が嘘のようだ。


思い返せば恥ずかしさで身悶えしたくなるし、多くの人に迷惑をかけてしまった。自業自得とはいえ、父には本当に申し訳ないことをしたと思う。


それでも、不思議と後悔ばかりではない。退屈だった日常に風穴を開けたミナの存在を、私は完全には憎み切れないでいる。…まあ、もう二度とごめんではあるけれど。


「ふふ…」思わず苦笑が漏れた。


炎の揺らめきを見つめながら、私はポツリと呟く。


「あれだけやらかせば、そりゃあ追放もされるわよねえ…」


静かな夜に、自分の声が虚しく消えていく。波の音がさらさらと砂浜を洗う音だけが聞こえた。


私は焼き芋の入った籠を軽く抱え直し、小さく肩をすくめる。そしてまた明日からの地道な商売の日々に思いを馳せた。


公爵令嬢として舞踏会の檜舞台に立っていた頃からは想像もつかない暮らし。でも──悪くない、そう思える。


遠い王都での出来事も、今では静かな夜にそっと浮かぶ思い出に過ぎない。


そう自分に言い聞かせながら、私は火をそっと吹き消した。

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