第9話「“完治”って言ったら、社長の腰痛が治っちゃった件について」
翌朝、大山はいつものように目覚ましを止め、辞書を手に取った。
昨日の社長室での会話を思い出しながら、適当にページを開く。
(今日はどんな魔法かな……)
目に入ったのは「か」のページ。
適当に目を滑らせると、「完治」という単語が目に留まった。
(完治か……社長の娘、結衣さんに使えたら喜んでくれそうだな)
一瞬、その魔法を試すかどうか迷ったが、すぐに決断した。
「完治!」
魔法が発動した瞬間、体内に温かなエネルギーが流れ込んでいくのを感じる。
今まで試した中でも、なんだか少し違う感覚だ。
「完治……身体的なものは治すけど、精神的なものはどうだろうな?」
まぁ、その辺は魔法に任せて、仕事へ向かう。
⸻
昼――
社長室に呼ばれた大山は、結衣が待っている部屋に入った。
結衣はいつものように白いワンピースを着て、優雅に座っていた。
だが、今日の彼女は少しだけ顔色が良く見えた。
「こんにちは、大山さん。お忙しいところすみません」
「いえ、全然。どうかしましたか?」
結衣が小さく微笑んだ。
その笑顔に、思わず大山は心を奪われそうになったが、気を取り直して尋ねる。
「実は、ちょっと……社長に頼まれていることがありまして」
「社長から?」
結衣は少し困った顔をしていたが、その後すぐに言葉を続けた。
「お父さん、ちょっと最近腰痛がひどくて……」
「え?」
大山は驚いた。
結衣の父、つまり社長はあの人。優しさと豪腕で社内を引っ張る実力者だが、こういった個人的な悩みを抱えているとは知らなかった。
「なるほど。腰痛、というと……」
「はい、病院にも行ってるんですけど、なかなか改善されなくて……」
その瞬間、大山の頭にひらめきが走った。
(完治……これは、あの魔法を使うチャンスだ!)
「分かりました。お任せください!」
⸻
数分後、社長が部屋にやってきた。
彼の歩き方はややぎこちない。
「うーん、腰が痛い……痛い……」
大山は言葉をかける。
「少しだけ、リラックスしてください」
社長は頷き、椅子に座った。
そのとき、大山は再び「完治」の魔法を心の中で唱える。
「完治!」
光が一瞬、社長の体を包み込んだ。
すると、驚くべきことが起きた。
社長は立ち上がり、腰をぐるぐると回してみる。
「おお!? おおおおお!?」
「どうですか?」
「まるで治ったようだ! あの痛みが嘘みたいだ!」
社長は大山を見て、感動したように言った。
「ありがとう! なんて素晴らしい魔法だ!」
その様子を見た結衣は、目を丸くして驚いていた。
「大山さん、これは……あなた、もしかして?」
大山は何も言わず、軽く肩をすくめた。
「いや、ただの偶然ですよ」
実際には偶然ではないが、どうしてもこの秘密は話せない。
だが、社長の腰痛が治ったことで、大山の立場は一気に安定した。
「いや、すごいな! 本当に助かったよ!」
社長は笑顔でそう言った。
その後、大山はそのまま社内で有名なヒーローになった。
そして結衣は、その後、大山に対して一層強い興味を抱くようになった。