第11話「不器用な器用さと、彼女の観察眼」
朝。
「よし、今日は“器用”でいこう……」
大山は辞書を開き、少し躊躇いながらもページをめくる。
だいぶ慣れてきたとはいえ、まだ“狙ったページ”を一発で開くのは難しい。
だがこの日はうまくいった。
「器用!」
辞書が光り、大山の身体に魔法が染み込んでいく。
これで今日一日、“器用な会社員”の完成だ。
(今日は結衣さんも来てるかもしれないし、ヘマはできねぇ……)
そんな気合を入れながら出社すると──
「おはようございます、大山さん!」
元気な声で挨拶してくるのは、同僚の佐倉さん。
「今日もタイピング早いですね〜。やっぱりデキる男って感じです!」
(いや、それ“器用”の魔法だから!)
「ま、まあね、昔ちょっとね……うん……」
曖昧な笑みでごまかす大山。
そんな彼の視界の端に、また彼女の姿があった。
──結衣。
社長の娘で、数日前に「一時的に会社に来ている」と紹介された少女。
病弱で長く外出もできなかったはずなのに、今は少しずつ元気を取り戻しているように見える。
そして彼女は、今日も大山をじっと見ていた。
「……おはようございます、大山さん」
「お、おはようございます、結衣さん」
「昨日の書類整理、とても手際がよかったです。びっくりしました」
「い、いやー、たまたまですよ、たまたま! うん、偶然ってすごいですよね〜」
焦って変なテンションになる大山。
(やばいやばい、毎日“偶然”で片付けてたら逆に怪しいか!?)
すると──
「大山さん、プリンター詰まりましたー!」
佐倉さんが叫ぶ。
「あっ、ちょっと待ってくださいねー」
大山が颯爽と駆け寄ると、機械の中をスルスルと確認し、一瞬で紙詰まりを解消。
「……すごっ!」
「やっぱり器用だなあ……」
社内からざわめきが起きる中、結衣は静かに大山を見ていた。
「……やっぱり不思議な人」
「えっ、な、なんですか?」
「何でもないです。ふふっ」
(完全に気づいてる雰囲気じゃん!?)
だが、彼女の目はどこか優しかった。
そして──
大山がチラッと見た結衣の机の上には、病気に関するパンフレットのような冊子が置かれていた。
「……“完治”」
大山は、その単語が頭をよぎる。
(この子の病気、もし俺の魔法でどうにかできるなら……)
だが、同時に思う。
(魔法の存在をバラしたら終わりだ。童貞である限り魔法が使える。でも、それを明かしたら……きっと普通じゃいられなくなる)
大山は静かに心の中で呟いた。
(まだ……タイミングじゃない)




