第1話「30歳、童貞、そして魔法使い」
第1話「30歳、童貞、そして魔法使い」
俺の名前は大山誠司。
30歳、無職、童貞。
何の称号にもならないはずだったこの肩書きが、今日、世界を変えた。
いや、俺だけの世界だけどな。
⸻
日付が変わって、誕生日。
カップ麺をすすりながら、ひとり深夜アニメの再放送を見ていたその時。
バサッ。
天井も開いてないのに、国語辞典が上から落ちてきた。
「……は?」
拾い上げると、表紙にこう書いてある。
《魔導辞典 第30版》
「おめでとうございます。魔法使いに認定されました」
俺以外に誰もいない部屋に、声が響いた。
低く、落ち着いた男の声。落ち着いてんのは声だけ。俺は落ち着けない。
⸻
【魔法使いルール】
・30歳になった童貞男性にのみ発現
・魔導辞典を開き、そこに載っている単語を“声に出して発音”すると魔法が発動
・使用は1日に5回まで
・同じ単語は1日1回
・変化系(見た目の変化など)は24時間持続
・童貞でなくなった瞬間、魔法は消滅
⸻
「……あー、これ、マジなやつ?」
疑いつつも、俺は辞典を開いてみた。
狙うはもちろん「イケメン」。人生で一度はなってみたいやつ。
しかし──
「……イカメシ? なんで“い”のページにこれ?」
やり直し。もう一度ページをパラパラ。
「……イソギンチャク。いや違う違う違う!」
指が滑る、ページが飛ぶ、狙った単語が出ない。
そうか。狙った単語のページを開くのが難しいってことか。
10分くらい格闘して、やっとそれっぽい単語を見つける。
「……これでいいや。イケメン!」
──バシュッ!
身体が一瞬光に包まれる。鏡を見る。
「……誰これ」
俺の顔じゃない。
目はぱっちり、顎はシャープ、髪は自然に決まってて、しかも肌きれい。
合コン無双タイプのイケメンがそこにいた。
⸻
「……っしゃ、外出だ」
コンビニまで徒歩5分。
久々に外の空気吸った。俺、今スーツじゃないけど、せっかくだから着替えよう。
ページをめくって、探す。スーツ……スーツ……。
「……スイーツ」
「うわ、間違──」
バシュッ!!!
次の瞬間、道路の真ん中にモンブランが大量召喚された。
あふれ出すクリーム、栗、そして砂糖。歩道も俺もベチャベチャ。
「やめろぉぉぉぉぉ! お前じゃない!!」
⸻
辞書の声が冷静に言う。
「残り使用回数、あと3回です」
「もうちょっと焦ってる感じ出してくんね!?」
⸻
俺の30歳の誕生日は、
イケメンの姿でモンブランに足を取られ、道端で滑って転ぶところから始まった。
でもこのときの俺はまだ知らない。
この力を持つのが、自分一人じゃないってことを──。






