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短編ホラー

私の存在はホラー

 人とあんまり喋らずに、本ばかり読んでいたせいで、私の存在はホラーになってしまった。



 アルバイト先の電子部品工場は、家から近い。しかし私の家から行くと丘の上にあるので、徒歩で20分ほどかかる。その代わり帰り道は早い。行きの半分とまでは行かないが、12分ほどで家に着く。


 その日も20分かけて、作業服ズボンを穿いた運動音痴ののろい足を動かして、歩いて出勤した。


 工場内では私より年上の人たちが、社員さんも交えて笑顔で会話をしている。私はその端をすり抜けるように、幽霊のように奥へと入って行く。


 誰とも言葉を交わさない。『おはようございます』の挨拶もしない。声が小さいので、彼らの作る喧騒に負けてしまうからだ。挨拶をして返ってこないことに傷つき、遂には挨拶をしない人になってしまった。


 たぶん私の知らないところで噂をされている。『棚橋さんはわけのわからない人だよね』とか、『私達みたいなやつらと仲良くなんかしたくないみたい』とか。


 話をしたくないわけではない。可能なのなら仲良くなって、笑顔でみんなの輪に入って行きたくはあった。


 しかし、それも傷ついてしまうことになるのだった。




 昼休みには話しかけられることもある。

 ほとんどの人は丘の上に住む人たちで、丘の下から通勤しているのは私ぐらいのものだった。そのことを話題に、優しい顔をした40歳ぐらいの女性社員さんが話しかけてきてくれたのは、きっと職場から気持ちの悪いものをなんとかなくそうという、正社員の使命感のようなものだったのだろう。


「棚橋さん、お疲れ様」


 食事をするため外へ出る時、眼鏡の奥に優しい目を作って、彼女が笑いかけてきた。


「あっ、お疲れ様です」


 私は出来るだけフレンドリーに、笑顔を作ったつもりだった。


 表情がうまく作れなかったのだろう、正社員のお姉さんが少し引いた。自分がどんな表情を作ったのかはわからない。それでもめげずに会話をしようとしてくれた。


「大変ね。丘の下からの通勤は? 来るまでに疲れちゃうでしょう? 車で来てもいいのよ?」


 私はただ「ははっ」と笑った。


「その代わり、帰りは楽だよね?」

 お姉さんもふふっと笑った。

「行きはよいよい、帰りは怖い、の反対ね」


 最近読んだスポーツ科学漫画のことがその時、頭をよぎった。

 その漫画によれば、トレーニングに階段を使う場合、筋肉をつけるために効果があるのは『上りよりも下り』だというのだった。

 上りのほうがしんどいからトレーニングに効果があると一般に思われがちだが、じつは重たい体を上へ持ち上げるよりも、下へ勝手に落ちようとする体を抑えて踏ん張るため、下りのほうがトレーニング効果は科学的には大きいという話だった。


 その漫画で得た知識が私にこう言わせた。


「帰りのほうがしんどいですよ。体にかかる負荷が大きいですから」


 お姉さんが戦慄の表情を浮かべた。


 ホラー映画の一番観たくない場面を見てしまったように凍りつくと、急いで顔を背け、向こうへ行ってしまった。


 またやってしまった。


 わけのわからないことを言う私は、お姉さんにとってこの上もなくホラーな存在に見えたことだろう。




 一人で近所のコンビニに行き、誰もいないイートインスペースで一人、カップラーメンを啜った。


 みんなはきっとどこかの食堂で仲良く食事をしているのだろう。


 私はホラー映画を観ると、よく笑う。信じられないほど怖いものを目にすると、なぜか笑い出してしまうのだ。それもまたみんなから見るとホラーなのだろう。だから誰にも見られたくはない。


 怖がられるよりは、笑われたほうがよかった。


 どこかにホラーな私を見て笑ってくれる人、いないかな。


 そんな自分勝手なことを思いながら、『ま、べつにいいや』と思ってしまう。


 幽霊は一人でいても寂しくはないのがまたホラーなのだった。




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― 新着の感想 ―
[一言] お疲れ様です ホラーはある点を越える(個人差有り)とコメディに相転移しますから…… コメディもそうですね。 悪魔の生け贄で、ヒロインが額から血を流しながらレザーフェイスにチェーンソーで追…
[良い点] 主人公へのわかりみが深い [一言] 自分の発言が一般的な感じ方とズレてて、なんかこう変な感じになる事ってありますよね。年の功で「こういう言っとくのが無難だな」って言葉を選べるようになりまし…
[一言] ……せつないなぁ (´・ω・`)
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