92話 禁足地
「……到着しましたよ、鳥岡君」
到着したのは山の奥の奥。道具を持たない生身の人間がここに迷い込んでしまえばまず助からないだろう。
「ってここ……! すぐ近くは崖じゃないですか、高いところ無理なのに……」
ユウヤはガクガクと震える膝を抑えながら車を降りる。そこには真銅が言っていた通り、複数枚の石板、そして崖ギリギリには縄で縛られた割れた岩がそびえている。何だろう、とユウヤがその岩を眺めていると、真銅が慌ててユウヤの腕を引っ張る。
「いきなり何しているんですか……! ほらこの石板見てください」
「せき……ばん?」
ユウヤは真銅が指差す石板を見てみると、そこにはこう掘られていた。
“∆θψZ◢ ↑↓≪ ωψψ”
「え……何かの謎解きですか? これ」
当然、ユウヤはこの文章を理解できない……が、真銅はそれをスラスラと読み上げる。
「古代の言語です。『岩触りて結界破るの、アカンわよ』……と書いてます」
「古語と現代語が入り混じってる……てかこの岩割れてるけど大丈夫なのかこれ」
「まぁ私達が破ったワケじゃないですし気にせず進みましょう。あ、ここには『備品持ち帰るべからず、やっすいカミソリだとしても』……と書いてます。あとこちらには『ゲームは1日――」
「いやビジネスホテルかい!」
初めは真銅の言葉にビビっていたが……石板に掘られた内容を聞いてユウヤは拍子抜けした。どこかおちゃらけてるようなその文章、神がどうこうという存在が作ったルールだとは思えない……
否、ふとユウヤの脳裏に、一筋の違和感が駆け抜ける。
「……いや、待ってください」
古代からある石板にカミソリ、ゲーム? さらにアカンなどという最近の言葉。もはや先見の明っていうレベルでは無い。
ユウヤはようやく理解した。神に近い存在だと真銅が言った理由を。そして、彼らが持つ強大な力を。予言だ。明らかに現代人がここにいつか現れることを先読みし、警告を打っているのだ。ただ日本語や英語などで書かないあたり、「ここに迷い込んだ時点で許さない」みたいな意図があるのだろう。
ユウヤはそれ以降黙り込み、ただ真銅の指示に頷きながら後に付いていくばかりだ。
「ここには『人類と我らは関わってはならぬ、それは便所と雲の上くらいの差があるのだから……』と、書いていまして、こちらには『特訓場使えし者は限られし者のみ、てかそもそも限られし者にのみその扉は認識できる』……と書いています」
「……先生」
ようやくユウヤの口が動く。
「どうかしましたか?」
「トレーニング云々、というのはその限られた人が使えるどうのこうの……っていう場所でやるのですか」
「はい。そしてそれは……まさに目の前にあります」
ユウヤと真銅の目の前には、巨大な洞窟と扉がしかけられていた。ユウヤがその前に立つと、テレパシーでどこからか声が聞こえてくる。
「……限られし者よ、聞こえるか。お前達は《《とある条件》》を満たしている、くれぐれもその使命に恥ずべきことをしないように……」
扉が開く。まるで天使が奏でるハープのような音を立てながら、特訓場が姿を表した。
「ここが、特訓場……」
広がっている景色は太古の大自然のようだ。岩も、山も、森も川も全てスケールがデカい。それどころか、何やら神秘的な力のようなものを肩に感じる。
「なんだか……来ただけで強くなったような感覚です」
「本領はここから……ここでは、錬力術を使えば使うほどその技術は磨かれる。さぁ……私と特訓、しますよ」
真銅はスーツを脱いで木にそっと掛け、下に着用していた虹色の不思議な衣装を握る。何をしているんだと一瞬ユウヤは疑問に思ったが、その意図はすぐに理解できた。真銅はまっすぐな眼差しでユウヤを見つめてくる。
「……私は普段、この衣装に錬力術の力を閉じ込めています。そして、今こそ久しぶりにそれを開放する時」
「……先生のそのオーラ。かなりの実力者、ですね」
「はい……ちなみにこれは課外授業ですが、なぜ私はこれほどまでの力を引き出せていると思いますか?」
「力……?」
ユウヤは錬力術のすすめⅠの内容を思い出していた。
「コツは、全身の力を込めてながら大自然の脅威をイメージし、力と気持ちをリンクさせる……ですよね?」
「ほう、勉強熱心ですね。私の授業も寝ずにそれほど意欲を出してほしいものですが……もっといい方法、あるんですよ」
真銅は不思議な笑みを浮かべる。ユウヤはそれを真っ先に聞き出そうとしたが、真銅は手でバッテンを浮かべる。見て学べ、と言わんばかりに……