90話 イギョウサマ その2
「除霊!? さっきのイノシシがで――」
「いいからやるんです! 若い男しか効果がないんです、イギョウ様の除霊は!」
「えっ、あれがイギョウ……様!?」
驚いた。まさか、話の直後に本物が現れるなんて。確かにサイズが大きいイノシシだな、とは思ったが、あれを幽霊だと認識する人はいないだろう。あの伝説を知らなければ……
とにかく、真銅はかなり焦っている。ならその方法を試してみるしかない。
「それで、その方法ってどんなのですか?」
「それは……まず手足に塩をかけ、スクワットをしながら絶妙なハイテンションで好きな歌のサビを歌い、最後に日頃の不満をぶちまけて好きな人のモノマネをする」
「……それで?」
「以上です」
「以上!?」
一体何なのだ、この逆に霊側にドン引きしてもらうためにあるような方法は!? しかも好きな人のモノマネって、そんなこと思春期にやらせるんじゃねぇ! ……と思いつつも、イギョウ様とやらとは正直関わりたくないので、ユウヤはしぶしぶ行うことにした。
「塩は……って塩ないじゃん! はい人生終わり今日で最終回です皆様次回作にご期――」
「ありますよ、ほら塩」
「いや何で飲み物ホルダーのところに塩常備しとんねんっ!」
思わずユウヤは突っ込みつつも、言われた通り塩を手足にかけて外に出る。そして周りに知り合いがいないことを確認してから、プライドなど捨てて一思いにスクワットを始める。
「うおおおおおおおおお!」
「鳥岡君、歌、歌!」
「はい! え、えーっと、例え僕らぁ〜! 結婚会場がぁああ! トイレだって、コンビニだってぇ、えっとフンフンフンフンだって実質的に大事ぃぃぃ! なのはぁぁ! 愛なんやから、許せええええぃっ!」
「……」
「……ええっと、好きな人……」
「鳥岡君、お願いします」
「……お、おいユウサクゥ! ゲーム強いなぁ! 次はウチがわからせたる……から……な……」
「はい不満を最後に!」
「有望な若手をベンチウォーマーにせずにもっとスタメンとか代打で出せやああああああああ!」
「……お疲れさまです、さぁ車に乗ってください」
「……あぁ、もう恥ずかしすぎてオレがイギョウサマになっちゃいそ……」
「そんなこと言ったらダメです。ただでさえ順番を間違え…………」
「まぁ、早く行きま……順番?」
ユウヤが助手席に戻ろうとした途端、急に何やら恐ろしいものに見られているような気がした。慌ててユウヤは後ろを振り返ると、そこには人間の笑顔のような表情を浮かべたクマ、それもゾウのような牙を蓄えた“何か”が仁王立ちしていた。
「……ワオオオ、ガオオオオオオオオ!」
「……イ、イギョウサマだ絶対いいいい!」
「……イ、イギョウサマよおおおおおお!」
ユウヤはイギョウサマを蹴飛ばし、慌てて車に乗り込もうとするが、イギョウサマはユウヤの手首を掴み、斜面を転がり落として始末しようとしてくる。
「……怒りを買っちまった……ならばぶつけるしかないな、俺の必殺技を!」
ユウヤは右手に全身の力と意識を集中させ、風の球を作ってイギョウサマにお見舞いした……が、びくともしない。それどころか、逆に怒りを買い足してしまったようで……
「グルルル……ビャアアアアアア!」
イギョウサマはその牙でユウヤをかち上げ、大きく跳躍して頭突きでユウヤを地面に叩きつけた。さらに踏みつけ、蹴り飛ばし、とどめに噛みつこうとしてきた。
「チャコール・バインドッ……効かない!?」
たまらず真銅が助太刀しようとするが、拘束技もイギョウサマには通用しない。ユウヤは何とか横に転がり間一髪攻撃を避ける。
「くそっ……フィジカルはもちろん、錬力術が効かないとするならば、どうすれば……!」
ユウヤは様々な方法を考えたがどれもうまく行きそうにない。まず言葉が通じそうにないし、肉弾戦も錬力術での戦いでもダメージを与えられそうにない。だからといって逃げることもできそうにないし、とどのつまり戦うしかないのだ。
「メエエエェェェ………グオオオオオオ!」
イギョウサマは今度は二足歩行のグリフォンのような形に変化した。かと思いきや、その尾はムカデのようにも見える。
これまで積み重ねてきた常識とかセオリーとか、そういうものが一切通用しそうにない。ユウヤは脳みそフル回転で起案を生み出そうとするが……その時だった、突如空から一筋の柔らかい光が現れ、ユウヤ達を照らした。
「ん? 何だ、この光……?」
ユウヤが空を見上げると、そこには笑顔の老夫婦が立っていた。
「ホッホッホ……久しぶりねぇ、ク……じゃなくて坊や」
「空からずっと見ておったぞい。ちゃんと、正しき道のために力を使っている用じゃな」
「……こ、この声!」
ユウヤ達の前に姿を表したのはかつて寂し山の怪異として恐れられていたが、未練を解決して成仏することができた老夫婦であった。




