73話 闇を抱えるヒカリ その3
『大丈夫かい? こんなところで倒れて……』
心配そうに声をかけてきたのは見知らぬ老婆であった。知らない人物ゆえ一瞬ヒカリは警戒したが、すぐにそれが間違いであると気付いた。老婆の目はとても優しそうで、すべてを包んでくれそうな感じがした。ヒカリはお金などは当然持っていないので、何か食べ物をすぐに手に入れることもできない。ヒカリはその老婆に甘えることにした。
『……お腹、すいちゃって……』
『それならこれを食べるといいよ、安かったからってたくさん買いすぎちゃってのぉ』
『これは……バナナ……?』
『あとこれ、暑いから水分も摂らないとねぇ』
『あ、ありがとう……ございます……』
ヒカリはありがたいことに水まで頂いた。老婆が立ち去ったあと、バナナと水を口にすることにした。
『……美味しい! こんなの初めて!』
スーパーやコンビニに売られている野菜に果物。これらは人間が自らの都合がいいように品種改良を重ねた姿だ。味、育てやすさ、増やしやすさ。自然界に自生しているものとは異なっており、だからこそヒカリにとってそれはとても美味しいものに感じた。野生の植物ばかり食べてきたヒカリにとってそれは革命、雷が落ちたかのような感覚がした。
『こんなものが《《この世界》》にあったなんて!』
ヒカリはもらったバナナを夢中で食べた。そしてもらったバナナをたちまち4本、一瞬で食べ終わってしまった。腹を満たせたヒカリは再び探索しようと足を動かした瞬間、白い光に包まれた。
『……こ、これって! まずい!』
気付くとヒカリは自分の住処に立っていた。食べ終わったバナナの皮と、ペットボトルの天然水を両手に持って。
目の前には怒り狂った両親が立っている。そして、ヒカリが持つバナナの皮とペットボトルを取り上げると怒鳴った。
『これは何だ! まさか行ったのか、下の世界に!』
『あれほど言ったよね!? この出来損ない!』
『も、申し訳ありません!』
『もうお前はここにいてはならない! 一族の歴史から抹消せねばならん!』
『そ、そんな……やめ――』
そうして、ヒカリは追放された。その後親から迎えが来ることもなく、山で培った生存術と《《いつの間にか》》与えられていた教養や知識で何とか生きてきた。ヒカリは幼少期からのトラウマを少しでも忘れようと、《《この世界》》に生きる人間だと自分に暗示をかけ続けた。そして数年が経ったあの日、カフェで人質に取られ、そこを栄田マスターに助けられたのだ。
ーーーー
「いつもそうやったな、ヒカリはん。親様からの指示を無視して遊び呆けるのは当たり前。勉学も錬力術も全然アカン……まぁ、後者については覚醒し始めたみたいやけどな」
「シュ、シュウタロウ……ヒカリと知り合いなのか? あとさっきヒカリが言ってた何ちゃら族――」
「……それは禁忌や。存在を知る以上のことはやめとけ」
「あ、あぁ……」
意味ありげな返答をしながらシュウタロウはヒカリの目の前に仁王立ちする。ヒカリもついに両手を体の前に構えて威嚇する。
「……本気でやりますよ、私は……!」
「やめとけって。どんなに力持ちの蟻だとしてもタイヤは運ばれへんやろ?」
「なら、私がトラックすら粉々にできる突然変異体であることを見せつけてやる! アポロン……ランチャアアアアアアアアアア!」
その距離わずか2,30センチ程のところからヒカリは攻撃しようとするが、シュウタロウはそれを避けようとせず、むしろ攻撃を生身で受けようとしているのだ。
「オ、オイ! まともに当たったら流石にやべーって!」
「分かってる、分かってるって。何でもまずは受け入れてみる、それがワシの考えや」
「そんなこといってる場合じゃ――」
ドカアアアアアアアン! カフェの中で激しい爆発が起き、その光と衝撃がユウヤ達に襲いかかる。
「うわっ!」
「キャッ!」
光が落ち着き慌ててシュウタロウの無事を確認すると、体に焦げたような煤を纏いながらも、平気な顔でシュウタロウは立っていた。それどころか、期待外れだとまで感じているようにも見える。
「……この程度か? それともアレか、逆に離れてたほうが貯めやすいか?」
シュウタロウは後ろ向きに10歩ほど歩き、人差し指を真っ直ぐ立てたかと思うと、そのまま曲げてクイクイと動かしヒカリを挑発する。
「もう一発打ってこい」という合図だ。
「……ナメないで、くださああああああい!」
ヒカリは再びアポロンランチャーを放つ。心なしか、一発目よりもかなり威力を高めているようにも見える。太陽のように眩い、ロケット状の弾丸がシュウタロウめがけて飛んでいく。
「お、おい、ちゃんと避けろよシュウタロウ!」
「いや違う! あの目を閉じた、妙に落ち着いた構えは!」
イチカは勘づいた。あれはシュウタロウの攻撃の準備であると。そしてその答え合わせの時はすぐに訪れた。
(必殺その1・“ジュール”……)
「ッ! ハアアアアアアッ!」
シュウタロウは閉じていた目をかっ開くと同時に気合を入れて叫んだ。するとアポロンランチャーは急に軌道を正反対に《《修正》》し、今度はヒカリ本人めがけて飛んでいく。
「そ、そんな――」
アポロンランチャーはためらいもなくヒカリに襲いかかった。大きく爆炎と黒煙が上がり、遠くから見ればそれは大火災に見えるだろう。
悲鳴を上げる暇さえ無い。牙を剥き謀反を起こした爆炎は、そのまままるごとあの世へと葬ろうとしている。流石にユウヤもその様子を見てシュウタロウに叫ぶ。
「言ったろ! 変なマネすんなって! 明らかにやりすぎだ!」
「兄ちゃん……あんなん全然優しい方やんか。見てみーや、周り」
「えっ……」
「無惨に焼け焦げた店内、無差別に襲われ石像にされたお客達。その償いをするにはこんくらいむしろ全然足りんほうや」
「お、お前! 何を言って――」
「《《石像の遺族達》》はどう思う? お手手とお手手繋いでお互いごめんなさい、そんなの望んどるかいな? それにこれほどまでに錬力術を高められたら国の手には負えん」
「……でもだからって――」
「実際錬力術を用いた犯罪、全然抑えられとらんやんか。だからお前も動いとるんちゃうんけ?」
「……」
「それにな、早とちりしすぎや。見てみ、あれ」
「は? ……えっ?」
シュウタロウが指差す先には、無傷で眠るヒカリがいた。




