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魔法が日常となった世界で、今日も地球は廻る。  作者: おみたらし
1章-3修行編
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25話 未練と大樹 その3

「この声は爺さん……しかも、“あの時”と全く同じ叫び方じゃぞ!」


 老婆は先程までの柔らかな顔つきとは打って変わり、深刻そうな口調でそう囁いた。状況がいまいち掴めていないユウヤを差し置いて、スマホからも2人の緊迫した声が聞こえてきた。


「そうだ、父上の未練はまだ果たせていない!」


「それにあの苦しそうな声……簡単には済まなさそうじゃぞ!」


 当時生きていないユウヤには当然物事の詳細は分からない。ただ理解できるのは、老爺ろうやは平穏な状態ではないということのみだ。ただ、老婆のように対話で何とかなりそうか、その自信が無いのは確かだ。霊体の3人がこの状態なのだから……


(くそぉ、一体何があったんだ……)


 ユウヤが混乱するのを読み取ってか、老婆はユウヤに説明を始めた。とても静かな声で……


「実は、ワシらの伝説には抜け落ちた、いや断ち切られた続きが存在するんじゃ。残酷、悲惨なもの故歴史に埋め立てられた、最悪の罪状が!」


「さ、最悪って!?」


「この通り、ワシらの体が滅びた後も未練からこの世にとどまり続けておる。じゃが、あの爺さんはこの山を通りすがった者に無差別的に襲いかかるんじゃ」


「ど、どういうことですか!?」 


「あの木の力には最悪の代償があった。若返ったり命を育んだりするだけでなく、長期間欲に溺れてそれに関わり続けた人間はその邪悪な本能に支配されてしまう! そしてワシもそれは例外でなく、さっきみたいに理性を失――」


 老婆はいきなり頭を抱えながらのたうち回り始めた。知り合いの霊2人にこの状況について聞こうとしたが、何故かスマホは圏外になっており、あれほど余裕のあった電池も残り4%になっている。


「は、早く逃げるんじゃ! さもないと、またワシは、ワシは、ンギャアアアアアアアア!」


 老婆は辺りをゴロゴロと転がり、気にぶつかったところでピタッと全く動かなくなった。それからフラフラと立ち上がると、再び鬼のような形相でこちらを睨みつつも、何とか退避を促してきた。


「クソガキィ……いや坊や、早く逃げる、んじゃ……」


「ば、婆さん!」


「早く、するんじゃああああああ!」


 ユウヤが冷や汗をかいたのも束の間、老婆がガクガクと震えながら腕を振り上げ、一歩一歩こちらに向かおうとしたところでものすごい速さで飛んできた黒い煙が老婆を突き飛ばした。


「ンギャアアアアアア!」


「全く……邪魔な婆さんじゃい」


「ンゴゴ……爺さん、何をするんじゃ……」


「あんたにはここで眠ってもらうぞい、仕事の邪魔じゃからな」


 黒い煙、もとい老爺は腕を振り上げると、数メートルはありそうな巨大な彼岸花ひがんばなが地面から生えてきた。心なしかその花は自我を持っていて、今にも老婆を食らいつくそうとしているように見える。


「な、何じゃその花は! まるで妖怪……」


「これはワシが密かに培っていた秘術じゃ。街の方では、これを“錬力術”と呼ぶそうじゃな」


(錬力術!? 何で大昔の爺さんが!)


「ほう、そこのボウズ。なぜ現代の術をワシが使えるのか気になるじゃろう? これはな、イリスと名乗る者から伝授してもらったんじゃ!」


(心を読まれただと!? それにイリスって、まさかチーム・ウェザー以外にも強大な力を持つ者がいるのか!?)


「あの方のお陰でワシはものすごい力を手にし、理性を保ちつつ好きなように暴れられるんじゃあ!」


「な、何を言っておる! 生前、爺さんは私利私欲のために動いていても心の奥では優しい人じゃった! 理性は既に無くなっ……ンギャアアアア!」


 また苦しみ悶えだした老婆を見て老爺は不敵に笑ったかと思うと、巨大な花に見せつけるように老婆を指差した。すると花はその蔓を伸ばして老婆をグルグルと包み込むと、自らの方に引き摺り始めた。その花の姿はまるで飢えた獣のようで、今にも老婆を体内に放り込もうという勢いだ。

 ユウヤは慌てて老婆を救出しようと駆け出すが、すぐさま巨大な花はユウヤを突き飛ばし、そのまま老婆を花弁の内側へと詰め込んだ。


「ヒヒヒヒ……このまま消化、吸収してやるわい」


「あ、熱い……! 体が溶けていくようじゃあ……」


「ば、婆さん! すぐ助けますよ、まずは花野郎を転倒させ――」


「クソガ……いや、坊や! ワシもろとも爺さんを倒してくれ、本気でやるんじゃぞ、さもなくば坊やも食われてこの世をさまよう!」


「そ、そんなこと……! 一度あの爺さんも落ち着いたらきっと――」


「何を言っとる、男気を見せるんじゃ!」


 老婆はユウヤを叱りつけた。


「元々ワシらは成仏から逃げてきた身……この山のように、生まれ変わってまた2人で幸せに生きていく。だからやるんじゃ、さっき力を引き出して、クソガ……坊やの成長を引き出せたならそれで満足じゃ!」


「……分かりました、絶対幸せになってくださいよ」


 ユウヤは一呼吸置くと、風を唸らせ球を全力で投げつけた。


「唸れ、タイフーンストレエエエエエト!」


 まるで嵐のような轟音を響かせてその豪速球は花もろとも広い範囲に衝撃を走らせた。木々は大きくうねり、葉は遥か遠くへと飛ばされ、砂煙が周囲を包み込む。そして風音の中から老爺の断末魔が響き渡ると、確かに存在していた花が崩れるように消え去ると、そこにはだんだん薄れゆく老夫婦の姿があった。


「……ハッ! ワシは今まで何を……」


「……今更正気に戻っても遅いぞい、爺さんよ」


「もしかして……ワシは何百年もの間、暴れちらしておったのかい」


「あぁそうじゃ。じゃが、ワシも時に一緒に暴れていた。同罪じゃ」


「そうかい……きっと地獄行きじゃな」


「あぁそうとも。じゃが、ワシがついちょる。そこの坊やのお陰でのぅ」


「な、何じゃあの坊やは! まるであの人と同じような、とてつもない力を感じるぞい……」


「え? あ、どうも……」


 突然視線を向けられたユウヤは驚いたが、ビビリだと思われたくないので済まし顔で会釈しつつ小さく手を振った。


「ワシが力を引き出したんじゃ。じゃが、そうでなくてもものすごい才能の持ち主! ワシらのように、欲に溺れることなく皆のために力を使うんじゃぞ……」


「はい、もちろんです」


「「ホッホッホ、頼もしいの。あと……ありがとうねぇ」」


 そう言うと老夫婦は月光のように柔らかい光に包まれながら消えていった。ユウヤが空を見上げると、そこにはきれいな満月が浮かんでいた。


「さて……少しだけ庭で修行して、メシにするか」


 ユウヤは山をゆっくりと歩き始めた。豊かな自然を観察しながら……

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