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魔法が日常となった世界で、今日も地球は廻る。  作者: おみたらし
1章-3修行編
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23話 未練と大樹 その1

(こいつ、やる気だ!)


 ユウヤは慌てて臨戦態勢に入った。しかし、完全に老婆を消し去ろうなどとは考えてなかった。大昔の人間なら錬力術など知る由もないだろうし、そんな存在を一方的に痛めつけることは彼の義理人情に反していた。ここは先制攻撃をしかけ、完全に暗くならないうちに急いで逃げよう、ただそのつもりだ。


「ワシが独学で身につけたこの念力で! ねじ伏せてやるからのぅぅ!」


 老婆が両手をパァンと力強く合わせた途端、ゴゴゴという音とともに地面から2本のツタが勢いよく生えてきた。ユウヤが気付いたときにはもう遅く、そのツタはユウヤを片足ずつ捕まえてしまっていた。


「くそっ、全然外れねぇ!」


「ヒヒヒ、ヒャハハハハハ! この夕日をじっくり目に焼き付けておくんじゃ、これで最後じゃからな!」


「この婆さん、タダもんじゃねぇな……」


「それじゃあ行くぞい、追撃じゃ!」


 老婆は横綱のように四股を踏んだ。すると周りの木々がザワザワと不気味に笑い出した。まるで亡霊の顔のようにすら見える周りの幹表面の模様は、ユウヤの正気を持っていきそうだ。

 何が起きるんだと周りを警戒するユウヤの背後から、小さくて黒い何かがゆっくりと接近してくる。しかしユウヤはまだ気付かない。毎秒5cmほどの速さで、どんどん、どんどん接近してくる。そして残り数センチとなったところでようやくユウヤは気付いたものの、時すでに遅しであった。黒い何かはユウヤの体に螺旋状に巻き付き、そこから膨張してユウヤを包み込んでしまった。スライムのようにネバネバ、ブヨブヨしたその黒い物体はユウヤが脱出しようとするその動きを断じて許さず、その部分にさらにまとわりついていく。パンチも、蹴りも暴れるのも全ての攻撃が通らず、かえって拘束の起点にされる。


「くそっ! 全然取れねぇ!」


「それはワシの必殺、溝鼠ドブネズミ! 少しでも動こうものなら体力をどんどん奪われる! 大人しくしていた方が楽にお陀仏できるぞい!」


 老婆の言う通り、ユウヤはこの攻撃を受けてから体力をかなり消費していた。まるで運動会の後のような、1日中動き回った後のような、そんな疲労感がユウヤに襲いかかっていたのだ。

 しかし、ここで簡単に諦めるワケには行かない。ユウヤは口の中に力を集中させた。


「どうせなら試してみるか、あの新技!」


「何? 新技じゃと?」


「この前電車の中でふと思いついた技だ、ふざけて思いついた技だが本当に使い時が来るとはな、ブラストスピットボール!」


 ユウヤはスライムから右手を突き出した。たちまちスライムはその右手を包み込み始めるが、ユウヤも負けじとすかさず口から突風を手に向けて吹きかける。スライムの破片が当たりに飛び散り、手にはいつの間にか風の球が作られていた。

 そしてユウヤはその球をスライムのわずかな隙間から老婆を見つけ出し、思いっきり投げつけると球はスライムをビチビチと振り落としながら一直線に老婆に飛んでいった。


「さぁ、早く成仏しな!」


「フフフ、それはどうじゃろう?」


「な、何?」


 老婆の表情の通り、その行動も無意味であった。わずかにへばりついていたスライムが急成長し、球を飲み込んだかと思うとまるで腐敗した果実のようにベチャッと地面に落ちてしまったのだ。


「そ、そんな……」


「どうやらアンタも念力を使えるようじゃが、残念だったのぅ、ワシのほうが数段上じゃ」

 

「クソ、八方塞がりだ……」


 ユウヤはかなり体力を消費してしまっていた。スライムに襲われていること、またその中で錬力術を使用したこと、この2つが重なり一気にスタミナを失ってしまったのだ。睡魔にも襲われ、思わず眠りにつきそうになる度に自身を咎めるが、それでもなお全身の力は抜けていく。さらに視界もだんだんとぼやけ、思わず地面に転倒。

 もうダメなのだろうか? そんな時、半透明状の目の前に翼を生やした一匹の馬が煙のようにモワッと現れた。


「気を失ってはいけません、死にますよ」


「だ、だってこいつ……物理も錬力術もダメで」


「相手は幽霊、人間の常識が通じる相手ではありません」


「じゃあどうすれば……」


「この山の伝説を思い出すのです。きっとあの老婆には未練がありますので、それを聞いてあげてください」


「対話って……分かった、やってみるよ」


 馬が消え去ったのを見届けると、ユウヤは両手を頭上に掲げて老婆に向かって話し始めた。


「もう抵抗しない、それに大樹の件聞くから! だから攻撃を止めてくれ!」


「……さっきバチが当たったとか言ったのはアンタじゃろがい」


「それは悪かった! まさか婆さんがあの伝説の婆さんなんて思わなかったし、事情があるとか一切考えてなかった……」


「……わかったぞい」


 老婆はスライムの拘束をユウヤから取り除いたと思うと、うつむきながら話し始めた。


「……ワシのせいであの木は、そして山は枯れたんじゃ。ワシが若返りのために、一時の欲望のために……!」


 老婆は大樹を見つけて自分が死ぬまでの過程を説明した。それは例の伝説と同じものでだった。この山に入り、大樹からどんどん液を抽出し、それを売りさばく生活をしているといつしか木は枯れ、この山の自然が全体的に失われ、近くに住まう者がどんどん逃げていった。どうやらこの老婆は木が枯れてから死ぬ間際までそのことを後悔し続けたのだという。その未練のせいで何百年もの間現世から成仏できないのだという。


「木が枯れる、か……」


 ユウヤは何かを勘付いていた。

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