178話 モニトーの覚悟
「……それでは、位置につくがよい。それでは20秒、殴るも蹴るも、好きにするがよい!」
「あぁ、この20秒でカタをつけてやる! ボクを甘く見てりゃあ、アマゾン川に溺れちまうぜッ!」
モニトーは観衆を沸かせてそれっぽい雰囲気を作るため、あえてビッグマウスを演じる。だが、実際にそんな余裕は無い。この20秒間、たったのコンマ1秒ですら無駄にしては命取りになる。余裕と自信に溢れた顔とポーズとは裏腹に、心はプレッシャーで今にも潰れそうになっていた。
(カタをつけてやる……? 違うだろ、一生残るような爪痕を残すのは最低条件! そうでなければ……誰にとってもプラスになんねぇだろうがぁ!)
「……グンソー・アルマーダッ! 飛び散れええぇっ!」
モニトーはスケート選手、いやまるで竜巻の如しスピードと勢いで回し蹴りを仕掛ける。それも連続で、5回転、10回転、15回転……休むことなくひたすらに攻撃を続ける。
(やはりこいつは尻尾を持ってやがる! ボクの記憶通りさ、マンティコアは人面で翼の生えたライオン、そしてその鬼は猛毒があるモンスター! ゲームもやっぱり役に立つんだなァ!)
「ウラッ、セイヤッ、ハアアアアアアッ! 覚悟しやがれぃ!」
「ざ、残像すら目で追うのがやっとだ……! やっぱりモニトーさんはすげぇや!」
「勝てる……! これなら絶対、あの野郎を倒してくれるぞ!」
「うおおおおおおお! いけいけ、やっちまえええ!」
「「「モニトー! モニトー! モニトー!」」」
観衆はモニトーの猛攻に湧く。憧れのヒーローが目の前で必死に戦ってくれている、常人にはできないような動きを簡単に発揮する、歓声が発生するのは当然だろう。
その声はさらにモニトーを後押しする。モニトーは続けてマンティコアに攻撃を仕掛けていく。
「ここでボクが負けてはならないッ! ファイアータイム、お披露目だああああッ!」
モニトーの身体から太陽のような熱気と光が放たれる。その状態のままどんどん攻撃を加えていく。
「ブショウ・カベサーダァッ! シノビ・ハステイラ! うらああああああああああああ!」
「す、すごい! モニトーさんの必殺技がこんなに見れるなんて……!」
「必殺技のオールスターだぞ、まるで!」
モニトーが繰り出す、華麗かつ豪快な必殺技の嵐。これまでに見たこともないほどのその連続発動に、観衆の盛り上がりはまるで大人気バンドのライブのようにも思える。
だが、モニトーの体力は早くも限界に近付いていた。必殺技は当然、その威力と引き換えに多くの体力を必要とする。裏を返せば、20秒という短時間で必殺技をこれでもかと繰り出すのは、そうでもしないと希望が見えないという絶望へのせめてもの対抗であったのだ。
(ボクはヤツの尻尾付近をずっと攻撃している……流石に「毒対策」を講じていることはそろそろ気付かれてもおかしくない! だからこそ残りの10秒で……必ず仕留めなくてはならないんだッ!)
モニトーは一瞬イチカの様子を確認する。残念なことに、まだ正気を取り戻せてるとは言えない。やんちゃながらも優しさや純粋さを隠しきれていないいつものイチカの顔ではなく、どこか「神」のように恐ろしく、落ち着きと荒々しさを両立させたような……既存の言葉では形容しがたい顔がそこに変わらず存在し続けている。
(まずいな……20秒なんかじゃ全く足りなかったか! だが、ボクの体力も減りつつある……皆は応援してくれている、しかし現実は理想とは程遠いッ……)
少しずつ、モニトーの動きが鈍くなる。マンティコアもそれに勘付いたのか、ニヤニヤとわざとらしい笑みを浮かべながらモニトーを見つめる。
「おいおい、少しずつ攻撃が弱々しくなってきてやしないか? さっきまでのナマイキさはどこに消えたのやら……デカい口をたたくなら、もう少し実力をつけてからにすべきだったな……」
「うるせぇ! まだ6秒強、残ってんだろうがぁ! ヒーローってのは最後に勝つ、そう決まってんだ……ホリャアアアアアアアアアアッ!」
もはや声を出すのすら、かなりしんどい。だが、ここで攻撃をやめれば観衆を絶望させてしまうことになるかもしれないし、さらに自分を弱気にさせてしまうかもしれない。やるしかない、この身体を焦がしてでも。モニトーは1つ、とある覚悟を決めた。
(マイシスター……いや、イチカ。小さい時のお前はヤンチャでワガママで。でも一番印象に残っているのは負けるのが大嫌いだったってことだ。
クイズ番組でもボクやペアレンツ、インテリ芸能人より先に答えられるのを嫌っていたし、運動会でもゴールテープを切れなかった日には家で大泣きしていた。でも、感動したことがあるんだ……)
「オイオイ、ヒーローとやら。どんどん攻撃が弱々しくなってきたぞ? 疲れちゃったかの、20秒すら経っていないのに……」
(……それは、小6。小学校最後の運動会、徒競走で転んだ横の子を見るやいなや走るのを止め、手を差し伸べて一緒にゴールに走っていったよな。
あの日、転んだ子を無視していれば絶対にゴールテープを切れていた。だがあの日、イチカは友達に手を差し伸べることを最優先したんだ。あとから助けたり、声をかけたりなんていくらでもできたし、それくらい分かってたはずなのにな……)
「おい、聞いているのか? 残り3秒だぜ? それにワシには分かる。そこの小娘はまだ聖霊の力をコントロールできるかは微妙そうだぞ?」
(……あれを見てから、ボクは人々を助けるカッコよさに改めて分からされたんだよ。子供向けヒーロー番組の主人公気取りのボクは煙たいかもしれないけど……イチカの優しさを後押しするヒーローに、灯火になること。それはずっと意識していたんだぜ? イチカ……)
「おい、無視すんなヒーローもどき! 時間切れだ、兄妹で攻めるターンではないのか? それとも2人ともワシに刺され、耐え難き苦しみとともに地獄に送られたいか?」
マンティコアはモニトーを徴発する。しかし、モニトーは声色と目つきを変え、マンティコアに言い返す。
「……黙れ、バケモンが。オレは覚悟を決めたんだよ。もうヒーローショーは終わりさ、本気でアンタを屠ってやる。それに……やはりその『尻尾』。見た目通りだぜ」
「……フン! それに気付いたどころでどうということは無い! さぁ、残りの40秒、せいぜい堪能させてやるわい!」
「……お望み通り。行くぞ、イチカ」
 




