177話 奥野兄妹 その2
「だが。その前に、ワシはハンデを授けようと思う。だってほうしないと……キミ達は呼吸する間もなく灰になってしまうのだからな、フフフフ、ハハハハハ、アーハーッハッハッハッハッハ!」
突然、マンティコアはハンデを設けようとしてくる。完全にナメられている、イチカはその挑発に軽々しく乗ってしまった。
「チッ……! マンティコアのヤロー、馬鹿にしやがって……消し炭になるのはお前だ、クソ野郎!」
「マ、マイシスター、落ち着け! これもきっと奴の作戦の内……ここはステイだ、ステイ!」
「……チッ! ならば早く教えろよ、そのハンデとかいうやつをよぉ!」
激昂するイチカと、それを落ち着かせようとするモニターをさらに挑発するように、マンティコアはわざと笑うのをこらえているような仕草を見せながら指折り数えながら「ハンデ」について説明する。
「ま、まず最初に、ウヒヒヒヒ。キ、キミ達は、フフフ……2人一緒にかかってきていいぞい。フヒャヒャヒャヒャヒャ!
そして2つ目ェ! 私はスタートの合図から1分間、キミ達に攻撃、一切しないでやろう! フフフフフ、アーッハッハッハッハッハ!
そして3つ目は……その1分後にやっとこさ本気を出す、ということさ! フヒャヒャヒャヒャヒャ――」
「おいゴラ、いい加減にしやがれ! なぁアニキ、このライオン野郎、完ッ全にオレ様達のことをナメてやがんぞ!」
イチカはさらに激昂する。フェニックスの力を引き出していることによる反動的な部分もあるが、今にも感情に身を任せて敵に飛びかからんという気迫を感じさせる。
(フヒヒヒ……このまま怒り狂うがいい! 冷静さを失った人間など、そこらの獣と変わらんよ、それもか弱い小動物ッ! そして横の男。アイツは錬力術のスキルはそこまで高くないと見た! ちょっと磨かれただけの格闘技だけでワシに勝とうなんて無謀なだけさ。となれば、あの女をひたすらに挑発し続ければ……フヒ、フヒヒヒ、アヒヒヒヒヒ!)
「クソ野郎……オレ様のことを侮辱するのもいい加減にしやがれ! 提示された1分もかからず、『灰になってしまう』のはお前の方だってことを分からせてやるぜ!」
「マイシスター! いい加減にするんだ、憤怒じゃ平和を守れない! ここは気持ちを落ち着かせるんだ、その……フェニックスとやらと調和するんだ!」
「うるっせえ! オレ様はオレ様のやりたいようにする! これ以上……平和を壊されてたまるかってんだッ!」
「イチカ……!」
モニトーは何度も落ち着け、落ち着けとイチカをなだめるが、イチカの怒りがおさまることはない。
昔からイチカは感情のままに動いてしまうことがある。怒ったときも、悲しいときも、そして他人に心を動かされたときも。良くも悪くも正直で真っ直ぐな性格が、大きな災いとなることは兄として避けたいのだ。だからあえてモニターはイチカの頬をパチンとビンタした。
「……痛ってえな! 何しやかんだ!」
「イチカ……怒りは効率を下げるだけだぞ!」
「……何が言いたい! こうやってオレの怒りは、昂りは……火力を高めてんだろうがああああ!」
「ゾーンに入るのと、暴走するのは違うぞ! ホームランを打ちたきゃ、ただフルスイングするだけではいけないだろ! しっかりと球を見て、相手が何を投げてくるかを考えて! その先にホームランが待っている、そうじゃないのか!」
「……でも、オレ様はアイツを倒さなくちゃならないんだ! 暴威留のみんなも、ユウヤ達だって皆戦ってる、その闘志を露わにして何がダメなんだよ!」
「違う! まずは落ち着けと言ってるんだ! 怒った状態で針に糸を通せるか? 対戦ゲームで良いコンディションを保てるか? 暴走したままじゃ、奴に勝てずに……無念を残して負けてしまってもいいのか!」
「ア、アニキ……」
「……少しは落ち着いたようだが、まだ完全とは言えない。ここは提示された最初の20秒、オレが相手をする」
そう言うとモニトーはただ1人、マンティコアに向かって歩いていく。そして両手を頭上に掲げながら、提案を1つ持ちかける。
「ライオンの爺さん! スタートの合図から1分間、攻撃しないと言っていたな!」
「……ライオンじゃなくてマンティコアだ! だが、ワシは確かにその約束をした」
「それについてだが……『ハーフタイム』を作ってくれないか? まず最初は20秒、オレ1人でライオンの爺さんと戦う! そしてその後、残りの40秒は兄妹で戦わせてもらう、それでいいな!」
「……ほう? わざわざ2人で一方的に攻撃できる時間を削ってくるとは……人間の考えは分からぬものだが、いいだろう! 好きにするがいい」
最初はイチカを挑発し続けようとしていたマンティコアだったが、予想外のモニトーからの提案を困惑しながらも了承する。一か八かの交渉に成功したモニトーは、その笑みを隠しきれずに小さくガッツポーズをする。
(よっしゃ、うまくいきそうだ! 確かマンティコアは伝説上の生き物で、毒の尾や高い敏捷性を持っているのが特徴! これは不利な20秒なんかじゃなく、分析とマイシスターを落ち着かせるための20秒だぜッ!)
モニトーはニヤリと笑うと、ぐるぐるとマンティコアの周りを歩き始める。そして応援してくれる観衆に手を振りながら、ポケットからマイクを取り出して高らかに宣言する。
「さぁさぁ、ヒーローショーの始まりだ! ボクは強い、ワルモノは必ず仕留める! 好きなだけ驚いて慄け、ボクの技の前にッ!」
「キャーー、かっこいいー!」
「頑張って、モニトーさん!」
「うおおおおおお、きっと倒してくれるぞ!」
「「モニトー! モニトー! モニトー!」」
「……おい、いつまでワシの周りをぐるぐると回ってるんだ! 目障りだ、さっさと始めるぞッ!」
(チッ、時間稼ぎもここまでか……まぁいいさ。ボクがここで、悪は勝てないってこと分からせてやっからよ!)
「おっと、すまねぇぜライオンの爺さ――」
「だからワシはマンティコアだ、何度もそう言ってんだろ、物わかりの悪い2人組だ、いい加減にしやがれ!」
「……おーっと、失礼。ライオンの爺さん! 始めようか……ヒーローショーのスタートでい!」