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短編

夜、ラジオ体操

作者: 秋丘光

 

 その日、僕たちは夏休みの朝のラジオ体操を終え、スタンプをもらう列に並んでいた。

「知ってる?ラジオ体操の真実」

「ラジオ体操の真実…?なにそれ、知らない」

 僕に話しかけてきたのは、近所に住む同い年のオカルトが大好きな男の子。この子の話はほとんどが胡散臭いオカルト話だ。だけど僕はこの子が話す突拍子もなく訳が分からないオカルトが好きだった。

「ラジオ体操の真実っていうのは…」

 男の子は何故か声を潜めながら続きを話し始めた。相変わらず話し方が下手くそだったが、男の子はネットで見つけた動画の話をしているみたいだ。

「ラジオ体操の起源は…むかしの、えっと、占い…じゃなくて、お祈りだったかな?でも、なんかの儀式が始まりみたいで、それで―――。」


 要するに男の子の話をまとめると、ラジオ体操の起源は豊作を願い神への祈りの儀式での踊りであること。夏に朝から集まり踊るのは一番上手い踊り子を見つけるため。そしてお盆の最終日の夜に一番上手い踊り子が代表、生け贄として踊りと共に自分の身を捧げるというものだった。

 なんか夏の踊りとか儀式とかっていうと盆踊りが思い浮かぶ。この話だとラジオ体操の真実っていうより盆踊りの真実って言われたほうが、まだ信憑性がある。

 というか、ラジオ体操の歴史なんてインターネットで調べれば分かるが、この話は真実でも何でもなくデタラメだ。ま、インターネットを鵜吞みにするのも良くないけど。


「ふーん、そうなんだ」

 僕はとりあえず生返事を返して、スタンプを押してもらう。

「で、今日がそのお盆の最終日じゃん。今日の夜、ラジオ体操を踊ろうよ!」

「え?わざわざ夜にラジオ体操を踊るためだけに集まるの?ヤダよ、そんなの」

 僕は全く乗り気ではなかったものの、男の子に押し切られる形でラジオ体操を踊ることになった。


 夜の8時、僕たち2人はまた公園に集まっていた。

「とりあえず、ラジオ体操の曲を…」

 そういうと、男の子は持参してきたラジオのアンテナを伸ばしダイヤルをいじりはじめた。

 こんな時間にラジオ体操を放送しているラジオ局があるのかと疑ったが、あの曲が流れ始めた。でも何かがオカシイ。曲調は変だし何よりもノイズが酷い。

「電波が悪いのかな…?」

 そう言いながら、ラジオをいじっていた男の子の動きがピタッと止まった。

「あのね、今気づいたんだけど…、こいつ、電池入ってない。な、なのにどうしてラジオ体操の今日が流れてるの??」

 男の子は混乱した様子だ。僕は黙って首を振りながら、男の子から、というよりも男の子の持つラジオから距離を取ろうと後退る。

「待って、おいていかないでっ…」

 男の子は涙目になりながら叫ぶ。

「早く、その手に持ってるラジオをどうにかしなよ!」

「どうにかって…!」

 男の子は手を上下左右に大きく振り回した。゛

「ね、オカジイよ!手からはなれない!!どうじよ!?どうずでばいいッ!どうにかぢで!」

 男の子は泣きわめきなが、先ほどよりも激しく手だけでなく、身体中を振り回し暴れた。

 すると、ようやくラジオは男の子の手から離れ、大きく宙に舞い僕たちの間に落ちた。

 落ちた拍子に壊れたのか、ダイヤルが回ったのか、とにかくラジオから流れていた曲が止まる。

「よ、よがっだ…。助かった」

 僕と男の子は安堵のあまりヘナヘナ~ッとその場に腰を下ろす。

 だが、安心するのはまだ早かった。


『ラジオたいそー、第零』

 またラジオが流れ始めたのだ。それも今度は聞いたこともない曲とアナウンスと共に。

 恐怖のあまり、僕たち2人は体操どころか、立ち上がる事すら出来なかった。

 僕たちの間に落ちたラジオは、そんな僕たちに体操を、いや踊りを強制するかのように次第に音を大きくする。そしていつもは丁寧な説明で体操をサポートする声も語気をどんどん強めていった。

 僕は目をかたくつぶって、ラジオから曲が流れ終わるのを祈った。

 

 しかし、いつまで経っても曲は流れ終わらない。

 僕はゆっくりと目を開ける。

 いつしか周りは白い霧のようなものに覆われ、僕たちの間にあったラジオはその姿を消していた。

 さらには、何処から現れたのだろうか。僕たちと同い年ぐらいの十数人の少年少女たちが、先ほどから流れ続けている曲に合わせて踊っていた。

 もうココがドコで、ドコから曲が流れているのか、現実なのか、今がどういう状態なのか何も分からなかった。

 しばらく十数人の少年少女はゆっくりと僕たちとの距離を詰め始めた。

 どうしよ、逃げなきゃと思うものの、身体は言うことを聞かない。

 ついに1人の少女が男の子の手をとった。男の子は怯えながらも立ち上がり、踊りの輪に加わる。

 今度は僕の番だと覚悟というよりも諦めや絶望に近い感情を抱きながら、男の子と少年少女たちの踊りを見つめていた。

 だが、一向に彼らは僕の手をとらない。それどころか近づくのも止め、だんだんと距離を取り始めた。

 僕は彼らとの距離がひらくとともに、安堵感と強い眠気に襲われ、いつしか眠りについていた。


「いつまで寝てるの!!早く起きなさい!」

 聞きなれた怒鳴り声とともに僕は目を覚ました。いつもイライラさせれるこの母親の怒鳴り声も、今日だけは確かな日常のひとつとして、安心を与えてくれた。

「ほら、早くスタンプカードを持ってラジオ体操に行くっ!」

 正直ラジオ体操になんて行きたくなかったが、母親に急かされるように、僕はラジオ体操のためにあの公園に向かった。


 公園には、昨日と同じように同年代の子と今日のラジオ体操の係りの親が来ていた。僕はその中から男の子の姿を探した。だが、どれだけ探しても男の子の姿が見当たらない。

 男の子の家の近くに住んでいる女の子がいたので、男の子を聞いてみた。

「あの、君の近くに住んでるオカルト好きな男の子って、今日は来てないの?」

「えっと…。誰のことですか?」

「誰って、ほら。くせ毛で目が少しタレぎみの、少しぽっちゃりした男の子だよ」

「そんな子、私知りません」

 そう言うと、女の子は僕を避けるように走り去っていった。そのとき、女の子が“何か”を蹴った。

 その“何か”に見覚えのあった僕は恐る恐る、その“何か”を確かめる。


 その“何かは”やはり、あの“ラジオ”だった―――。


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