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夏のホラー参加作品

もしかしたら


私の趣味はトレッキング。


纏まった休みが取れた時に展望が良いと聞く山々を歩く。


展望に見とれていたり山の上から見る夕焼けに見とれていたりして下山が遅れ、野宿する事もよくある。


だから野宿する為の装備と数食分の食料も持って行く。


トレッキングすると決めた山の麓までバスで行き山道を歩き出す。


展望の良い山の山頂近くで昼食を取り、登って来た道とは逆の方向に延びる山道を下る。


2〜3時間山を下った中腹付近で畑が広がる場所に出た。


道の先に目をやると茅葺屋根の家が建っている。


家の前に野良着を着た年輩の男女がいたので挨拶した。


「こんにちは」


お婆さんが会釈を返して来て、お爺さんが返事を返してくる。


「こんにちは。


山から降りてくる人なんて久しぶりだが、何処から来なさった?」


「東京からです」


「遠くから来たんだな、久しぶりの訪問者だ寄って行きなさい」


「ありがとうございます。


時間が押しているんでちょっとだけ休息させてください」


「いいとも、いいとも」


縁側に座り、汲み上げた冷たい井戸水をご馳走になる。


縁側の奥の座敷に置かれたレトロなラジヲが、今どき珍しい事に軍歌らしい勇壮な音楽を次々と奏でていた。


お爺さんお婆さんは久しぶりの訪問者だから泊まって行くよう何度も言って来たが、あと2時間程歩けば下山できる筈なので、水筒を冷たい井戸水で満たさせて貰って30分程でお暇する。


今私は凄く後悔していた。


2時間歩いても、3時間歩いても人里にたどり着けずにいる為だ。


ハアー、今晩は野宿か。


翌朝、目を覚ましてからストレッチを行いしっかり朝食を摂ってから下山を始める。


2時間程歩いただろうか私は川沿いの舗装された道を歩いていた。


川沿いの道の先には古い木造建築の学校らしい建物があり、此処ら辺の部落の人たちだろうか? 多数の老若男女が集まって、校舎の壁に括りつけられたスピーカーから流れるラジヲ体操の音楽に合わせて身体を動かしている。


校門の前を通り過ぎた時、来るのが遅れたのか早歩きでこちらに向って来るおばさんがいたので悪いと思ったが、駅に行く道はこの道で良いのか尋ねた。


「すいません!


駅に行きたいのですがこの道で良いのですか?」


「そうだよ。


見ない人だけど何処から来たんだい?」


「東京です」


「東京って、電車に乗って来たんじゃ無いのかい?」


下ってきた山の方を指差しながら答える。


「昨日はあの山の反対側までバスで来てトレッキングしながらこちら側に下りてきたのです。


山の中腹に建っていた家の人に泊まって行くように言われたんですが、直ぐ下山出来ると思って断ったら野宿する破目になりましてね」


「山の中腹?」


「はい、そうです」


「あんた、狐か狸に騙されたんじゃないかい」


「エ? どう言う事ですか?」


「中腹に住んでた夫婦は、大戦末期に日本軍の戦闘機の墜落に巻き込まれて亡くなっているんだよ。


あそこの家は、出征していた3人の息子さんも全員戦死して全滅してるんだよ」


そう言うとおばさんは「南無阿弥陀仏」と口ずさみながら学校の方へ歩き出す。


私も今教えられた事に頭を捻りながらおばさんと反対方向に歩く。


それから1時間程歩いただろうか、やっと私の目に鉄道の線路が見えて来た。


駅に付き時刻表を見る。


と、クソ! 電車は朝と夕の2本しか無く、朝の電車はもうとっくの昔に発車済みだった。


どうしようかと思案する私の目に駅の向かいにある雑貨屋が映る。


街まで歩くかと思い、国道に出る道を尋ねようと店の奥の座敷にいた90過ぎくらいの老婆に声を掛けた。


「すいません、国道にはどう行けば良いか教えてください」


「国道だって?」


「はい」


「国道に出るなら線路に沿って下って行けば行けるよ。


それより、私しゃ暇なんだよ、教えてやった礼にちょっと茶でも飲んで行きな」


「はあ」


誘われるままに框に腰を下ろす。


座敷に置かれたラジヲから元総理が銃撃されたと言うニュースが流れていた。


またか、確か私が中学生の頃にもあったよななんて事を思いながら先程聞いた話を老婆にする。


「何処で聞いたって?」


「この先の小学校か中学校らしい学校の前でです」


「馬鹿な事を言うんじゃないよ!


あそこの部落の人たちはね、平成の初め頃に増水した川の濁流に流されて、1人残らず亡くなっているんだよ」


「え! エエー!」


「でも…………んー…………これは私の思いだけど、部落の人たちも山の中腹にいた夫婦も、自分たちが生きていた事を忘れられたく無いと思ったから、偶々通り掛かったあんたの前に現れたのかも知れないね」


そう言われたが私はキモが冷え、返事もそこそこにお暇して国道に向けて駆けるように歩き出した。


あの場所から少しでも遠ざかりたいと思い昼食も歩きながら摂る。


昼食を摂ってからも休息せずに歩き続けたら、地図にも載っている道の駅が見えて来た。


歩き詰めで疲れ切っていた私は、道の駅で客待ちをしていたタクシーに乗車。


タクシーのカーラジヲからは聞き覚えの無い歌が流れていた。


タクシーに乗車して一息付いた私は午前中に老婆から聞いた話を運転手に言う。


タクシーの運転手は私の話を聞いたあと暫く沈黙して、それから返事を返して来た。


「お客さん、その老婆がいた駅がある線路なんですが、30年程前に流行った伝染病のせいで利用者が激減して廃線になっているんです」


「え! 嘘だろ」


「本当です。


多分ですが、その老婆が言ったように自分たちが生きていた事を忘れて欲しく無いとの思いから、偶々自分たちの前に来たお客さんの前に現れたんじゃ無いですかね」


私はタクシーの運転手の言葉を聞きながら思っていた。


さっきからカーラジヲから流れている歌、昭和や平成の懐かしの歌謡曲とDJが語っているけれど、私には馴染みの無い歌ばかり、このタクシーと運転手も…………も、も、もしかしたら?





















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― 新着の感想 ―
[良い点] いやもうなんか段々楽しくなって行きました 面白かったです 笑
[良い点] ループしていそう♪ 一体どこまで続くのか……。主人公自身も、本人が気付いていないだけで、も、も、もしかしたら?と楽しく拝読しました。読ませていただき、有り難うございました。
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