風は流れて
ああ……燃えていく……
私の手も足も、身体の全てが燃えていく……
人々が広場の周りに集まっていた。
その広場の中心で、私の身体は鉄の十字架に掛けられ、足元では大量に焼べられた薪から、赤い炎が轟々と音を立てて立ち上がっている。
子供達が遠巻きに走り回りながら、黒く焼け焦げていく私を盗み見ている。その瞳は、大人達の向ける突き刺すような冷たさや、憎々しげな色とは違う、今だはっきりとした善悪のない澄んだ瞳。
剣が、槍が、天を指し、歓喜に震える人々の叫びが、燃え上がる炎を揺らめかしでもしているように見える。
でも……誰も気付かないでしょう、私が一番望んでいたことを。
……ああ、あの人はどうしたのでしょう。
いま悲しいことは、この傍らにあの人が居ないこと、でも、きっと、私もあの人もこれから行く場所は同じ場所。
……火を掛けた貴方たちには、きっと解らないでしょう。私は貴方たちに感謝しているのですよ。
ああ……ユージオ。たとえ煉獄の炎に焼かれ灰になろうとも、私は貴方を愛しています。
あの日の空の色を、私は今も覚えている。あの深く透明感のある青い空を。
エルメリア紀2124年。
私達のキャラバンは、竜王様たちの棲まう円環山脈南方を西に進み、青竜バルファムート様の影響が強いエスタ王国の首都パーダに入った。
水と森の王国と呼ばれるエスタは、生まれた時から旅の中に生きて、踊ることだけが全てだった私に、初めてまったく別の――大切なモノの存在を教えてくれた。
「ネルバ姉、見て! 湖と青い空。木々の深い緑、そしてほら、湖の中で太陽が風と踊ってる」
私は、軽やかにステップを踏みながら木々の間をすり抜けるように舞った。自分のまわりにある空気を、全て自分のものにしようとでもしているかのように、大きく広げた両腕を胸の前に包みよせる。
「シルヴィ、そろそろ戻らないと親方に怒られるわよ!」
ひとつだけ年上のネルバ姉が、水を汲みに来たというのにいつまでも踊り続けている私を見つめて、呆れたように声を張り上げた。
「もう、知らないからね! 私は先に行くわよ!」
ネルバ姉はしびれを切らして先に行ってしまった。
でも今日は――お祭りだもの。
私の心は、エスタで催される十年に一度の精霊祭に既に浮かれていた。
私たちは風の民。
風の精霊ウィンダルの心を宿した風。その一吹きの流のような存在。
私は舞う。
クルリ、クルリと――。
湖の畔、このまま太陽の映り込む水面へと駆け行けば、その上で踊り舞えそうな気さえする。
そんな心を抱えたまま、舞い続ける私の手を不意に誰かが掴み、引き寄せた。
「危ない! 何を考えているんだ君は! 人はウィンダルではないのだぞ、水の上で踊れるとでも思っているのか!!」
しかし私は舞い続ける勢いのままに、その声の相手を振り回して……止まる。
私の手を掴んだ相手は、その立ち位置を私と変えて、そして、湖へと――落ちた。
「うわあっ!」
「きゃあっ! ちょっと貴方、大丈夫なの!?」
その人は、湖に落ちる瞬間、私の手を離していた。それはきっと、私を巻き込まないためだろう。
「ワップ! きっ、君。だ、誰か、誰か呼んでくれ。ボクは泳げないんだ!」
ワップワップと、身体をバタつかせているその人を見て、私はあきれてしまった。
「――ねえ、貴方。そこ、たぶん膝くらいの深さよ」
「えっ?」
「ほら、起きなさいな」
私は、湖の中へと足を踏み入れ、彼に向けて手を出した。
「そ、その……済まない」
そう言って、手を出した彼と視線を合わせて……私は……いえ、私たちは、きっと恋に落ちたのだ。
彼は、夏の濃い緑で染め上げたような髪を濡れそぼらせ、明るい若葉色の瞳を私に向けていた。
「…………ヴァッサーラの碧……なんて綺麗な……」
彼から漏れた言葉は、六大精霊、水の精霊王。ヴァッサーラ様の名。
かの精霊王を象徴する、深く透明な湖のような碧い色。
私の瞳の色だと仲間たちは言う。
「シルヴィ! 何してるの! 親方もうカンカンよ! 早く帰ってきなさい!」
丘の向こうから、ネルバ姉が叫んでいる。
その声に私はハッ、として彼から手を離した。
「ごっ、ごめんなさい。仲間が呼んでるから。ねえ貴方、風邪引かないように気をつけなさいよ。じゃね」
私は、初めて胸の中に灯った不思議な炎に戸惑いながら、皮袋に入れた水を手に丘の上へと駆け出した。
「きっ、君! 名前は!!」
「私? 私はシルヴィア! 風の民よ。エスタの精霊祭で踊るから、時間があったら見にいらっしゃいな!」
私は、水袋を手にしたままぐるりと踊り舞う。
「ぼ、ボクはユージオ! きっと――きっと見に行くから!!」
それはまだ、私が少女の心を残していた……そんな時の淡い想い出。
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