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 教会を出て、高級住宅街側の最寄の出口から公園を出ようとすると馬車止めの広場に出た。

 朝もだいぶ過ぎた時間帯だからか、結構な数の馬車が止まっていて、御者が退屈そうに待機している。

 うっかりぶつかったり、怪しまれないように馬車から距離をおきつつ広場を抜ける。

 高級住宅街から近いだけあって、貴族が教会を訪れる時は大体ここに止めるのだ。家紋を見ながら、おーあの家の馬車かー何てのんびり思いながら歩いていたら、ルーフォス家の家紋を見つけて帽子を深く被り直す。

 大聖堂に行っていたらニアミスしたかもしれない。恐らく気付かれはしないだろうが、遭遇しないに越したことは無いので、胸を撫で下ろす。このマンドレイクが無ければ間違いなく行っていただろうからそう思うとマンドレイクに感謝をした。


「ありがとうね」


 隙間からちらりと覗いてみたら、マンドレイクは横になっていた。そうなると完全にただの形の悪いニンジンにしか見えなかった。


「ただいま戻りましたー」


 馬車が増えていた。違う馬車なのか同じ馬車がまだいるのかは分からない。

 とりあえずさっきと同じ様に正面玄関ではなく裏口に回って家に入る。


「おかえりなさいませ」

「……モモ、休んでないでしょう」

「休んでますよ。ありがとうございます」


 出迎えてくれたモモにそう返されては私には何も言う事は出来ない。


「旦那様より、戻ったら執務室に来るようにと」

「執務室ね。分かった、ありがとう」

「ダメですよ一人で歩かれては。ご案内いたします」


 嗜められたので大人しく従う事にした。

 モモに案内されて勝手知ったる我が家の父の執務室まで向かう。

 普段なら私の後ろにモモがいるのに、と、それが何だか落ち着かなくてソワソワした。


「失礼いたします。タケル様をお連れいたしました」

「入れ」


 案内されて入った父の執務室には、心なしか疲れている様子の父と、執事長と知らない男性がいた。父と男性は向かい合わせにテーブルを挟んでソファに座っていて、扉の近くに執事長が控えている。男性の黒い短髪に日に焼けた褐色の肌、身体が大きくて筋肉の着きも良い。普段から力仕事をしているだろうという事は見て直ぐに分かったが、執事長の立っている位置から判断するに心配のない相手だろうと推測する。


「失礼いたします」


 背後でモモがそう告げて扉を閉めて去って行く。

 扉が完全に閉まった所で父は私を見たので、話が始まる前にマンドレイクのカゴを床に置いた。


「タケル、こちらはサイファ。今王都にいる商隊を任せている」

「はじめまして、本職は冒険者です。商人は副業、出来れば末永くよろしくお願いします」

「タケルです。よろしくお願いします」


 紹介されたサイファ氏が立ち上がってこちらに歩み寄って来る。

 手を出して来たので私も手を出して握手をする。大きな手だった。強そうだ。


「冒険者なのに商人なんですか?」

「魔物の素材を持っていっても安く買い叩かれるのが悔しくて。それなら自分達で商会作って売ってやるーって感じですね」

「凄いですね」

「サイファには家の事情は話してある。遠慮なくこき使ってやってくれ」

「という事ですので、坊っちゃんよろしくお願いしますね」

「呼び捨てで構いません。こちらこそまだこの格好には不慣れなので色々とご迷惑をお掛けすると思いますがよろしくお願いします」

「サイファ、後々崩すのも大変だろう。楽にしてもらって構わない

「分かりました。ありがとうございます。では遠慮なく」


 サイファ氏はそう言って元のソファに戻って行く。

 座り直した所で父の目配せが合ったので私もその隣に座った。


「まずは、そうだな。教会に行ったんだろう?」

「あぁ、はい。これを依頼されました」


 胸元のポケットから目録を取り出して父に渡す。

 父はそれを開いて確認するとサイファ氏に渡した。


「……うん、いつも通り、という感じだな」


 内容を確認したサイファ氏が目録を畳んで父に戻すと、今度は執事長に渡す。執事長も目録を開いて確認すると「失礼いたします」と一礼して部屋を出て行った。


「あれなら今日中にも用意出来るだろう。出発は予定通り明朝って所ですかね」

「そうか……道中の判断は任せる。よろしく頼む」

「ええ、お任せください。それより、気になるんですがあれは?」


 サイファ氏が床に置いてあるカゴに指を向ける。

 私は立ち上がってカゴを取ると2人の間のテーブルに置いてから、そっと布を取った。


「女神様から預かりました。ノースロードの次期当主へのお祝いとして届けろ、とのことです」


 マンドレイクは最初カゴの中でだらだらしていたけれど、布が無くなって明るくなったのに気付いて起き上がると、覗き込む2人を交互に見て慌ただしくヘッドバンギングをする。

 わさわさと葉っぱが揺れるのをそのうち勢いに負けて千切れるるのではないかと余計な心配を抱く。


「マン、ドラゴラ……?」

「神官様はマンドレイクだと仰ってました」

「まぁ、基本は大差無い……が、そうか」

「これを、次期当主のお祝いと、そう言ったのだな?」

「はい、確かに」


 疲れたように溜め息を吐く父と、興味有り気に覗き込んでいるサイファ氏と反応は様々だ。


「葉付きの生きたマンドレイクはまぁ、確かに良品ではあるな」

「すごいもの何ですか?」

「生きてるのは魔法収納が出来ないので運ぶのが面倒なのであまり積極的に狩る者がいないんだ。だからそれなりに珍しい物だが、マンドレイク自体はすごくレアという程でもない。魔力を持った素材として色々と役に立つから良い値で売れる」


 あと、葉が付いてると価値が上がるのだと語るサイファ氏の目は心なしか輝いている。


「やらんぞ」

「流石に女神様からの御品に欲を出すような命知らずじゃないですよ」

「そうだな……ウェスティ様のお考えは分からないが託された物は持って行くしかあるまい」

「ですね。……じゃあ、マンドレイクと教会関係は手伝ってもらうとして」

「はい」

「後はそうだな。一応顔合わせも兼ねて荷積みの時に来てもらおう。教会の3つ鐘が鳴る頃に王都正門近くにある冒険者ギルドだ。分かるか?」

「はい」


 この国では1日4回、決まった時間に教会が鐘を鳴らす。

 1つ鐘は朝の訪れと共に門が開き、2つ鐘は昼の訪れを、3つ鐘は陽が沈む合図、4つ鐘は夜の訪れとして門を閉じる。

 夜には魔物が強くなったりするから、3つ鐘が鳴ったら帰還せよ、という感じだ。

 王都はもちろんとして、国内で認められている全ての町村に必ず1軒はある教会が同じ時間に鳴らすので、国内なら何処に居ても聞こえると言われている。


「よし、じゃあその時にな。……と、言いたいところだがその前に冒険者ギルドで登録しておくと良い。混雑具合にもよるが手続き自体は20〜30分もあれば終わる」


 マンドレイクは首を振り続けて疲れたのか、カゴの床に四つん這いになって呼吸を整えている。肩で息をしているように見えるので不思議だ。と、見ていて何だか可哀想になってきたので再び布を掛けた。


「やった、じゃあ冒険者の仲間入り出来るんですね」

「持っておくと何かと便利だからな」


 そう言いながらサイファ氏は私をじっと見る。

 見られて問題は無いが落ち着かない。


「何か?」

「あと、出来ればで良いがもう少し粗野な振る舞いが出来るようになった方が良いかもな」

「粗野」

「まぁ、次期当主様にそんな粗野になられても困るが、庶民を装うには品があり過ぎる。姿勢、言動、今の所どう見ても育ちが良い」

「なるほど」


 生粋の侯爵家男児。しかも御令嬢として何処に行っても恥ずかしくない様に育てられているのでそれを崩すなんて意識した事さえ無かった。


「頑張ります」

「程々にな」


 言葉はサイファ氏ではなく向かいに居る父から飛んできた。

 確かにいずれは貴族に戻るので崩しすぎるのも問題なのだ。難しい。


「さて、あの辺りに行くのであれば一応言っておこう」


 私達のやり取りを見守っていた父は、重い溜め息をひとつ吐いた。疲れている表情が更に気怠げな空気を醸している。


「陛下より聞いた話だが、早朝に衛兵から報告があったらしい」


 陛下という言葉に自然と背筋が伸びる。


「昨夜、外門の警備をしていた所、真夜中に馬の嘶きが聞こえたので詰め所を出た所、大通りを門に向かって駆けて来る馬車が見えたそうだ」

「ほう」

「こんな時間に馬車。しかもこのままだと門に来る。もしくは門に激突する。と思われたので衛兵は仲間を呼んで数人がかりで呼び止めようとした」

「はい」

「しかし馬車は止まるどころか速度を上げたそうだ。いよいよ危険と判断し、衛兵が叫んだ所、大きく跳躍して外門を跳び越えたそうだ」

「……わぁ、アクティブですね」


 何となく察した。

 私が察したのを理解したのだろう、父が再びとても大きく溜め息を吐いた。


「篝火に照らされても、馬も幌も全て真っ黒だったそうだが、ひとつだけ、我が家の紋章が確認出来たそうだ」

「我が家の馬は活きが良いですね」

「全くだな。元気過ぎるのも困る」

「……幌を付けて外門を超えられるとなると、魔獣どころか聖獣クラスだと思うんですが」


 外門は低い所でも3階建て位の高さはある。かなり高い。

 それを跳び越えるとなると普通の動物では無理だ。しかも幌が付いていたとなれば、普通は跳ばない。


「王都には連れて来てないぞ」

「……いるんですか」


 サイファ氏の姿勢が前のめりになる。


「本土に一匹な。かつて女神様より下賜された家宝のひとつだ」

「うわ、これだから女神様に贔屓されてる貴族様は」

「それでは、いつの間にか女神様に頂いていたということで」

「概ね間違ってはいないからな。一応陛下には全てをお話しておいたが、我が家のじゃじゃ馬が夜逃げした、という事になった」

「なるほど」


 あの影がそういう事になったか、と思うと衛兵の皆様には申し訳無いけれど無事に門を超えたのかと少し安心した。


「今度見せてくださいね」

「無事に着いたらな。弟に手紙を書いておこう」

「ありがとうございます!」


 サイファ氏がやる気になった所で、執事長が戻って来て会談はお開きになった。

 マンドレイクはタキの部屋には置けない。父の部屋を始め、屋敷の部屋も使用人の格好で自由に出入り出来る所ではないので却下された。今私が使っている使用人室はその気になれば誰でも出入りが出来るので、女神様からの大事な預かり物を置いておくには少し不安がある。仕方ないから持ち歩く事にする。流石に商隊の荷物としては預けられるだろう。

 3つ鐘まではまだ時間がある。それまでに付け焼き刃でも庶民の振る舞いを勉強しようと思い、庶民と言えば街だろうかと使用人用の玄関へ向かう。


「お出かけですか?」

「うん、ちょっと街に行って庶民の話し方とか勉強して来ようと思って」


 センサーでも付いているのか私が出入りしようとすると確実に姿を見せるモモに、外出の目的を告げながら、じっと見つめてみる。


「ねぇモモ」

「侯爵家の使用人ではそんなに参考になりませんよ」


 先手を打たれた。流石私専属だけのことはある。


「使用人の質で貴族の評判は変わります。逆に言えば家によっては誰でも質が良ければ雇われることはあるのです」

「なるほど」

「はい、身に付いた品の良さは一朝一夕では隠し切れないでしょうから、いよいよ怪しまれる様でしたら、貴族に取り入るために立ち振る舞いを意識しているのだと言い張るのも手かと」

「なるほど」

「実際にある程度以上の識字能力や計算能力は貴族と庶民では出来るの認識も異なります。覚えている魔法の種類も庶民、貴族、冒険者では必要とされるものが違いますので」

「半日じゃ無理だってことね。……まぁ、それはそれで勉強になるから旅の間も意識してみるわ」

「参考にされるのでしたら商店街へ向かわれるのがよろしいかと。商隊に身を寄せるのですし、商人の話し方とか空気とかを知っておいて損は無いでしょうから」


 なるほど、とひたすら頷いて納得する私にモモは一束の紙を差し出す。


「これは?」

「侍女の間に伝わる旅行時の持ち物リストを一般向けにしたものです。一応御用意したお荷物にあるものは丸を付けてあります。無いものであると役に立ちそうなものにはマークを付けてありますので御参考までに」

「なるほど」


 確かにこれからの荷物は自分で管理することにはなるので、何があるかを把握しておくことは大事だろう。


「荷物は?」

「今使われているお部屋の方に御用意してあります」

「ありがとう」


 良い機会なので確認してから商店街に行く事にした。

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