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「堅苦しいのは無しにして楽にして頂戴」
女神様から御約束の言葉が出たので私は立ち上がってスカートの乱れを整える。
「そのような御姿なので一瞬辞世の句を詠み掛けました」
「合ってるわよ。殺しに来たんだもの」
さらりと物騒な言葉を伝えて来るが、ベッドで寛ぎながら言われても説得力がない。いや、女神様ならその状態からでも私なんて瞬殺出来るだろうけれど。
「迷える魂に導きを。何だ、そこまでは聞いてなかったのね」
「? 何の事ですか?」
「どうせ直ぐに分かるわ。髪を貰いに来たの」
「髪を?」
話が噛み合わないのも珍しいことではないので、拾える範囲で拾って行く。過去の経験から噛み合わないように見えて最後には繋がる事が分かっているので余計な事は言わない。
髪と言われて何となく自分の髪を触る。
今は家で過ごす用にと楽な状態でシンプルに結い上げてあるが、もちろん地毛である。幼少の頃から侍女の手を借りてゆっくりと育てて来た銀色の髪の毛は年頃の令嬢らしく一応腰まである。
「髪は女の命だもの」
なるほど。
男に戻るなら間違いなく不要になる長さであるし、殺すという表現も紛らわしいけれど間違いでもない。そもそも私自体は死なないけれどタキという令嬢を近いうちに死なせる私が何かを言える立場でもない。
「まぁ、近いうちに切ることになるでしょうから、お好きにどうぞ」
言った瞬間にジャキリ!と首のすぐ後ろ辺りで音がして、唐突に頭が軽くなった。状況を理解して少し遅れて首の後ろでぞわりと寒気がする。
結ってあるのも解かずの問答無用っぷりである。
切られた後、女神様と私の間の空中に漂っている髪の束は、誰も触れていないのに自然に解けてまとまって糸の様な束になった。
女神様はゆらりと身体を起こすと回収した私の髪だった束から一摘み分を取り分ける。
「何に使うんですか?」
「色々とね。死んだことにするには説得力があるでしょうから、とりあえずシンシアに渡すわ」
あなたにはこれを。と、女神様は取り分けた髪の毛の端と端を合わせてくるりと輪の形にする。
それがじんわりと鈍く輝いたと思ったら目の前で髪の毛だったものは銀色のネックレスに変わった。
「ダレスも着けているわ」
ダレスとは父の名だ。つまり父に聞けという事だろう。
「シンシア様、悲しむでしょうね」
あの子はそういう子だ。というのもあるが単純に自分を虐めたという冤罪で追放された令嬢がその後直ぐに亡くなったと証拠付きで聞かされた場合、心穏やかで居られる人間などいるだろうかという話である。
自分もその死に加担したのではないか。あの時少しでも違うことをすれば死なずに済んだのではないかと。そう普通の人ならば思うだろう。
「よく言うわ」
女神様は新しく髪の毛を取り分けながら、心底つまらなそうに笑い飛ばす。
「肝心な時に己の指標を見失うのはまだ修行が足りない証拠ね」
「……虐められるのが修行になるんですか?」
「いいえ」
即答だった。
「あの子が助けを求めるならば如何なる状況下であろうとも救いは訪れます」
淡々とした音で伝えて来る女神様の黒い御姿はゆらりと揺れて見える。
ならばシンシアちゃんは助けを求めてはいないのだろうと、夕陽の差す教室で出会ったシンシアちゃんの姿を思い出した。
「その選択肢もまたあの子に許された権利。ある程度までは子を見守るのも親の努めということで」
確かに、助けを求めれば助けてくれると言うならば、シンシアちゃんには人間の理など知ったことではない次元の違う破壊兵器の様なモノが後ろに付いているのだ。言葉通りの意味でも社会的にもひと吹きで消せるような存在が。
「シンシアちゃんのことは心配しなくて良いわ。私の娘になろうという者がその程度で潰れるような脆弱な魂では無いと言うことよ」
やはりちゃん呼びしてたのバレてましたか。と私の心中など全てお見通しという表情に、心の中で舌を出す。
女神様は私に構うことなく、す、と手を前に出した。
「これを」
さっきから女神様が弄っていた私の髪だったものである。
最初のはネックレスだと見て分かる物だったが、今度のは真っ黒な丸い手のひらサイズの塊だった。
「ただの影よ。息を吹き込めば勝手に旅立って適当な所で消えるから、死にたくなったら使いなさい」
「ありがとうございます」
先の銀のネックレスと同じように女神様はそれをベッドの上に無造作に置く。
素直に受け取ろうと伸ばしかけた私の手の前に1枚の紙がふわりと現れた。空中に浮いているそれを掴んで見えるように手元に持って来る。
『ゴート仔猫黒猫迷い猫のチーズケーキ』
『フィルグ山の恵み(油に合うもの)』
『オスト時の雫(一俵)』
『レブル大地の恵み(特級)』
『ニューラ神殺し(一升)』
『ロクン特産品(発酵品)』
「わぁ」
目録だった。
王都を始めとして、ノースロードに行く途中に通る地名が先頭に書かれている。それはつまり。
「ちゃんと女神様へって書くのよ。書かないと教会で精査されるんだから」
「ねこねこねこのチーズケーキとか、行列すごいって聞きましたけど」
子猫黒猫迷い猫(通称ねこねこねこ)は、王都で今大人気のケーキ屋の名前である。その自信作というチーズケーキは王族に献上もされて、王妃殿下や王女殿下達が天上の味だと絶賛していたという話をイースから聞いた。最近の令嬢達の間では憧れのチーズケーキである。
「楽しみにしていますね」
「承りました」
女神様らしく高潔な雰囲気で言われても内容に変わりは無い。
買って来いという命令であるが、当然信徒である我が家に拒否権はない。
並ぶ覚悟だけしながら、目録を丁寧に折りたたむ。
顔を上げると既に女神様の御姿は消えていた。
誤字報告ありがとうございます!