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長いよ3行という方へ


上半分は

実家が遠いので

どうやって帰ろう


という話です


 最後の晩餐を終えた私は自室に戻る。

 自分達の屋敷だとはいえ、事情を知っている者は限られた者しかいないので、ほとんどの人から見たこの家は今、御令嬢が問題行動を起こして、当人だけではなく下手をすれば一族が滅びかねない大変な状況なのだ。教会への体裁やその辺りも考慮して、お祝いの晩餐は表面的には極めて冷静なものではあった。

 声色とか色々な所で滲み出る安心感からの喜びが隠しきれなかったのはどうしようもないが、直接関わる者は大体事情を知っているので大した問題ではないだろう。

 料理長が急な要求だというのに嫌な顔ひとつせず用意してくれた私の好きなメニューを当分食べられないのだなぁとしみじみと噛み締めつつ、囲んでいるテーブルで主に話に上がったのはこれからどうする、と言うこと。

 確定事項は、私は近日中に王都を去り、ノースロード領に帰る事。何処かでタキの存在を捨ててタケルになるまでは確実なのだが、どこで令嬢の姿を脱ぎ捨てて令息になるかはまだ決めてはいない。

 王都から領へは遠く帰る手段としては大きく分けて

 1、単騎で馬で向かう。

 2、乗り合い馬車で向かう。

 3、行商隊と一緒に向かう。

 4、徒歩で向かう。

 例外として騎士団とか召喚者とか魔物使いとか魔術師ならば、魔獣だの聖獣だの転移魔法だのと色々イレギュラーな手段もあるが、追放された令嬢や公にされていなかった令息が取る選択肢では無いので却下。

 単騎なら大体5〜7日くらいだろうか。早い上に途中で失踪したり事故死したりと存在を消すには好都合だが、現実的な意味で不用心でもある。途中で魔物だの盗賊だの山賊だの本当のトラブルとしての事件事故が起こらないとは限らない。本邸には無事に到着しないと、身元不明の存在になってしまう。あと日中ずっと馬に乗っているのは滅茶苦茶疲れる。それが数日続く。

 馬車で行こうとすれば何だかんだで10日は掛かる。

 夜間は魔物が活発化するので余程腕に自信があるとか武装しているとかしっかりした理由が無い限り町や村といった安全な所に休憩や補給も兼ねて泊まる。そのため道中の町村に行きたいという民間人や冒険者等が主に利用する。安全ではあるが、安いかわりに馬車の乗り心地はお察し、というものだ。

 そこがイースがノースロード領を一度も訪れなかった理由だった。公爵家の馬車を使えば快適さは格段に上がるだろうが、距離は変わらない。護衛とかも必要になるし、往復だけで長期休暇の半分近くを消化してしまう。それを考えると婚約者の領地なのだから遊びに行くというのが嗜みのひとつではあるのだが遠い。良い所なので来ればそれなりに満足させる自信はあるが遠い。

 尤も、一度でも来ていたら今回の冤罪は生まれなかっただろうと思うと私にも責任はある。婚約を白紙にする目的があった以上、領地に招くのも後々ややこしくなるから遠さを言い訳にして積極的に誘った事も無かった。

 まぁ、それは今となっては考えてもしょうがないのでさておき。そんな遠方の地なので、街道整備や防犯のための見回りとか色々な趣味と実益を兼ねて、領主の管下という立場で傭兵や商人たちが行商隊を組んでノースロード領と王都を征く。複数の行商隊のチームが交代で、ノースロードの特産品や生活必需品を筆頭に様々なジャンルのものを載せて途中途中の各町村を旅する。そこで荷物を売買して、少し色を変えて、王都に着いた時には必要な荷物以外は全然違う物になっていたりしてとても面白い。

 各地の様子も確認しつつ、ゆっくりと時間を掛けて到着した行商隊は、荷物を下ろし、報告だ何だと各用事を済ませ、新しく王都で手に入れた荷物を積んで同じようにノースロードへの道を帰って行く。

 大体往復で2ヶ月くらいだが、帰って来ると今度は別のチームが旅立つので、街道沿いの各町村は月1回はバザーが開かれているという感じだ。

 で、その行商隊の出発時期が数日後。丁度良いタイミングなのでそれに同行したらどうだろう?と言うのが両親のオススメコースである。次期領主として行商隊の働きを体験し、人脈を作っておくことは悪いことではないし、安全だし、各町村の観光も出来るし、バイト代も出る。欠点を言うならお客様ではいられないので労働する必要があるし、とにかく時間が掛かるし、何より途中で失踪したり事故に遭ったりは皆の迷惑になるから出来ない。

 となると、最初から男として乗る方が何かと都合が良いのである。出発までの数日を王都で過ごす必要があるというだけで。


「まぁ、知り合いに会うこともそう無いだろうけど」


 いずれ消える身として、積極的な交友関係は築いて来なかった。知り合いのほとんどが貴族なのでこんな状況では会うこともないだろう。

 そう思いながら到着した部屋の前。待機していた侍女が一礼をしてから扉を開ける。

 それを労って、部屋に一歩入った所で足が止まった。


「最後の晩餐は楽しめたかしら?」


 全身の細胞がそれを美しいと伝えて来る感覚。この世のものでは無い圧倒的な存在が、私のベッドで寛いでいた。

 長い髪も身に纏っているドレスも肌の色も、頭から爪先までの全てが黒いというのに、美しいと思う。ちなみに前回会った時は水色だったし、その前は確か桃色だった。同じ色を見ることはあるが基本的にお見かけする度に違う色を纏っている。要するに気分で自由に変えられるのだ。


「ウェスティ様」


 毎回不要だと言われるのだが信徒の義務として、床に右膝を付く最敬礼の姿勢を取る。


「とても良い時間でした」

「そう」


 黒い女神が優雅に微笑む。

 目に見えている姿は真っ黒で塗り潰された影のようなのに、そう認識出来るのは目では無く脳で認識しているかららしい。

 自分達とは次元の違う存在を、見ているのではなく本能的に感じて、自分達の理解出来る一番近い状態に当て嵌めて置き換えているのだと昔、母に聞いたことがある。

 あの時も確か女神様は黒かった。

 いつも荘厳な空気に満たされている教会がその日はいつもと違って黒と白の重い色で飾られていて、そこに集った人々も私も皆黒い衣装を着ていた。

 中央の祭壇にある大きくて美しい透明な女神様の彫像の台座に腰を下ろして、黒い女神様が悠然と眼下にいる私達を見ていた。

 子供心にそのモノトーンをとてもよく覚えている。


「それは良かったわね」


 黒は、弔いの色だ。

 

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