(元婚約者視点)
イース視点です
タキに会ったのは6歳の誕生日パーティーだった。
おうさまのしんせきのこうしゃくけ、と言うのは子供だった俺には良くわからなかったが、とにかく凄いという事だけは分かった。
普段から家庭教師には厳しく言われていたし、実際に出会う令嬢も令息も俺の言う事は何でも聞いたし、文句も何も言わない。
『こうしゃくけの人間』だから、仲良くしておきなさいってお父さまお母さまに言われているらしい。
そんな話をうっかり聞いてしまって、意味を理解出来なかった幼い俺も、好奇心と学習能力で少しずつ理解出来るようになってしまっていた。子供心にそれを理解してしまったのだ。
俺と友達になりたいからなるのではなく、家のために仲良くなるふりをする。貴族として間違えてはいない当然の事だが、まだ純粋だった俺の心には大きな影を落とした。
そんな中開かれたパーティーである。
その日は良く晴れていて、集められた少年少女は知った顔も知らない顔も沢山あった。子供達が飽きないようにとガーデンに用意された立食パーティーで、俺は主役だから当然子供達に囲まれていた。
どうせ『こうしゃくけの人間』だから優しくしているんだろう?誕生日を祝われる嬉しさとそんな擦れた寂しさで疑心暗鬼になっていた俺は、色とりどりの令嬢や代わる代わる挨拶しに来る令息達に疲れて、主役なのに人気のない所に逃げた。自分の家の庭なので何処が良いかは分かっていた。
その途中で、ひとりの紺色の簡素なワンピースの令嬢に出会った。
「そこで何をしている」
俺が話しかけると令嬢はくるりとこちらを振り向いて、進行方向に指をさす。
「ちょうちょ」
指をさした方向でその間にもふよふよと白い蝶が飛んでいる。
特に珍しい蝶ではない。
「珍しいものじゃないだろ」
「うん」
へら、と銀色の肩に掛かる髪を揺らして令嬢は笑う。
「白は綺麗な色だから」
「?」
綺麗な色なんてごまんとある。
「誕生日に白を見るのはとても良いことだって言ってた」
「そうなのか……?」
「うん、めがみさまからのお祝いなんだって」
「そうか」
女神様のお祝いと言われると今日誕生日の俺としては悪い気はしない。
「お前、名前は?」
俺が聞いて初めて、令嬢は我に返ってパタパタと佇まいを正す。
「ノースロード侯爵家が長子、タキと申します」
舌っ足らずな口調で令嬢は名乗る。
『こうしゃくけの人間』だと言うことに胸が鳴った。
公爵家と侯爵家が違うことはその後に知ったけれど、その時の俺には同じ『こうしゃくけの人間』だったのだ。
つまり、同じだと思った。言われて仲良くするのではなく、俺に挨拶することもせずこうして庭で蝶を追い掛けているくらいなので、自由な、疑わなくても良い存在。
「そうか、俺はイースだ。イース=ルーフォス、この家の子供だ」
「そうですか……あ!お誕生日の子ですね!おめでとうございます」
「ありがとう」
そうして俺達は知り合い、その夜に父上にパーティーの感想を聞かれた時に、こんな令嬢がいたと言ったら数日後には婚約者になっていた。
『こうしゃくけ』は違ったけれど、他の人の様に俺の顔色を窺ったりしない。そんなタキに確かに何らかの絆を感じていたのだけれど。
「あいつは俺達を騙していたんです!」
シンシアを初めて見た時に白が綺麗だという言葉の意味を理解した。彼女を色に例えると間違いなく白だ。清らかで何物にも汚されていない純白。
後に聖女様になるだろうシンシアをタキが虐めていたと聞いた時の俺は足元の地面が崩れ落ちたかのように衝撃だった。
あいつがそんなことをするはずがない。
最初はそう思ったのだ。しかし。
「申し訳ございません!侯爵家の御令嬢に言われたら断るなんて出来なかったのです!!」
目の前の子爵令嬢が泣きながら訴えて来る。
タキに命令されてシンシアの教科書に酷いことをした。それだけじゃなく水を掛けたり突き飛ばしたり陰口を叩いたりもした。けれど罪の意識に堪えられないが、やれと命令して来たのが侯爵家の令嬢なので怖くて懺悔も出来ない。と謝罪しながら泣き崩れる令嬢を心半ばで見下ろす。
『こうしゃくけの人間』だから。
裏切られたと思ったのだ。
裏切り者には、罰を。制裁を。
『こうしゃくけの人間』だから。
「このバカが……何という事を」
父上は淡々とそう呟くと額を手で覆ってこめかみを抑える。
「他の令嬢令息ならいざ知らず、ノースロード家が聖女見習いに危害を加えるはずが無いだろう」
「ですが!」
「くどい!!」
俺の反論は一蹴された。
「折角女神にお近づきになれるチャンスだったというのに……しかも恐らくは冤罪……イース、お前は何と言う愚かな事を」
執事長が差し出した水を乱暴に手に取って父上は一気にそれを呷る。空のグラスを無造作に突き返した。
「良いかイース、いかに我が家が公爵家と言っても女神には人間の序列など関係がない。こうなったら何としてもシンシア様とお近づきになるのだ」
「っ!父上!それは!!」
「良いな?」
否は許されなかった。
仲良くなる必要がなかった系女児(男児)