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会場を出て、馬車の待つ広場に向かうと、途中で従者のサンが無音で後ろに付く。それも慣れているので驚きは無い。
「中々面白い見世物でしたね」
「全くだ。本当恐ろしい」
サンの言葉に頷くしかない。数分以内に会場に戻り、イースとシンシアちゃんの手を取って、皆さま婚約破棄のお芝居、お楽しみ頂けましたか?などと余興の振りをしても趣味は悪いが通用はするだろう。
「あの教科書ってどうしたっけ?」
「証拠品としてお預かりしております」
「そっか、うん、分かった。サン、お前はこのまま残って情報収集してくれ」
「かしこまりました」
「客観的な証拠が手に入ったらルーフォスのおじ様に送り付けてくれ。特に報告はしなくて良い」
サンは頷くと「では、失礼致します」と短く言ってす、と離れて行く。
特に振り返って見送ったりもしない。ただ、待機していた馬車に乗って御者に家まで。と告げると馬がヒィンと一鳴きして静かに走り出す。早かったですねとか特に聞かれることもない。優秀な御者だ。
夜間なので通行人もなく、追ってくる者もいない。ガラガラと車輪の音と少しだけ開けた窓から学園の門を出るまで見慣れた景色を新鮮な気持ちで眺める。
多分これが最後だろうと思うと同じ景色でも感慨深い。
門番と御者の会話が聞こえた。驚いてはいたようだが、特に問題もなく通してくれるようだった。
「ふ、……ふふふふ」
ふつふつと湧き上がってくる感情ももう抑える必要はない。
「やったぁ!!!」
喜びのテンション増しで思い切り腕を上げたら馬車の壁にぶつけて一瞬我に返る。
うっかり格上であるルーフォス公爵家より申し込まれた同い年の御子息との婚約が決まって数年。同じだけの期間、何とか上手く穏便に婚約破棄出来ないかと悩み続けた日々が終了したのだ。
晴れて自由である。シンシアちゃんには心底申し訳ないが、女神様に感謝したい。何ならこのまま教会に行って御礼したいくらいではあるが、シンシアちゃんを渦中に残しての退場なので流石にそれは出来ない。
陰としては犯人を突き止めて証拠品を公爵家に送る。何なら教会と学園上層部にも送る。国立なので王族も絡んでくれば、今回評判が急降下するであろう我が家の名誉も回復されるだろう。
王族と教会に関しては婚約破棄を優先したねと恐らく見抜かれるだろうから解決への根回しは必要である。
その辺りはサンに任せる。優秀なので良いようにしてくれるだろう。
最悪、何も無かったとしても、このままシンシアちゃんの学園生活が平穏になれば良いのだ。何度でも言おう。後はシンシアちゃんが良ければ良いのである。
と言うことを、帰宅早々着替えどころか挨拶も早々に両親に述べた所、2人はそれぞれに頭を抱えて項垂れて、侍女長の持って来たお茶を飲むと今度は天を仰ぐ。
女神様に祈っているのだろうかと思うとまた項垂れて頭を抱えての動作を数回繰り返した。
「……一応確認するけれど、本当に嫌がらせには加担していないのよね?」
「もちろん」
母が侍女長の用意してくれた氷嚢を頭に抑えながら訊いて来るのでそこは力強く頷いて肯定しておいた。
「教会からの伝達は届いてはいないからな。恐らくは本当にやっていないし、教会も惑わされてはいないのだろう」
父がそう言って飲む5杯目のお茶には気付けのためだろう、高そうなお酒がとぽとぽと足されていた。
「そうね!女神様はいつだって見守ってくださっているのだもの。本当にやっていないのならば大丈夫よね!?」
仮に私がシンシアちゃんに本当に危害を加えていたとしたら、今頃教会関係者が玄関のドアを叩いて、除名の告知か、膨大な額の欲しい物リストが書かれた目録を届けていただろう。
それが無いと言うことは大丈夫だと言うことだ。多分。恐らく。
親子3人で顔を見合わせて、こくりと頷く。
父母がテーブルの下で小さくガッツポーズをしたのがガラスの天板の向こうに見えた。
「いずれにしろ、我が侯爵家と女神様との絆を乱そうとした者がいるというのは捨ててはおけないな。甘い事を言っていないで犯人は挙げるように。手間と手段は選ばなくて良いが濡れ衣は着せないように」
「承知しました」
「ではタキちゃんの最後の夜になるのね……お腹空いてるでしょう、料理長には悪いけれど、何か好きなものを作ってもらうと良いわ」
「ありがとうございます」
「行商隊の準備もしなければならないからな。まず今日は休んで明日教会にお祈りと出立の御用聞きを」
「はい」
「王家の方々とルーフォス公爵家には明日私が報告と苦情を出しに行こう」
「ありがとうございます」
「よし」
「……では、女神様に感謝を」
「シンシア様の安息をお祈りし、支えていくことをお約束いたします」
「ありがとうございます」
「感謝を」
「感謝を」
3人で祈りの言葉を唱えて執事長も侍女長も含めて全員でお祈り。
数秒の後、自然に顔を上げる。
「……っはー!!良かったわぁ!!やっと婚約解消出来たのね!」
「本当に、公爵家より申し込みが来た時はこの世の終わりかと思ったがな」
「おめでとうございます坊っちゃん」
「只今料理長がお祝いに相応しい料理を御用意しておりますので、しばしお待ちくださいませ」
「ありがとう!みんなありがとう!!」
解放された侯爵家はその日一晩賑やかだった。