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悪役令嬢ものが書きたかったので本望です

後は完結まで書けるよう頑張ります


 タキ=ノースロード侯爵令嬢(15歳)は男である。

 とある怨霊により当主の家に男児が生まれると呪い殺されてしまうため、男の子が問題あるなら女の子になれば良いじゃない。と、女神様の発案と協力により、ある程度呪いに対抗出来るようになる年齢までは女として育てられる。

 仮にも上位貴族が怨霊に何百年と呪われているなんて公言出来るようなことではなく、当主の子のみにしか呪いは発動しないために秘されているその事情を知っているのは、一族と偽ることを許されない王家とその周辺の一部上層部と、女神様を擁する教会の一部の幹部級のみ。

 当然、適度なお年頃になると跡継ぎとして領地に帰って男に戻るので、幼少の頃よりそれを念頭に置いた生活をしてきた、つもりだった。




 拝啓、親愛なる女神ウェスティ様。

 私はどうやら婚約破棄されるようです。


「タキ=ノースロード侯爵令嬢!貴様の罪をここに告発し、婚約破棄を宣言する!!」


 豪華に飾られた大広間。立食形式のためテーブルなどは隅の方に置いてあるので会場自体は広々としている中に、集まった人間は大体200人ほど。和やかに飲食と会話を堪能している会場の中心に近い所。

 視線の先、私に向けて真っ直ぐに指を指し、太陽のように明るい金の髪を揺らし、澄んだ声で高らかに宣言するのは婚約者であるイース=ルーフォス公爵令息とその4人の仲間達だった。

 学園の行事というか授業の一環で、大人になれば夜会やお茶会などに招いたり招かれたりすることになる私達はその予行練習として順番に主催を受け持つ。それは予行練習と言ってはいるが実際は本番と変わらない。ただ対象が学園内の人間だという、つまり全員知り合いというものであり、今回はルーフォス家が主催のパーティだった。

 なので主催が多少騒いだ所で特に問題はない。ただ学園内にあっという間に広がり、そこから各家々に広まり、止める間もなく王都内で知られることになるというだけで。

 遂にバレたかー。どこでバレたかな??

 背中に冷や汗を感じながらもイースの言葉を聞いて覚悟を決める。そりゃあ婚約者が同性だったと知れば罪として告発もされるだろうと内心でしみじみと頷く。秘密を隠したまま上手く婚約破棄まで持って行けなかった私が悪いので、大人しく告発を受け入れて郷里に帰ろう。遠い田舎だから多分噂すら届かないだろう。うん。と考えること数秒。

 婚約者ではあるが家同士の約束であり、家柄として相手の方が格上なので私からは促されるまでは何も言わない。

 覚悟を決めた後はとりあえず心の中で信仰している女神様への言葉を唱える。それを下書きに後で紙に綴って教会に送るつもりなのでそのため反応が遅くなったのは許して欲しい。


「民を守り、導く立場にありながらシンシア嬢にした卑劣な仕打ちの数々!本当に情けない!それが我が婚約者などと失望したぞ!!」

「……は?」

「違います!!」


 違った。

 予想外の言葉に間の抜けた反応で止まってしまった私の隣で、シンシアちゃんが声を上げる。淡い金色のセミロングがふわりと揺れる。今日も美少女は可愛い。


「タキ様はそんなことしていません!むしろ優しくして下さいました!!」


 下級貴族なら震え上がって声も出せなくなるような上級貴族を相手に臆することもなく、真っ直ぐにイースに向けて言い返すシンシアちゃんの声はいつもより少し震えていた。

 必死に不安を隠して、それでも勇気を振り絞って声を上げてくれているのだろう。その姿はまさに聖女と言っても過言ではない。

 実際に彼女は聖女見習いである。教会に籍を置き、その生涯を女神ウェスティ様への忠義として捧げ、その声を聴き時に代弁し、心身のお世話をする聖女にほぼ内定されている見習いなので、外見だけではなく内面もとても清らかなのだ。


「シンシア……君の優しい気持ちは分かる。だが、そこの女はその優しさを利用し付け込んでいるのだ」


 イースは首を横に振って、優しい声で諭すようにシンシアちゃんに語り掛ける。

 芝居がかった大袈裟な言動ではあるが、まぁ一種のショーなのだろうからこの場合は正解なのだろう。

 実際ざわざわと遠巻きではあるが生徒たちが興味深そうに注目しているのが分かる。二人とも見目麗しいし、綺麗な声してるからよく通るしね。


「そんなことないです!!」

「先日、君の教科書が何者かに破かれたそうだね」

「……っ!」


 あぁ、あれかぁと合点のいった私はのんびりと回想する。

 それは半月ほど前の夕方。用事で学園に足止めされていた私はようやく帰れる。さぁ帰ろうと教室に向かった所、他に誰もいない夕暮れの陽が差す教室にひとり佇む聖女見習いの美少女の姿を見つけて絵画のように美しい。むしろ貴女が女神様のようだ。と目に焼き付けた。

 が、その美しさがあまりにも儚げだったので、よく見るとシンシアちゃんは手に教科書を持ったまま私に気付くことも無く茫然としていて、その教科書が目もあてられないくらいに破損していたのが直ぐに分かった。


「シンシアさん?大丈夫??」


 内心では馴れ馴れしくもちゃん呼ばわりではあるが、猫を被っているのでしっかりとさん付けで呼び掛ける。いや、被っていなくても未来の聖女様をちゃん呼びなんてとてもじゃないが出来るはずもない。

 私の声にビクッと驚いて、バサリと彼女の手から離れた教科書が落ちる。ゆっくりと歩み寄って、落ちた教科書を私は拾う。実際触れてみるとより悲惨な状態なのが分かった。

 破れてるわ落書きされてるわ何か湿ってるわで、うわ、ひどいな、と危うく声に出しかけた。これはもう使える状態ではなく廃棄するしかないだろうとは思う。当然自然にこうなるはずもなく、どんなに雑に扱ったとしてもこうなるには余程の不運や悪意がないと無理だろうというのはひと目で理解出来た。


「紳士淑女がきいて呆れるわね」

「あ、あの……」


 金色の髪を揺らしてあわあわと慌てるシンシアちゃんの青い目は水分を含んではいたけれど腫れてはいなかった。そこに少しだけ安心する。美少女の涙は悲しみで流れて良いものではない。


「あの、タキ様……これは……その」


 虐められています、嫌がらせをされていますなんて言える者はそういない。教室の自分の席で、カバンを開いた状態で立ち尽くしていたのだから他人の物でもないだろう。

 この学園は貴族の学園。階級意識と選民思想が強いので、上の者には笑顔で近付きつつ、下の者は踏み付けるという者も少なくは無い。こんな品の無い行為も相手が爵位のない庶民だから出来るのだ。

 とは言え、シンシアちゃんは貴族では無いが、女神様の加護を直接受けている聖女見習いなので、下手をすると貴族相手より厄介なことになるのだけれど、残念なことにまだ幼い我々の世代だとどんなに学んだところで教会とは女神様と綺麗な建物のある所でしょう?それが何か?という感覚だ。無知とは恐ろしい。

 怖い怖いと内心でため息を吐きながら、私は自分の席へ行き、机に破損した教科書を置いて、自分のカバンから同じだけれど違う教科書を取り出す。こっちは破損していない。そんなに開いてもいないので使い込みの差は明らかではあるが、そこは破損しているとか汚いよりはマシだろう。

 それを持ってシンシアちゃんの所へ向かう。す、と差し出すとシンシアちゃんは目をまん丸にしてぶんぶんと首を横に振った。


「折角の書き込みが無くなってしまうのは勿体無いでしょうけれど」

「そんな!とんでもないです!!」

「貴女が嫌でなければ貰ってくれると嬉しいわ。この教科書も私に使われるより貴女に使ってもらう方が嬉しいでしょうし」


 慌てるシンシアちゃんの表情から悲しみの色が消えていたので私は少し安心して笑いかける。

 事態が解決したわけではないので深刻さは何も変わってはいないが、一瞬でも和らぐならそれに越したことはない。


「タキ様……すみません、ありがとうございます」


 俯いてシンシアちゃんは私の手から教科書を受け取ると、胸に抱えて一礼をしてから大事そうにカバンに仕舞う。

 多分彼女自体は大切にしてくれるだろう。そしてシンシアちゃんの知識になればそれはいずれ女神様や教会を通じてこの国の為にもなる。


「大変だろうけれど、私で良ければ何かあれば言ってね」

「はい……ありがとうございます」


 そう交わして私はカバンを持って教室を去った。

 ほわんほわんほわん。回想ここまで。

 秒数にして数秒程度の回想から現在に意識を戻すと、糾弾イベントの真っ只中。


「タキ様は教科書を交換して下さったんです!私に優しくしてくれたんです!!それなのに、何ですか!」

「それが偽りだとしたら、シンシア嬢、君のその清らかな心を曇らせたくはないが、それも全てその女が仕組んでいたことだとしたらどうする?」

「……っ!!」


 なるほどそうなったか。

 シンシアちゃんが息を呑むのを聞きながら、私は冷静に判断する。

 私達のやり取りをどこかで見ていたのだろう。敵ではないが味方でもない目障りな侯爵令嬢を見せしめも兼ねて罠に嵌めるには良い機会だ。元々はシンシアちゃんがターゲットだろうけれどちょうど良く、良いタイミングで良い供物が出来たのならばそっちも引きずり降ろそう。そういうことだろう。

 女って怖いな。怖い怖い。


「失礼ですが、発言してもよろしいでしょうか?」


 シンシアちゃんに庇われてばかりなのも申し訳ないので、私は優雅に手を挙げてイースに伺うと、ふんすと大きく鼻息をついて、何か言いたければ言うか良い!と踏ん反り返られる。


「何か証拠はおありですか?」


 ここまでやるのだから、何かはあるんだろう。


「証人がいる。お前に指示されてやったと白状したぞ」

「どなたですか?」

「言わなくても分かるだろ?まぁ、勇気ある者だが、やはり報復されるのは怖いと公開しないのを条件に告発してくれた訳だが」


 つまり、なので売るはずがないと。誰かも分からない証人の発言。そこに正当性はあるのか。

 無いんだけどな。だって命令してないし。まぁ良いけど。

 ちらりとシンシアちゃんを窺うと、普段なら美しい白い肌を心配になるくらい青くさせて、ガクガクと小刻みに震えている。

 信じたい。けれどその可能性を否定も出来ない。していない証明は出来ない。虐められているのはシンシアちゃんなのだ。疑心暗鬼になったとしても誰も責められない。

 公平性はない。しかし、今ここで出来る事もない。

 正確に言えば出来る事はあるし、切り札もあるのだが、無駄に騒ぐのも美しくはないし、不本意だし、何より婚約破棄出来ると言うチャンスを逃したくはない。

 シンシアちゃんに犯人一味だと誤解されるのは残念だが、その誤解も遅かれ早かれ解けるだろうから、一つを除いて悪い展開ではないのだ。

 性悪令嬢が家同士の婚約で過失があって破棄されたという汚名は家の恥にはなるだろうが、まぁ、それならまだ可愛い。

 令嬢が実は男で公爵令息相手に結婚詐欺を企んでいた。とか事実の上でちょっと盛られた噂になるよりはマシだ。

 陰湿な行為で家名に泥を塗った不出来な娘を追放すれば最小限の被害で済む。教会相手に勘違いさえされなければ我が家としては問題は無い。オーケーオーケーそれなら両親も喜んでくれるだろう。今夜は追放パーティーだ。

 唯一心残りなのは、私が去っても犯人は健在だということ。

 一応調べさせてはいるのである程度は絞れてはいるけれど、確定するまでは行っていない。

 この騒ぎでシンシアちゃんの環境は穏やかになるかもしれないが、そのうち再開したり、更に過激な虐めに合うかもしれないのだ。だって主犯や実行犯は罰を受けてないからね。これで止めるなら私も喜んで罪を持って退場するけども。

 イースやその仲間達が護れるかと言えば、多分難しいだろう。正義感は強いが我が家が女神信仰でそれなりに名の通った家だということも忘れているくらいだ。しかし、どうしようもない。どうにか出来るようならこんな状況にはしないだろうし、下手をすれば彼らの認識だと女神様を信仰しているからといってシンシアちゃんを虐めない理由にはならないだろう?くらいは言って来そうである。親世代なら違うだろうが私達の世代だと女神信仰との関係なんてその程度の認識である。

 私が冤罪である以上、いなくなれば解決するというわけではない。むしろ悪化する可能性の方が高い。

 だが、今までどんなに狙っても上手く行かなかった婚約破棄が出来るという願ってもいない機会は逃したくない。

 なのでつまりあれだ。

 これも女神様が下さった恩恵ということで。私はまず逃げる。そこからシンシアちゃんを陰で全力サポートしよう。

 具体的には真犯人を見つけて処す。よし、と言う訳で女神様これは戦略的撤退であって見捨てるわけでは無いですよ。決して。


「分かりました。心当たりはないですが、婚約破棄を受け入れましょう」


 精一杯の真剣な顔を作って、私は優雅にカテーシーをする。

 確かこういう状況においてはこの所作が流行っていたはずだ。正直少し嫌味と馬鹿だなぁという気持ちも入っている。


「この期に及んでも認めないとか、最悪な女だな」


 吐き捨てるように告げる婚約者、改め元婚約者に笑顔だけ返して私はくるりと身体の向きを変える。


「皆さま大変失礼致しました。引き続きパーティをお楽しみ下さい」


 婚約者なので私も手伝っているパーティだから本来ならば最後までいなければいけないのだろうが、この状況ならば退出しても問題は無いだろう。

 そう高らかに告げて、私はシンシアちゃんの肩に軽く手を触れる。

 びくり、と反応したシンシアちゃんは私の方を見るので、そっと顔を近づける。


「バカ正直に付き合うこともないのよ。なんなら逃げちゃいなさい」

「……え?」


 庶民でありながら、女神様に才能を認められて側に付くことを許されている才色兼備の美しい少女。私が崇拝している女神様の聖女見習いである彼女に道を間違えそうな青少年たちを見捨てて逃げろと言うのは信徒としては許されないかもしれないが。

 まぁ愛し子がこんな目に合って、嫌になったから帰ったとなっても女神様は怒ったり不快になりはしないだろう。逆に犯人一派が心配になる。女神様が後ろにいるという意味を理解出来ていないのだ。


「約束を守れなくてごめんなさいね。大変だろうけれど、無理はしないでね」


 シンシアに触るな!と吠えてくるイースを完全に無視してそう小さく告げると、あの日のように私はシンシアちゃんを残してひとり会場を後にした。



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