ジビエ会ご一行獣人の村へ向かう
助けた子どもの名前はリクと言うらしい。
山の管理をしている一族の一人らしく、管理も兼ねて山の幸を取ろうとしたところあの獣に襲われたようだ。
「助けていただいてありがとうございました」
深々と頭を下げる子どもに頬が緩む。
「いいって。それより俺らは飯の最中だったんだ。食うか?」
焼けた肉を差し出してやれば首を横に振るものの、目は肉にくぎ付けになっている。どうやら遠慮しているらしい。
「子どもが遠慮すんじゃあねぇ」
猪野の声に促されるようにリクがおずおずと串に手を伸ばす。程よく冷めた肉はそれでも味噌の香ばしい匂いが立ち上っていた。
「これも食べる?」
飯盒から取り分けた炊き込みご飯も皿にとって乳木が手渡す。湯気と共に魚の香りと茸の香りが米から立ち上る。タイミングよくリクの腹と喉が鳴った。差し出された皿と串を両手に握ってリクがまた頭を下げた。
「ありがとうございます!」
大きな声でそう言ったリクががぶり、と肉に食いつく。人ではないせいか鋭い牙が見えるが、今までの態度を見るに温厚な種族なのだろう。
肉に噛みついたリクの目が大きく見開かれる。きらきらとしたその目は如実に飯の美味さを物語っていた。
「俺らも食うか」
肉は食ったが炊き込みご飯はまだだ。広畑がとった茸はヒラタケに似ているがさて、味はどうだろうか。
香りはヒラタケというよりはシメジに近い。食感は歯ごたえがあってぷりぷりとしていて美味かった。
一緒に入れた苔魚の干物の、うっすらと香る苔の青い香りとも相性が良く、茸と魚の出汁を吸った米も美味い。
炊き込みご飯と肉を綺麗に食い、ざっと片付けてから一足先に食事を終え、イノブタに似た獣のところへ行った猪野の元へ向かう。
「どうだ? 食えそうか?」
放血が終わって解体作業を始めていた猪野に聞けば良い笑顔が帰ってきた。
「見た目通り猪に近ぇ。肉の弾力や脂の入り方を見るに、味も美味いと思うぞ。ただ、なぁ……」
猪野が横たわった獣を見る。その視線で言わんとすることは分かる。
デカすぎるのだ。
ある程度体力のある男5人がそれぞれ担いだとしても三分の二持ち帰れればいい方だろう。
「あ、あの」
どう持ち帰るか話しながら解体を手伝っていれば、背後からリクの声がした。
「ん? どうした?」
「そのヤマイナキ、どこかに持っていくんですか?」
どうやらこの猪に似たけものはヤマイナキと言うらしい。
「俺らの拠点にもっていくつもりだが……、あ。猟の許可が必要だったか? それなら悪いことをした」
人が管理している山だ。そこでなんの許可も得ず猟は不味かったのかもしれない。
「あ、いえ! それは大丈夫です! そうじゃなくて、運ぶなら、お手伝いします!」
リクの言葉に笑みが漏れる。本当に良い子だ。
「助かる。あとついでと言ってはなんだが、こいつと塩を物々交換できるところなんて知らないか?」
「うちの村で! できます! 案内しますよ!」
嬉々として答えるリクに詳しく話を聞けば、この山から見えた村がリクの住んでいる村らしい。
小さい村ではあるが、川と山の資源が豊富で他の村とも交易があり、宿や商店もある村なのだという。
そしてこのヤマイナキは肉も皮も骨も売れるらしく、物々交換ではなく売って金を得て塩を買った方がいいことも教えてくれた。
それならば、と猪野が食えない部分以外を丁寧に切り分け、小分けにまとめていく。肉を包むのは広畑が見つけてきた大きな葉だ。殺菌作用があり丈夫で肉や魚を包むのに重宝している。
そしてリクは思ったよりも力持ちだった。食用や売り物にならない部分以外は全員で手分けして持って降りることができることになった。
行きよりも重くなった鞄を背負ってリクの先導で山を下る。
獣道だがちゃんと村までの道はあるようで、踏み固められた土は歩きやすい。
道中、リクに何者かと聞かれたが、どう答えていいか分からず、とりあえずニホンジンと答えておいた。
その上でいきなりこの山に飛ばされてしまった、と普通ならば信じられないことを伝えればリクはあっさりと納得した。
話を聞けば、このファンタジーの世界では魔法の暴発やらなにやらで別の土地にいきなり飛ばされる、というのは割と日常茶飯事らしい。
俺らもその一例として受け入れられたらしかった。
「もうすぐ着きますよ」
話しながら歩いていればそう時間もかからず村の入り口近くに到着した。
確かに、大勢の人の話し声が聞こえてくる。
初のファンタジーの村だ。緊張もするが楽しみが勝る。
案内されるまま、広くなった道を歩いていれば、石造りの家が見えた。側ではリクと同じように毛むくじゃらの耳を生やした男が薪を割っている。
「おとーさーん! お客さん!!!」
リクの声に男がこちらを振り返る。警戒はしているようだが、小さく会釈する姿に同じように会釈を返す。
「ヤマイナキに襲われたんだけど、この人たちが倒してくれたんだ!」
リクの言葉に男が駆け寄ってくる。そして頭を深く下げられた。
「ありがとうございました! この子を助けてくれたこともですがヤマイナキがこの村に降りてきていたら大変なことになっていました」
リクの父親の話によれば、ヤマイナキは畑を荒らす害獣として恐れられているらしく、村の畑に被害が出る前に駆除ができるのは、かなり幸運なことだと何度もお礼を言われた。
そのままリクの父親、ダイの案内で村の中心に向かう。
立ち並ぶ家々と村人を見ながら歩く。人口は多くないのだろうが、活気に満ちた良い村だというのが分かる。そして村人の大半が何らかの獣の耳やしっぽが生えており、服の合間から見える素肌には被毛が見えた。
自分たちのような風貌の村人はほとんどいない。居ても村人ではなく行商人か旅人のような人ばかりだ。
俺たちが村人の風貌を珍しがっているのが伝わったのだろう。ダイが自分たちのような風貌の人間は初めてか、と聞いてくる。
「田舎者で外に出たことがあまりなくて」
昆野がそう答えればダイは大きくうなずいた。
「地域によって居る人種の多さは偏るといいますからね」
この世界には獣が色濃く残るダイのような獣人や、鱗や鋭い爪をもつ竜人、長い耳を持ち魔法を得意とする耳長族など様々な種族がいて、それぞれが暮らしやすい場所で暮らしつつ程よく交流もしているらしい。
種族間の争いはそうそうないらしく平和そうな世界で良かった、と思いつつ案内された店で肉と皮をある程度売る。こちらの通貨単位はリアというのをそこで知った。
肉と皮を売って得た金で塩を買う。それなりの大きさの岩塩が500リアで買えたのは得なのかどうかは分からない。
それでも肉や皮をうれば金になること、それで調味料なんかが買えるのが分かったことは大きな前進だ。
「さて、塩も手に入ったしどうするかね」
今から小屋に戻ってもいいが、この村をもう少し散策してみたい気持ちがある。
「もう遅いし泊まっていきますか?」
息子の命の恩人ですし、と案内を買って出てくれていたダイが家へ誘ってくれる。嬉しいお誘いだが、いきなり男が5人もお邪魔するのは部屋の余裕的に大丈夫だろうか。
「うちは部屋だけは余りがあるんです。よろしかったらぜひ」
大したおもてなしはできませんが、と続けられた言葉にとんでもない、泊めてもらえるだけでありがたい、と返してダイの家へ向かった。
久々の更新になってしまいました。
ご飯描写、もっと増やしたいです。