ジビエ会ご一行異世界へ
猟が解禁されて初めての休日。
いつもの面子でいつもの小屋に集まる。首尾は上々で先に山に入っていた猟師の猪野が鹿を一頭、見事に仕留めて持って来ていた。
腕のいい猟師で害獣駆除でもたびたび呼び出される猪野の持ってくる肉は傷も少なく質が良いものが多い。銃だけでなく罠の猟も得意としているあたり、狩猟自体が好きらしい。
「おお。良い肉だなぁ」
持ってきた食材を調理すべく、猪野の居る台所へ向かえば、そこには艶々とした赤身の美しい肉が無造作に置いてあった。秋口の良く太った鹿だったのだろう。見るからに美味そうな肉に喉がなる。
「内臓も綺麗でなぁ。見てみろ」
猪野がクーラーボックスから丸みを帯びた肉を取り出す。筋肉の筋が良く見える拳大のそれは鹿の心臓だ。
「こりゃあじっくり煮込んでシチューがいいか」
ぽつりと零せば、言葉を予想していたかの様に赤ワインが隣から出てきた。
「うちで作ったやつ。飲むには若すぎるが料理に使うには悪くない」
そう言ったのは自宅で酒から味噌、パン酵母まで自作してる乳木だ。自宅で自作味噌講座を開く程度には知識と経験が豊富で、この集まりにも色々な自作食材を持ち寄ってくれる。
「ジャガイモと茸なら採りたてがあるぞ」
まだ土もついたままのジャガイモと茸を差し出してきたのは、農家の広畑だ。無農薬農法を主体とした広畑の野菜は、高級レストランに卸すレベルで美味い。しかも野草や茸にも詳しいと来ている。この茸も道すがら見つけてきてくれたのだろう。
「米も炊こうぜ。イナゴの佃煮あるし」
所帯じみたタッパーに収められた茶色く照りのあるイナゴを取り出したのは昆野だ。
ぶっちゃけこいつがいればどこでも飯に困らないのでは?というほど、昆虫に詳しい上にその調理法にまで精通している。しかも見た目で嫌厭していた過去の自分を馬鹿にしたくなるくらい美味く調理するのだ。
汁ものも副菜も米もあるなら後は焼き物が必要だろう。自分の抱えてきたクーラーボックスを開けて魚と貝を取り出す。
「じゃあこいつらはあっさり塩焼きにでもするか」
漁師の俺が今朝釣って活〆にした魚だ。新鮮だから炙りでもいいかもしれない。今から食べるのが楽しみだ。
それは他の連中も同じなのだろう。全員酒好きの食道楽だ。持ち寄った食材にニヤニヤが止まらない。
そうして男五人によるジビエ会が始まった。
こいつらとの出会いは地元が開催したジビエフェスタだ。
出展者として全員フェスタに参加していて、そこの打ち上げで意気投合して以降、もう十年の付き合いになる。
全員が全員、食道楽かつ、酒好きで好奇心旺盛、そして悲しいかな独身だったので、季節の折々でこうして山に集まっては持ち寄った食材を楽しむ会を開いていた。
そうして散々飲み食いして、気持ち良く酔ったところでぐらり、と世界が揺れた。
「なんだ?」
ついで起きた地鳴りのような音にすわ、地震か、と思ったところで一際大きなドン、という音が部屋に響いた。同時に部屋の電気がバツン、と落ちる。
立ちあがろうとして視界がぐにゃりと歪む。泥酔するほど飲んでいないのになぜ、と思いながら周りに視線を巡らせれば、仲間たちも床にへたり込んだままぐらぐらと揺れていた。
「だいじょ……」
大丈夫か、と聞き終わるより先に、す、と意識がブラックアウトした。
「おい、起きれるか?」
聞きなれた猪野の声に身体を起こす。どうやら昨日はあのまま寝落ちたらしい。身体を起こせば節々は痛むが、二日酔いの不快感はなかった。
「ちょっと来てくれ。外がおかしい」
そう言われてまだ寝ている他の三人を跨いで扉へ向かう。
カーテンを引くことを忘れた窓から見える景色がいつもと違うことに首を傾げながら玄関を開ければ、そこには見たこともない森が広がっていた。
「は?」
いくら似たような景色が続く山中とはいえ、何度も何度も通いなれた森だ。今までの光景は覚えている。その記憶との差に空いた口がふさがらない。
「小屋が地震の地滑りで流されでもしたかと思ったがその形跡はねぇ。小屋だけ別世界に飛ばされたみてぇだ」
猪野の言葉にまさか、と思うが目の前の現実を見る限り、そうとしか思えない。なにより。
「見たことない植物ばっかだ」
気の抜けたような広畑の声に確信を得る。自分たちは何らかの影響で小屋ごとどこかに飛ばされたらしい。
「どうすっかなぁ」
いつの間にか起きていたらしいあくび交じりの乳木の声に
「まあ、なんとかなるんじゃない?」
同じく眠そうな声で昆野が返す。
よく考えれば自分を含め五人、それなりに知識と腕はある。人間、生きていくにはまずは水と食料だ。それさえあればなんとかなる。そして自分たちならそのあたりはなんとかできる。
となれば。
「まずは朝飯にするか」
俺のその言葉に他の四人が頷くのはすぐだった。