スーの所持金
「美味い! 最高!」
スーは満面の笑顔で、幸せそうにパンケーキを堪能している。
この場面だけ見れば彼女は年相応の少女にしか思えない。
彼女の様子に気づいた人たちは、みんな優しく見守るような目になっている。
スーは気づいていないか、気づいたとしても害はなさそうだと無視しているのだろう。
俺も自分の分を食べようと集中する。
「……終わってしまった」
悲しみに満ちた声を出したのはスーで、彼女は早くもパンケーキ三枚を全部たいらげてしまったらしい。
「予算ならまだあるよ」
と声をかける。
パンケーキを100枚食べたところで金貨1枚にもならないだろう。
スーという仲間の楽しみくらいなら安い投資だ。
「……何となくお前が稼いだ金で食うのは悪い気がしてきた」
ところが彼女はそんなことを言い出す。
アイオーンドラゴンにそういう感覚があったことにまず驚く。
まじまじと彼女を見つめたし、ルーもまったく同じ反応だった。
「何だよ?」
スー自身は不満そうに口を尖らせながら、こっちに視線を返す。
「おまえたちちょっと失礼だぞ。仲間に対する礼儀くらい、わたしだって持ち合わせている」
「それは失礼」
意外すぎたが、失礼だったのは事実なので謝る。
「わかればいいんだ」
スーは受け取ってくれた。
「スーさんはお金を持っているのですか? 人間の社会で通用するものを?」
とルーが問いかける。
「金貨だの銀貨だのは怪しいな」
スーはそう認めてから「だが」と続けた。
「宝石や金属のたぐいならある。人間に見せたら金と交換できるのだろう?」
彼女はある程度、人間社会の仕組みについて知っているようだった。
「そうだね」
肯定してから彼女に問いかける。
「換金できる宝石はどこにある?」
ドラゴンは巣に財宝をため込む性質があるらしいけど、スーの場合はどこに保管しているんだろうか。
主がいないドラゴンの巣なんて盗賊や冒険者に荒らされそうなものなんだけど。
「持っているぞ?」
スーは何食わぬ顔をして答える。
「持っている? ……君の特性か」
他の人の耳目があるところでアイオーンドラゴンの能力かとは言えなかったので、表現を選んだ。
「そんなものだ」
とスーは言って右肘をテーブルにつけつつ、手のひらをこちらに差し出す。
そして手のひらの上が黒い光に包まれ、ひと目で貴金属だとわかるものが出てくる。
アイオーンドラゴンは時間と空間を操作する能力を持つ、という情報を持っていなければ驚いただろう。
「さすが、すごいものを持ってるね」
感心したけど、ひと目でどれくらい価値があるものなのかわからない。
「見事な黄金とサファイアですね。おそらく金貨50枚はくだらないと思います」
ルーが口を出す。
「わかるのか、ルー?」
彼女に聞くとこくりとうなずいた。
「学ぶ機会は意外とあったもので」
彼女の生まれからすれば不思議じゃないけど、冷遇され追放された王女にそんなチャンスがあったというのには驚かされる。
王族の暮らしなんて何も知らないからかもしれないけど……。
「ただ、お店で出しても困らせてしまうだけなので、どこか換金所を探しましょう」
とルーは言う。
「そういうものなのか」
スーはやっぱりと言うか、知らなかったようだ。
「そうだよ。冒険者ギルドに紹介してもらうのが一番だろうね」
換金所はすべてが善良なところじゃなく、知らない人間の足元を見て不当に安く買いたたく輩の存在を警戒しなきゃいけない。
S級冒険者としてギルドから信頼できるところを紹介してもらう必要があるんだ。
「おまえたちに任せよう」
スーは貴金属をしまって言った。
「皇都だから大丈夫だと思うけど、少しずつ換金したほうがいいかもしれませんね」
ルーが言うのももっともな話だと思う。
「そもそもパンケーキを腹いっぱい食べるのに黄金はいらないからな」
銀か銅でも充分にまかなえるだろう。
ただまあ、ドラゴンが興味あるのは黄金や宝石、装飾品なので、銀はともかく銅は持ってない可能性のほうが高い。
見た目的な理由で。