不可思議な晩夏
夏の終わりには、異世界のドアが開くのでしょうか。
それはもう、だいぶ昔のことです。
友人と、史跡巡りの旅をしておりました。
史跡と言っても、主に合戦場巡りです。
戦国時代の合戦場をいくつか訪れた翌年に、源平の合戦場にも行ってみることになりました。
二人の夏休みの予定を合わせ、瀬戸内海の周辺を巡ってみたのです。
旅も終わりに近づいた頃です。
地方のローカル線は単線のためか、駅での停車時間が思いのほか長く、停車時間を利用して、友人と私は、ホームに立っている看板や、周辺の地図を眺めていました。
『源平合戦の跡地』
止まっている駅の側に、ガイドブックには載っていない、合戦場があるらしいのです。
時間は午後四時。
宿には、夕食前に着くと伝えてあります。
「ちょっと行ってみようか」
無人の改札を出ると、店じまいが早い地域なのでしょうか、既にシャッターが下りている商店が、いくつか見受けられます。
どのシャッターにも、日に焼けた色の「盆踊り大会」のポスターが貼ってありました。
最初の十字路に、それらしい石碑。
たしか、石碑を左折して、あとは真っすぐ行くと、合戦場跡地に着けるはずです。
左折して歩いていくと、途中から舗装が途切れました。
西に向かって歩いているようです。
進行方向先の空は、少しずつ朱色になっていきます。
ふと、私は振り返りました。
まだ仄明るい時間なれど、歩いている人が誰もいません。
自転車も、車も走っていないのです。
「ねえねえ、あれ」
友人が前を指さします。
小学生くらいの女の子が二人、やって来ます。
浴衣姿におかっぱ頭。何かのお面を、頭の後ろに付けていました。
私は思い切って声をかけます。
「盆踊り、どこでやっているの? 〇×っていう、合戦場、知ってる?」
二人の女の子は、互いに顔を見合わせました。
小首を傾げ、小声でつぶやきます。
「☆#$%%&#@?」
私には、二人が何を言っているのか、全く分からなかったのです。
そのまま、二人の少女は通り過ぎました。
「多分、あっちで盆踊りやっているんだよ」
友人は自分に納得させるように、そう言ってまた、歩き始めました。
夕陽は益々紅く、ギャアギャアとカラスが飛んでいきます。
太鼓と笛の音が、近づいてきます。
盆踊りの会場と思われる、いくつもの並んだ提灯が、小高い丘あたりに見えてきました。
「ノド、乾いたね。何か飲もうか」
友人が立ち止まり、自販機を探します。
しかし暮れていく空の元、自販機一つ、見つかりません。
辺りの家々は灯がなく、すれ違った少女たち以外、やはり人影はないのです。
進んでも進んでも、並ぶ提灯の大きさは変わらず、合戦場の跡地にも辿り着けません。
微かな違和感。
ぽつぽつと並んだ家屋は、まるで史料館にでも飾られているような、古い匂いがいたします。
それでも、前に向かって歩くことを、友人も私もやめなかったのです。
空は赤く。
笛の音は益々大きく。
カラスは更に飛び回る。
笛の音がひときわ高く鳴りました。
その時です。
動物の鳴き声も聞こえました。
メエエエッ!
山羊の鳴き声でした。
瞬間、私と友人は踵を返しました。
思いきり、走り出したのです。
息が切れるほど走って走って、足が舗装した道を踏んだ時。
車のクラクションが聞こえます。
街灯は、ぼんやりとしたオレンジ色を路上に投げ、買い物袋を提げた人たちや、部活帰りの高校生の姿が見えました。
駅に着いてほっと息を吐きます。
無人駅だと思っていましたが、駅員さんが改札に立っていました。
駅員さんも帽子の下に、何かのお面を付けていました。
この体験に似たような話を、ネットで見ました。山羊が鳴いたり、道行く人と話が通じなかったりは、共通しているかもしれません。




