5話 オッサン
ゆっくりと目を覚ますと、そこは何もない真っ白な空間だった。床と天井は確認できる。だが、地平線の先は確認できない。俺は何回いろんな所に召喚されればいいのだろうか。
「……ハルフィーさーん!」
声を出してみたが、反応は無い。ずっと白い空間が広がっている。段々怖くなってきた俺は、辺りを見回すことに躍起になった。
「誰か、」
言葉尻が震える。
もしかして、これは罠だったのだろうか? 俺が元の世界に帰らないよう、ここに閉じ込めておくつもりなのだろうか?
「誰かいませんか! 誰でもいい! いたら返事をしてくれ!」
どれだけ声を上げても、反応はない。なんで、どうしてだ。さっきまでハルフィーさんと楽しくお喋りしていただけなのに、こんなところに放り出されるなんて。
「頼む! 誰かいないのか! なぁ! いたら返事を、」
「うっせーぞ静かにしろクソガキ!」
突然耳元で声がした。と同時に、左頬に熱い感覚が走る。
何かに殴られた、そう理解した後、体はオモチャみたいに吹っ飛び、バウンドした。痛い。ナツキと殴り合いした時か、階段から落ちた時ぐらい痛い。
「ったく、久しぶりに誰か来たと思ったら、綺麗なネーチャンじゃなくてお前みたいな可愛げのないクソガキだとはな~。しかも男……王族としての品もない……最悪だ、帰れボケ」
この仕打ちにこの暴言。酷すぎるだろ。なんだコイツは。一発殴ってやる。
そう思って飛び起き、声のする方へ向いた途端、俺は怒りが飛ぶぐらいには驚いてしまった。
「な、なんだ?」
「なんだとはなんだ。失礼なヤツだな。俺を偉大な大妖精サマと知っての無礼か。殺すぞ」
それは光だった。ただの青い光。フワフワと空気中に浮かんでいる。他に人影もないので、多分この光が喋っているのだろう。そう予想はできても、俺はあまりの非現実的な出来事を飲み込めないでいた。
「妖精、なのか」
「大妖精って言ってんだろーが、もっかい殴るぞクソガキ」
「オッサンみたいな大妖精だな」
「……死にたいのか?」
そう聞こえてから、俺はまた地面を転がった。さっきと同じところを殴られたらしい、めっちゃ痛い。図工の時間に彫刻刀で指をぶっ刺した時ぐらい痛い。
「さっきから何すんだよお前は! 俺だって元の場所に帰りたいわ! 帰せよ!」
「あ~~~~?? クチのききかたが全然なってないクソガキだなぁ~? 3発目いくぞ?」
そう言ってヒュンヒュンと俺の周りを旋回しだした自称大妖精に、俺は3発目が怖くて情けなくも身を縮こませた。ハエ叩きでもあればバシバシにシバいてやるのに。畜生。
「……あれ、お前、なんだ? 王族じゃないのか?」
恐る恐る目を開けると、自称大妖精は目の前でピタリと動きを止めていた。目と鼻の先すぎて驚いた俺は、盛大に尻餅をついてしまう。「情けねぇなぁオイ」という言葉に、俺は頭に血が上り、我慢できずに叫んでしまった。
「俺は王族じゃ無い! 別の世界から召喚された、いたって平凡な一般市民だ! 分かったかこのオッ」
言い切る前に3発目が入った。落とした箸の如く、俺は転がってゆく。
「いってぇぇ……」
多分これ鼻血が出たな……鼻を手で拭うと、手の甲に血がついていた。うん、鼻血出てる。え、このまま元の場所に戻されたら鼻血出てる姿をハルフィーさんに見られるの? 嘘だろ? 最悪だ、マジで許さんあのオッサン。絶対始末してやる。
「次オッサンって言ったら4、5、6発連続でいくからな」
「ぐぅ…」
でも悲しいかな、これ以上顔を腫らして変顔になるわけにはいかない。ハルフィーさんに笑われる。しぶしぶ俺は大人しく正座した。決して4、5、6発目が怖いわけじゃ無いぞ。違うぞ。
「異世界、異世界ねぇ……ホントかぁ……? いや、でもなぁ、ここは王族しか入れねぇしなぁ……」
ブツブツ喋っていたオッサン妖精は、フワリと飛んで俺の方を向いた、と思う。動き的に。
「とりあえず不法侵入のクソガキ、お前、とんでもないぐらい身の程知らずみたいだからな、ここがどういうところか教えてやるよ」
「いや結構です。早く元いた場所に帰してください」
淡々と告げると、オッサン妖精は怒ったようにブンブン飛んだ。完全にハエである。叩き落としたい。
「とにかく聞け。いいか? ここは王族しか入れない超絶神聖な場所だ。しかも王族だからって全員入れる場所じゃねぇぞ……王族で、魔法の素質がクソ高い奴しか入れねぇんだ」
なんか自慢げにオッサンが喋っている。俺は聞き流しモードをオンにした。
「そして俺は、この空間に入ってこれた王族に魔術を……この世界のどこにも記されていない大魔術を、伝授しているわけだ」
早く話が終わらないだろうか。俺はこんなオッサンとではなくハルフィーさんとお話がしたい。
「そうなんですね~すご~いマジ卍~……はい、ちゃんと聞いたので帰してください」
「あぁ!? そこはテンション上がるだろ!? 『え~じゃあ俺もすごい魔法が使えるのぉ~!?』とかよぉ! 反応悪ぃな、イ○ポかお前!」
こ、このオッサン妖精、クチ悪いし下品だしどんな教育受けてきたんだ!? 王族はこんな下品の塊から魔法を学んだっていうのか!?
「ホントさっきから口汚いし下品すぎるだろ! 神聖な場所で不適切な言葉吐くの止めろよ! 汚れるぞこの空間!」
「ハンッ何言ってんだオメー、俺ほど神聖で高貴な存在はこの世界にゃ俺しかいねぇぞ」
たった今、「オッサン」「下品」の他に「嘘つき虚言野郎」も加わって、俺の中で三重苦妖精と化した。そんな俺の脳内会議に気づくはずもなく、オッサン妖精は勝手にベラベラと喋り続ける。
「しっかしまぁ、そんだけ殴られてギャンギャン噛み付いてくんのは面白いな、うん、マジで面白ぇ。ここに人間が来るのも久しぶりだしなぁ……50年ぶりぐらいか」
「人をオモチャみたいに言うなよ。っていうか50年?」
つまり、ノエル王子はここには来ていないのだろうか。魔法の素質? が無かったのかな……まぁいいか。
「ところでクソガキ」
「俺は長谷川柊弥だ」
「わーったよ。それでだな、クソガキ」
「名前教えたんだから名前で呼べよ!」
チッ、メンドクセーガキだ! と喚きながら、オッサン大妖精はブンブン飛んだ。
「なぁ、ハセガワトウヤ、俺と取引しないか?」
多分こいつに顔があれば、悪人面をしていたのだろう。そんな声の調子だった。




