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3話 夢に見た生活?


「あらまぁ! ハセガワ様、とてもよくお似合いですよ」


「次はこちらも試着してみてはいかがでしょうか?」


「わ、わかりました、でも、パンツは、パンツだけは自分で履かせて下さい!」


 でかい鏡の前で、俺はいかにも貴族が着るような高そうな服を着ていた。

 俺は今、綺麗なお姉さん達にオモチャにされている。正確に言えば、俺は着せ替え人形と化していた。

 最初はメイドさん……女性に脱がされる羞恥に耐えられなかったのだが、今はほんの少しだけ慣れてきてしまっている。


「おお、やはりよく似合っておる。息子もこの服はよく似合っておった。いやぁ、思い出すのぅ……これを着て、家族みんなで避暑地へ行ったことを……」


 そして着替えるたびに王様と王妃様にお披露目し、当時の思い出話を涙ながらに聞かされるのだ。

 正直に言おう。めっちゃしんどい。確かに、これから生きていく中で絶対に袖を通すことのない高級な服だとは思うが、楽しかったのは最初だけだ。


 綺麗なお姉さんにチヤホヤされるのは、すごく楽しいし良い匂いがするし、なんならずっとこの時間が続けばいいと思う。脱がされるのは恥ずかしいけど。

 しかし、着替えた後が問題だ。王様と王妃様へお披露目、息子との思い出話、そして記念撮影、これがワンセットである。

 最初は思い出話をウンウンと聞き、共に涙を流し、今後2人が写真を見返した時に少しでも心の支えになれば、と気合を入れて写真を撮っていたのだが、もうこのセットを30回ぐらい繰り返している今、俺はクタクタだった。

 思い出話は右耳から左耳へ通り過ぎていき、写真を撮る時のポーズはビシッとキメる元気が無くなってきている。

 これで1日が終わるんじゃないか、と絶望したその時、俺の腹の虫が盛大に鳴った。


「あらあら、もうこんな時間。食べ盛りの歳だものね、お昼の準備をすぐにさせますから少し待ってくださいね」


 ふふふ、と優しそうに微笑みながら、王妃様がそう言ってくれた。俺にはやっとこの無限ループから救い出してくれる聖母に見えたね。


「ありがとうございます! 本当に、感謝します……!」


 そう言って深く礼をした俺は、ちょっと涙が出るかと思った。



-----------------------



「うっわぁ……」


 そして案内された部屋には、ドラマやアニメでしか見たことのない長い机と、その上には所狭しと並んだ料理が待ち構えていた。

 机が長すぎて王様と王妃様までめちゃくちゃ距離がある。これは食事中の会話は無理そうだ。

 それに、俺はこの世界の食事のマナーなど全くもって知らない。マナーもヘッタクレも無い様子を見られるのは恥ずかしいので、遠くて良かったかもしれないな。


「ハセガワ様、どうぞこちらへ」


 俺が座るためにメイドさんがわざわざ椅子をひいてくれたので、お礼を言うとニッコリ微笑んでくれた。

 何から何まで至れり尽くせりなのは、憧れていたけどやっぱり慣れない。何かしてくれるたびにお礼を言っているので、多分俺は今日生きてて1番「ありがとうございます」と言っている気がする。

 そして、さっそく座った席で机の上を確認すると、フォークとナイフがたくさん並んでいた。なるほど分からん。とりあえず外側から使う、で良いのか?


「そうだ、外側から使うのだぞ」


「うぉあっ!?」


 突然真横から声がして、俺は椅子から転げ落ちるかと思った。

 気づいたら王様がすぐ近くに席を移動させていた。いや、王様だけでなく、王様の向かいには王妃様もいた。

 いつの間に移動したのだろうか。


「ハセガワさんはこの世界に来たばかりなんですよ。いいじゃないですか、それぐらい気にせずとも」


「なんじゃ、王妃よ。お主もこっちに来たのか」


「だってあんなに遠いとお話すら出来ないんだもの……口うるさい貴方は元の席に戻った方がいいのではないですか?」


「んなっ、嫌じゃ嫌じゃ!」


 あれ? この人、王様だよな。駄々捏ねてるように見えるのは気のせいか。


「なら、この世界のマナーを無理強いしてはいけませんよ、王。ハセガワさん、マナーなど気にせず自分が食べやすいよう、自由に食べて下さいね」


「は、はい」


 王妃様にそう言ってもらえて良かったとは思うものの、やはり気にはなってしまう。せめて食器同士の音を立てず、汚く食べるようなことのないよう気をつけて、俺は目の前に出された肉料理を口に運んだ。


「……!!」


 おいしい、すごくおいしい。こんなおいしい料理、存在していたのか。口に入れた途端に溶ける、と高級な肉を食べた芸能人がそうコメントしていたのをテレビで見たことはあったが、まさか本当だとは思わなかった。


 他のスープや野菜の料理も、とても美味しかった。マナーなんて知るか、という風にがっつく俺の様子に、凄く嬉しそうな様子で王様と王妃様がこちらを見ているのに気づき、手を止める。


「す、すみません。とても美味しくて手が止まりませんでした」


 うわ、貧乏人丸出しでめちゃくちゃ恥ずかしい……家だといつも早く食べなきゃ妹に取られてたからなぁ。とりあえず普通のペースで食べるようにしよう。


「よい、よい。気にするな。たくさん食べるが良い。ヒルデリックもこれぐらい豪快に料理を食べてくれたら良かったのだがなぁ……元々食の細い子で……病に伏せてからは、ほんの少ししか食べれんようになってなぁ……」


 うううっと涙ぐんでしまった王様に、俺は慌てることしかできない。


「もう、いい加減にしてください。王がそんな様子では、ハセガワさんが気疲れしてしまうでしょう。楽しい食事の時間を過ごす気が無いのなら、1人で中庭にでも行って昼食を取ってきなさい」


 その言葉にビクッと王様は震えたかと思うと、シュババと涙を手で拭って「嫌じゃ!」と叫んだ。

 この夫婦、仲が良いけど王族って感じがあまりしないな。まぁ、どれだけ身分が高くても同じ人間なのだから、もしかしたら夫婦って身分が違ってもあまり変わり無いのかもしれない。ちなみに俺の両親も、夫婦関係はこんな感じだ。


「いやぁ、情けない姿を見せてしまってすまんな。ほれ、コレも旨いぞ、コレとコレも絶品じゃ、コレなんかはヒルデリックも好きでな、恐らくお主の口にも合うじゃろう、食べるがよい」


 そう言って王様は俺の皿にヒョイヒョイと色んな料理を乗せてくれた。俺はありがとうございます、と言って全部食べたが、どれも本当に美味しかった。タッパーがあれば、少し家に持って帰って家族に食べさせてあげたいと思ってしまうほどの美味しさだった。


 おいしいおいしいと食べる様子が本当に嬉しいようで、王様と王妃様はニコニコしながら俺を見ていた。メイドさんからは「まだ食べるの、この子…」といった感じの目線を送られていたような気もするが、高校男子の食べる量は物凄いのでご容赦願いたい。

 あと、食事をしながら俺の世界の話をしたり、この世界の話も聞かせてもらった。


「この国、グレンヴィル国は北方で1番の大きさを誇る大国じゃ。あとで城や城下町を見て回るといい。実に素晴らしい国だと分かるじゃろう」


「冬はとても寒いけれど、夏は涼しくて過ごしやすいところなんですよ。ここ数十年は争いも起きていない、平和な国です」


「そうなんですね、それはお城や街を見て回るのが楽しみです」


 戦争ばかりしてるような、血生臭い国ではないようだ。本当によかった。


「ワインが美味しいぞ。今年は特に良い出来でな。良かったらハセガワも飲むか?」


「あ、すみません。俺、未成年なので」


「しかもまだお昼ですよ、王」


 あれも食え、これも飲め、と俺に対して気にかけすぎる王様を嗜める王妃様の様子が何回も繰り広げられた。

 全然嫌な気持ちにはならないけど、ちょっと照れるような少し恥ずかしいような、不思議な気持ちになったな。

 しかし2人とも、今日初めて会った時のような厳格さはほとんど抜け落ちている。俺は異世界に来たけれど、田舎のお爺ちゃんとお婆ちゃんの家に遊びに来たような思いになってしまったのだった。

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