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1話 ハロー異世界


『◯◯、◯◯◯◯……◯◯……』


『◯◯◯◯◯◯……◯◯◯◯◯◯……』


 見慣れない高い天井……いや、辺りが薄暗いからか天井は先が見えず真っ暗だ。ぼんやりする頭で、俺は少しずつ状況を把握していった。


 さっきまでナツキと下校していたはずだ。2ケツさせろと要求して、ナツキがふざけたことをぬかして、それで?


 蝋の匂い、煤けた空気、仄暗い空間……視界も徐々に鮮明になってきた。

 そう、それで、そのあと、俺どうなったんだっけ。突然、足元が光って、それから……


「◯◯◯◯◯。◯◯◯◯◯◯◯◯◯◯◯◯?」


 明確に俺に向けられた言葉が耳に入った。だが、俺はその言葉を理解できず、声の聞こえた方へ目を向けるしかない。誰かが俺を見下ろしている。


「◯◯、◯◯◯◯◯◯◯◯◯◯◯◯◯……」


 その人は、なにかブツブツと呟くと、しゃがみ込んで俺の首に何かを付けた。ボーッとした俺はされるがままだ。なんだかモヤがかかったように、意識がはっきりしない。その人は、また俺に声をかけてきた。


「初めまして。私の言葉がわかりますか? 痛む箇所はございませんか?」


 今度はハッキリと声が聞こえた。俺は瞬きを数回して、何とか頭をスッキリさせようとする。


「あ、え、? はい、大丈夫です……」


 俺に近づいてきた、ローブを纏った人は安心したように息をついた。多分声からして男だろうか、声から少し気品を感じる。

 しかし何で急に話している言葉が分かったんだろう。


「それは異国の言葉をリアルタイムで翻訳、変換して声に出すことのできる魔具です。どうぞ貴方に差し上げますので」


 さっきつけてくれたネックレスについて、説明してくれた。


「そう、ですか。ありがとうございます……?」


「いえいえ」


 なるほどな、便利なものがあるもんだ。海外旅行の予定は無いが、もし行けるのなら絶対持っていきたい。


 その人はジッとこちらを見つめていたが、未だに仰向けに倒れたままの俺に痺れを切らしたのか、俺が起き上がるために手を貸してくれた。


「よいしょっと……では、改めて初めまして。私はあなたを召喚しました魔術師です。名乗るほどの者ではございませんので、名は伏せさせていただきます」


「あ、はい、初めまして。召喚? え? どういうことだ? ていうか、ここどこ?」


 混乱した頭で、辺りを見渡す。

 地面には魔法陣のような模様が描かれていて、壁は岩肌が剥き出しになっていた。

 明かりは壁のくぼみに備え付けられている蝋燭のみ。冬服のブレザーを着ているが、それでも少し肌寒く感じる。

 ここは洞窟のような空間だった。


 あと、ここにいるのは俺と魔術師と、他には魔術師と同じような格好をした人が数人。

 全員ローブを着ていて、フードを深くかぶっているからか顔がよく見えない。

 落ち着きのない俺に、目の前の魔術師は遠慮がちに声をかけてきた。


「混乱されるのは無理のないことだと思います。今から貴方の置かれている状況をお話ししますので、どうか最後まで聞いていただけますか?」


 それにどう答えていいのか分からず、とりあえず俺は「はい…」と気の抜けた声を上げた。


「まず、ここは貴方のいた世界ではございません。ここは貴方のいた世界とは別の世界……言い換えるのなら『異世界』と呼ばれる場所です」


「いせかい……異世界!?」


 異世界って、最近流行ってるアレか? 異世界召喚とか異世界転生とかいう、アレなのか!?


「そして、貴方を『とある理由』でこの世界に召喚させていただきました。理由は後ほど、この国の王からお話いたします」


「こ、この世界に、おっ、王様がいるんですか……」


 しかも会わなきゃいけないとは……ダメだ、完全に日和ってしまった。

 よく異世界モノの作品じゃ「これからワクワク異世界生活ー!!」みたいな感じでストーリーが始まってたけど全然そんなふうに思えない。


 だって丸腰で誰も知り合いがいなくて、こんな薄気味悪いところに召喚されたら怖いだろ。

 しかも王様ってなんだよ、俺元の世界で天皇陛下にも会ったこと無いのに。あと、とある理由ってなんなんだ。こんな凡人を絵に描いたような俺になんの用があるっていうんだ……


 怯えが顔にダダ漏れだったのだろう、魔術師は少し焦ったように取り繕った。


「そんなに怯えないでください。我々は貴方を必要としているのです」


 魔術師はそう言うと、口元がニッコリと弧を描いた。顔はよく見えないが、話し方や背格好からして多分俺と同じぐらいの歳だろう。その事実に俺は少し緊張がほぐれた。


「ご案内しますので、着いてきていただけますか」


「は、はい。わかりました」


 そして俺は魔術師の後に続いた。魔術師以外の数人の中から、2人が俺の後ろをついてきている。

 なんか逃げようとしても逃げられない状態だな……今のところ友好的だから逃げる予定はないが、前後に挟まれると落ち着かない。


 カツカツと無機質な音を響かせて、螺旋状の階段を登っていくと、大きな扉が見えた。

 前を歩く魔術師がボソボソとなにかを唱え、扉が自動的に開く。

 そして目の前に広がった光景に、俺はつい息を飲んでしまった。


「すごい、城だ……絵に描いたようなファンタジー世界だ……」


 さっきまでの陰湿な空間とは打って変わって、開けた場所は煌びやかな空間だった。

 天井にはいかにも高そうなシャンデリアがぶら下がっており、キラキラと輝きながら空間を照らしている。床には赤い絨毯も敷かれ、壁には王様の絵だろうか……油絵が飾られており、壺や彫刻などの芸術作品も飾られていた。

 一国の王の城ってこんなにすごいんだな。


 ふと後ろを振り返ると、さっきの扉は跡形もなく消えていた。やはり召喚する場所だから秘密にされているのだろうか。そうか、やはりここは異世界だから、アレが存在するのか。


「あの、俺を召喚した方法もだけど……扉を開いたり隠したりって、やっぱり魔法なんですか?」


 魔法。誰もが憧れる能力。俺の世界じゃ、絶対に叶えることができない、未知の概念。もちろん俺も、魔法に憧れている1人だ。

 魔術師は期待と興奮に目を輝かせる俺の方へゆっくりと振り向き、なんてことないように説明してくれた。


「ええ。この世界には魔法が存在しています。よろしければ、貴方の魔法適性も見て差し上げましょうか?」


 うわ、俺初めてワクワクする気持ちが湧いてきた。魔法が使えるのなら、ぜひ使ってみたい。空とか飛んだり、火の玉飛ばしてみたいぞ。


「いいんですか!? ぜひお願いします!」


「わかりました。少し待ってくださいね……」


 魔術師は左手を俺の額に向けた。すると、魔術師の左手は淡く光り始め、俺の視界は眩しくなったので思わず目を閉じる。

 異世界モノのお決まりパターンで、召喚された人は大概すごい魔力を持っていたり強い魔法を使えたりするが、俺はどうなのだろうか。


「分かりました。貴方には水、氷属性の魔法が使えます。攻撃はもちろん、治癒や回復魔法も使えるので、この属性は凡庸性が高いですよ」


 おぉ、なんか凄そうだぞ。ちょっと試してみたいな。


「ありがとうございます。そっか、水と氷の属性かぁ……」


 心なしか、魔術師も嬉しそうだ。唯一見えている口元が笑っている。

 話したり、笑っている様子を見る限り、変な人ではないようで少し安心してきた。多分、年も近いだろうし、友達になれたらいいな。


「さて、先に進みましょう。王がお待ちです」


「あ、そうだった。王様に会わないといけないんだった」


 緊張でまた固くなった俺を見て、「大丈夫ですよ」と魔術師は微笑みながら声をかけてくれたが、やはり気は晴れない。

 失礼があれば、やっぱり投獄されたりするのだろうか。最悪、死刑なんてことも……うう、胃が痛くなってきたぞ。


 そして俺たち4人はさらに進み、王の間へと足を運ぶのであった。


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