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14話 彼の面影


 綺麗に泣くハルフィーさんに見惚れていたが、すぐに異常事態だと気づき慌てて声をかけた。


「どうしました!? なっなにか俺変なこと言っ……てましたね、すみません!」


 ワタワタ慌てる俺は、第三者から見れば酷く滑稽に見えただろう。それぐらい、ハルフィーさんを泣かせてしまった事実に動揺していた。

 原因はやはり、俺が言った言葉に他ならない。思い当たる節は、それ以外に見当たらなかった。もしかしたら笑顔にコンプレックスでもあるのだろうか。


「いえ、違うんです、トウヤ様がかけてくださった言葉は、すごく嬉しいです」


 手で乱暴に涙を拭うハルフィーさんを見て、今俺がハンカチを持っていれば、と後悔した。

 そういえば「紳士の嗜みだ」と言ってナツキがいつもハンカチを携帯していたのを思い出す。やはりモテるやつは常日頃からの備えが段違いだ……いや今はそんなことどうでもいい。


(おい、ハセガワ。そこから飛び降りて詫びろ。そしたらきっと笑って許してくれるだろ)


(いや笑いごとじゃないだろ、それ)


(俺は大笑いするぞ)


 ナハハハ! とオッサンは全然役に立たないアドバイスを言い笑っている。腹立つのでしばらく無視することにした。


「あの、本当にお気になさらないでください。トウヤ様からそのようなことを言っていただけるなんて、思ってもみなかったので……少しびっくりしてしまっただけなんです」


 弱々しく笑いながら出たハルフィーさんの言葉は、聞いているこちらが不安になるほど、か細かった。涙はもう出てはいないが、目尻が少し赤くなってしまっている。


 こんな泣き顔を見たような気がして、俺はハッとした。この世界に来てすぐに、目の当たりにしている。確証はないが恐らくは……


「トウヤ様。晩餐の準備が整いましたので、どうぞこちらへ」


 タイミング悪く、メイドさんが晩餐をお知らせに来てくれた。しかしこのままこの場を離れるのは、後ろ髪を引かれる思いがする。少しだけ、晩餐の時間を延ばしてはもらえないだろうか。


「あの、すみません。もう少し……」


「トウヤ様。私がご案内できるのは、ここまでです。王様と王妃様がお待ちですので、どうぞ晩餐へご参加ください」


 俺の言葉を遮るように、ハルフィーさんは真っ直ぐこちらを見てそう言った。さっきまで泣いていたとは思えないほど気丈に振る舞う姿に、俺は気圧されてしまう。


「私はここで、少し風にあたってから戻りますので」


「でも、俺は!」


 今ここでハルフィーさんを1人にさせたくない、と続くはずだった言葉は、紡がれることはなかった。後ろからガシッと両肩を掴まれた驚きで、俺は「うへぁっ!?」と情けない悲鳴を上げてしまう。誰だこんな時に! と後ろを振り向くと、午前中に俺を着せ替え人形にしていたメイドさん達がそこにいた。


「このような格好では晩餐に参加などできませんよ、トウヤ様」


「晩餐にふさわしいお洋服を選別しましたので、是非袖を通してください、トウヤ様」


「さぁさぁ、急ぎますよ、トウヤ様」


 ニコニコ笑いながら迫るメイドさんたちに冷や汗が止まらない。瞬間、「待ってください」の「待」すら言う暇もなく、メイドさん達に色んなところを掴まれて俺は連行されてしまった。


「ハルフィーさん~~!!」


 俺は助けを求めるように叫んだが、ハルフィーさんはニコニコしながら手を振っている。最後にあんな悲しい顔をさせてしまった、それにまだ話し足りないことが沢山あるが、どんどん遠くなってしまい、遂には見えなくなってしまった。




------------




 空中庭園に1人残ったハルフィーは、浮かべていた笑顔を消して、満点の星空を見上げた。


 さっき友人のメイドが最後にウインクをしてトウヤを連れて行ったので、きっとタイミングを見計って来てくれたのだろう。あとでお礼を言わなければ、と思う。

 それにしても、絶対に涙を流すなんてことはしないと固く誓っていたはずなのに、こうも簡単に涙腺が決壊するとは思わなかった。


『ハルフィーは笑顔が素敵だから、いつも笑っていて欲しい』


 泣き喚くハルフィーにかけた、ノエル王子の言葉だ。同時に、ハルフィーが最後に聞いた彼の言葉でもある。

 ハルフィーは日に日に弱っていくノエル王子の姿に耐えられなかった。孤児の自分が今こうして健康で幸せに暮らせているのは、この国、王と王妃、そしてノエル王子の優しさのおかげに他ならないのに、苦しむ彼に代わることすらできない自分が心底嫌になった。彼の優しさに応えるために、彼を守るためにハルフィーは強くなったというのに、その強さは病の前ではなんの意味もなかった。


 治療の甲斐もなくノエル王子はこの世を去ったが、ハルフィーは腐ることなく、彼が残したこの国を守ると決めた。


 この国がノエル王子の代わりに、容姿の似た人間をわざわざ異世界から召喚してまで迎え入れようとしていることについては、ハルフィーは懐疑的で賛同できなかった。彼の代わりなど、どこにもいない。そう思っていたからこそ案内役に買って出た。

 しかし、トウヤという青年を見た時、ノエル王子が帰って来てくれたような錯覚を一瞬してしまった。その時の動揺はひた隠しにできたが、それでも容姿が、声が、ノエル王子そのものだったのだ。

 話していく中で、彼の中身は全くの別人だと確証が持てた時、ひどく安心した。この世界に残るかどうかは彼の選択に委ねられている。性格や内面的な部分まで一緒だったら、ここに残ってくれないかと縋ってしまっただろう。それだけは絶対にしてはならないと分かっていた。


 なのに。


 あの時、あの言葉をかけられた時、確かにハルフィーはノエル王子とトウヤが重なって見えた。瞬間、押さえつけていた思いが溢れ、同時に涙も流れてしまった。


「ノエル王子……」


 呟いた独り言は誰に聞かれることもなく、風に乗って消えた。




------------




 メイドさんたちに脱がされ、上等な服を着せられ、連れていかれた部屋には、これまた豪華な料理がたくさん並んでいた。晩餐なだけあって、昼食よりも量が多く、手が込んでいる料理が多い気がする。いや、もしかしたら厨房を案内してもらった時に俺が料理長の人へかけた言葉で、張り切って作ってくれたのだろうか。

 見渡すと、すでに俺が座る椅子の近くには王様と王妃様が座っていて、目を輝かせてこちらを見ていた。


(おい、あれが王妃か……!?)


(なんだ、どうしたんだよ)


(バ、ババアじゃねーか! めっちゃババア!! あんな別嬪だったのに……もうただの……ババアじゃねぇか……)


(お前ホント俺の口使って喋るなよ、俺の首が跳ね飛ばされるぞ)


(時の流れは残酷だ……)


 オッサンは勝手にダメージを受けていた。発言が失礼すぎるだろ。同年代の女性と比べたら、すごく品があって綺麗な人だと俺は思う。


 そして晩餐は昼食の時と同様、王様と王妃様は俺に構い倒してくれたのだった。料理はおいしいし、王様と王妃様の話を聞くのはなんだかんだで楽しい。

 しかし俺は、脳裏で何度もハルフィーさんのことが過ぎった。


 ハルフィーさんの泣き顔は、王妃様が俺を見て涙を流した時と似ていたのだ。

 予想でしかないが、あの驚いた顔をしていた一瞬、ハルフィーさんの瞳には俺ではなくノエル王子が映っていたんじゃないだろうか。


「あの、少し聞きたいことがあるのですが、良いでしょうか?」


「ん? どうした? 何でも聞いてくれて構わんぞ」


 俺からの質問が珍しいからか、嬉しそうに王様が答えてくれた。王妃様も質問の内容が気になるようで、わくわくしたような様子でこちらを見ている。


「今日、城や城下町を案内してくれたハルフィーさんについてなんですけど……」


「なんじゃ! ハルフィーが気に入ったのか! ハセガワが王子になった暁には、嫁として迎え入れようではないか!」


 いや、そうではなくて、と思いつつ、気の早い王様の話に正直飛びつきたいと思った。俺が王子になればハルフィーさんがお嫁さんに、と考えて表情が緩む。


「王、ハルフィーさんは物じゃありませんよ。彼女にも気持ちがあるんです。結婚なんて人生を左右することを勝手にこちらが決めてはいけません」


 王妃様の言葉に俺は目が覚めた。そうだ、俺はなんて自分勝手な妄想をしてしまったんだ、と反省する。そしてやはり王妃様は人格者だと改めて思った。きっといろんな場面で、暴走した王を嗜めたり叱ったりしてきたのだろう。今この国が平和なのも、王妃様のおかげなのかもしれない。

 

「そ、そうじゃな……すまんかった、今の話はなかったことにしてくれ……」


 王様も反省しているようだった。しょぼくれている様子は、やはり大国の王には見えない。でもそこが、この王の魅力な気がする。


「いえ、そのような話をするつもりは無かったので大丈夫です。聞きたいのは、ノエル王子とハルフィーさんの関係なんですけど……聞いても大丈夫でしょうか?」


 質問の内容に意外そうに目を丸くした2人は、なんてこと無いように教えてくれた。


「ハルフィーはノエルの側近の1人だったぞ。年も近かったのでな、小さい頃は兄弟のようによく遊んでいたのだ」


「体の弱いノエルを守るためだと、ハルフィーさんは魔法や剣術を極めてくれていたのですよ。以前は使用人として働いてもらっていましたが、努力が実って最年少で側近に昇格しました」


「だからこそ、ノエルの死には相当こたえたはずじゃ……」


 それを聞いて、俺は予想が確信に変わった。

 そうだ、王様と王妃様だけがノエル王子の死に悲しんでいるのではない。ハルフィーさんを始め、ノエル王子の死を知るこの城の人たち全員が、きっと心を痛めている。ハルフィーさんは俺と行動を共にして、思うことが多々あったはずだ。それを今、俺はようやく実感した。

 異世界に浮かれていて、相手の気持ちを全然考えられていなかった自分が心底嫌になる。


 そして俺は今ようやく、この世界に残るかどうかの決断ができた。


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