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13話 笑顔


 騒つく周りとは違い、無言でこちらを見つめる魔術師に嫌な予感がした。実はオッサンのことがバレているのではないだろうか、うまく誤魔化せなかったのではないか、と考えてしまう。そうなれば、俺はどんな目に遭わされてしまうのか。

 魔術師は顔が見えない分、なにを考えているのかが余計わからない。さっきオッサンが妙なことを言っていたのも相まって、嫌な汗が流れた。


「……なるほど。トウヤ様には魔法の才能があった、ということなのでしょう。実際に、幼子おさなごの頃から魔法に秀でた人たちはトウヤ様と似たようなことを口にしています」


 どうやら、魔術師は納得してくれたようだ。緊張の糸が切れたかのように、ホッと一息をつく。


(ったくコイツ、妙な間を作りやがって! ちょっと焦ったじゃねーか、クソッ、この◯◯◯、◯◯◯◯! ◯◯◯◯◯◯!)


 オッサンは悪態をついていた。聞くに耐えかねない汚い言葉で魔術師を罵っていたので伏せ字にさせてもらう。


 では最後の質問です、と魔術師は続けた。


「私たちと離れていた間、特に変わったことはありませんでしたか? 遠目で見た時、広場で騒動を起こした少女と揉めているように見えたのですが」


 これにはオッサンはノータッチなので正直に答えても良いか、と思ったが、俺はこの件についても慎重に考えた。


 出来事を振り返ってみると……俺より年下の少女に告白されたが妹に似ているからという理由で断って、逆ギレされた上に馬乗りになられて首を絞められましたっていうのは情けなさすぎやしないか。とんだ笑い話である。


(多分笑われるぞ、それ。ここで笑われなくても影で酒の肴にされて笑われるぞ)


(……だよなぁ)


 オッサンの言った通りだと思う。俺も人から聞いたら笑い転げる自信がある。これも話さない方がよさそうだ。というか俺が話したくない、すごく恥ずかしい。

 しかも、もしかしたらアキナには顔を見られたかもしれないのだ。そんな失態がバレれば、その場にいたハルフィーさんが責任を問われるかもしれない。それだけはダメだ。


「……いえ、特になにもありませんでした。あの少女とは年が近かったので、話が盛り上がったぐらいで揉めたりもしてません」


 ハルフィーさんが、ギュッと手を握りしめたのが分かった。敢えて俺は気付かないフリをする。


「そうですか。何か問題が起きたのではと心配したのですが、安心致しました」


 魔術師は固い雰囲気が溶けて、ホッとしている様子だった。俺もかなり緊張していたが、つられて気が緩む。


「では、晩餐までまだ少し時間がございますので、どうぞごゆっくりおくつろぎください」


 そう言ってペコリとお辞儀をすると、魔術師を始めとした精鋭部隊は姿を消した。あまりに一瞬のことで、俺は驚いてしまう。


 城の庭に残された俺とハルフィーさんは、少しの間穏やかな風に吹かれていた。チラリと横目で見ると、ハルフィーさんは手を強く握りしめたまま俯いている。声をかけようにもかけられない雰囲気だ。俺はどうしたものかと目をキョロキョロと泳がせてしまう。

 沈黙に耐えられず他愛もないことを言おうとしたが、その前にハルフィーさんが力なく笑いながら声をかけてくれた。


「今から、トウヤ様を私のとっておきの場所へご案内させていただきます」




------------




「ここが、この城の空中庭園……私がご案内できる、最後の場所です」


 連れてきてもらったのは、城の最上階だ。中央には噴水が、その周りには花が生い茂っていて、城の庭とは少しおもむきの違った穏やかな空気が流れている。そして、最上階なだけあって、広い空が一望できた。

 今はちょうど夕方で、空の半分が真っ青、もう半分が真っ赤に染まっている。真っ青に染まる空には星がいくつか輝いており、真っ赤に染まる空にはギラギラと輝く太陽が地平線の向こうへ沈んでいくのが見えた。

 地平には、さっき歩き回った城下町が広がっている。ポツポツと灯りがつき始めていて、なんともノスタルジックな雰囲気が漂っていた。なんて綺麗なんだろう。


「この城に、こんな見晴らしの良い場所があったんですね」


 俺は意気揚々と話しかけたが、ハルフィーさんはそんな俺とは真逆に、思い詰めたような暗い表情をしていた。ここに来るまでの道中もあまり会話が弾まなかったので、俺は心配になってくる。


「……ハルフィーさん?」


「トウヤ様。先ほど、なぜ嘘をついたのですか」


「それは……」


 酷く悲しげなハルフィーさんの表情を見て、俺は正直に話さなかったのはマズかったのだろうかと後悔した。


「私を、庇ってくださったのでしょうか」


「いえ、俺はただ女の子にボコボコにされたのが恥ずかしかったから言いたくなかっただけで……」


 自分で言ってて悲しくなってきた。しかし、紛れもない事実だ。色んな意味でアキナにはもう会いたくない。


「そのような目に遭わないよう、護衛をしていた私が対処しなければならなかったのです。アキナさんに、トウヤ様の顔を覚えられた可能性も、少なからずあります。先ほどの場で正直に話していただければ、私はしかるべき罰を受けたでしょう。その覚悟も、していました」


 ハルフィーさんは、強い眼差しでこちらを見つめていた。俺が思っていた以上に、責任を感じていたようだ。でも、それを聞いて俺は言わなくて良かったと改めて思った。


「……俺はハルフィーさんに、とても感謝してます。だからこそ、罰なんて受けて欲しくない」


「しかし……! 広場の件だって、私の力不足でご迷惑をかけてしまいました!」


 あれこそ身勝手な俺の行動の結果だ。あの場で俺が大ごとにしなければ、騒ぎはあんなに大きくならなかっただろうし城下町をもう少し見て回れたのに。メェメが細切れになった可能性は高いが。

 とにかく俺は、本気でハルフィーさんに罰なんて受けて欲しくないと思っている。手のかかりまくった俺の面倒を見た功績を、国から褒め称えて欲しいぐらいだ。だがやはりハルフィーさんは納得できていないようで、形の良い眉が下がっていた。


「元はと言えば、俺の勝手な行動や発言が原因だし、ハルフィーさんはなにも悪くないです。この年で男なのに、自分のことすら守れない俺に問題がありますよ、絶対」


 ははは、と軽い感じで俺は話したが、やはりハルフィーさんの表情は晴れなかった。俯き、目も合わせてくれない。どうしよう、どう話せばハルフィーさんに俺の気持ちが分かってもらえるだろうか。これ以上、自身を責めないでいてくれるには、どうしたらいいのだろうか。

 俺にはその方法が分からなかった。分からなかったからこそ、今の自分の気持ちを伝えることしかできなかった。


「今日、ハルフィーさんと一緒に過ごした時間はとても楽しかったです。おかげで、本当にこの世界に来れて良かったって思います」


 ハルフィーさんは伏せていた目をこちらに向けてくれた。まだ自責の念に駆られたような物悲しい表情をしているが、俺の言葉に耳を傾けてくれている。


「でも、ハルフィーさんが罰を受けることになったら、俺は今日を思い出すたびに悲しい気持ちになると思います。だから……」


 沈んでいく太陽の光が、俺とハルフィーさんを照らしている。揺れる翡翠の瞳が、俺を映していた。


「これは俺の我儘です。今日一緒に過ごした時間を、最高の思い出にしたい。だから、俺のせいで罰を受けるなんて止めてください。どうか、お願いします」


 真っ直ぐ見つめて、俺は今の気持ちを伝えた。ハルフィーさんはなんと答えて良いのか分からないのか、言いかけては止める、を数回繰り返している。

 しかし、観念してくれたのかゆっくりと目を閉じ、開いた時には困ったように笑いながら、俺を見てくれた。


「……わかりました。トウヤ様の優しさに、深く感謝します」


「そんな、感謝されるようなことじゃないです、全然。逆に俺の方こそありがとうございます。今日は本当にお世話に……いや本当に世話になってばっかりで面目ない……」


 今日一緒にいた時間を振り返って、俺は異世界の様子に騒ぐしはしゃぐし喋り倒すし、その上魔法で好き勝手してしまったので対応が大変だったと思う。オッサンのせいで奇怪な発言もしてしまったしな。それでも今まで変わりなく親切にしてくれたことに、俺はハルフィーさんに心から感謝していた。


「いいえ、トウヤ様をご案内できて、こちらこそとても楽しかったです」


 フワリと笑顔になったハルフィーさんを見て、やっと自然に笑ってくれたことに俺はホッとする。今日一緒にいていろんな表情を見てきたけど、やっぱりハルフィーさんは笑顔が1番かわいい。

 つい見惚れてしまった俺は、何の気なしに本音が漏れてしまった。



「ハルフィーさんは笑顔が素敵だから、いつも笑っていて欲しい」


(は?)



 しまった、と思った時にはオッサンの冷たい一文字が聞こえていた。一瞬ハルフィーさんに言われたのかと思って肝を冷やしたが、そうではなくて安心する。しかし、話したセリフを反芻して、あまりの恥ずかしさに顔に血が昇ってしまった。うっわ恥ずかしい、これはイケメンにしか許されないタイプのセリフだ。


(空気を読んで黙ってたけどよ、さっきの一言はキモすぎて我慢できなかったぞ)


(あーもう、俺が1番分かってるよそんなこと! すっごい気持ち悪い発言したって分かってる!)


 恐る恐るハルフィーさんを見ると、とても驚いたような顔をしていた。大きな瞳が見開かれたまま、なにも反応がなくて一気に不安になる。

 さすがにドン引きされただろうか、彼氏ヅラしてんじゃねーよとか思われてそう。とてもつらい。

 沈黙に耐えかねて、俺はハルフィーさん、と声をかけた。


「すみません、さっきの聞かなかったことにしてください。出会って1日も経ってない奴から言われたらさすがに気味悪いですよ、ね、」


 矢継ぎ早に話した俺は、途中で息を呑む。ハルフィーさんの綺麗な翡翠の瞳が一段と輝き、ポロポロと滴が溢れたのだ。


 ハルフィーさんが、泣いている。可愛い子は泣いた顔も可愛いのだと、俺は今日初めて知った。


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