12話 質問
俺たちはアキナたちが去っていった方角を呆然と眺めていたが、我に返ったハルフィーさんが慌てて俺に声をかけてきた。
「トウヤ様、私たちも逃げなければなりません。何人かこちらに向かってきています」
目線を人集りに向けると、確かに何人かはアキナの走っていた方角へ向かっていたが、残り何人かはこちらに向かってきている。魔術師さま! ぜひお礼を! と言っているので悪い意味で捕まるわけではなさそうだが、顔がバレるわけにはいかない。そういえば、アキナには顔を見られてしまうところだったが大丈夫だろうか。認識阻害の魔法がうまく誤魔化してくれたことを祈るしかない。
とにかく今は、逃げるしかなさそうだ。
「じゃあもう一度、俺がハルフィーさんを抱えて逃げた方がいいですか?」
そう言うと、ハルフィーさんは少し顔を赤らめて顔を伏せてしまった。うん、かわいい。
(なーにが「ジャアモウイチド、オレガハルフィーサンヲカカエテニゲタホウガイイデスカ?」だ。いいわけねぇだろスケベ野郎。お前、理由つけて嬢ちゃんに触りたいだけなんじゃないか?)
(んな、なわけあるか! あと俺の真似に悪意ありすぎだろ! そんなマヌケな声出してねぇよ!)
もう一度ハルフィーさんに触れることになるが、これはちゃんと正当な理由があるのだ。決してスケベ心からくるものではないので許してほしい。
「えっと、お気持ちは嬉しいのですが、先ほどここまで逃げた時にはぐれてしまった精鋭部隊が到着できたようですので」
「あ、そうでしたか。なら大丈夫……ですよね?」
少し残念に思いながら、俺は辺りを見渡す。どこに精鋭部隊がいるのだろうか、と疑問に思っていると、間近で声が聞こえた。
「トウヤ様、失礼致します。今から城までご案内させていただきます」
「え? うわっ」
あっという間に俺は誰かに抱えられてしまった。瞬間、透過魔法がかかったようで、俺たちを追いかけてきていた人集りが辺りをキョロキョロと見渡し始めている。
「あれ? 魔術師さまは?」
「また消えてしまわれた……」
そして同じ透過魔法がかかっているからか、俺を抱えた人が鮮明に見えてきた。こいつは……
「俺を召喚した、魔術師?」
「ええ、ご名答です」
言い切るか言い切らないか、のタイミングで、魔術師は空高く飛んだ。一気に上昇したせいで、すごい風圧がかかる。思わず目を瞑り、風圧が緩くなった頃合いに目を開くと、眼下には広大なグレンヴィル国が見えた。改めて、凄まじく広い国だと思う。
「ていうか、えっ、空を飛んでるのか!?」
「はい。空を飛び、城までご案内させていただきます」
魔法で空を飛ぶのは夢に見ていた1つだ。すごい、空と大地がこんなにも壮大だなんて。あまりに綺麗な景色に、俺は眺めることに夢中になった。
「素晴らしい国でしょう。我々が守り、大切にしてきた国です」
「……はい。俺、この世界に召喚されて正直最初は怖かったけど、今は本当に良かったって思います」
ジッと眼下の大国を眺めながら、俺は本心を伝えた。俺の言葉に魔術師は気を良くしたのか、嬉しそうな笑い声を漏らしている。
(おいお前、男として恥ずかしくないのか)
(なんだよ)
感慨深く景色を眺める俺に、水を刺すようなオッサンの声が聞こえた。
(いや、お前がいいなら構わないけどよ)
(え?)
そう言われて、改めてこの状況を振り返ってみると、今俺はお姫様抱っこをされながら空を飛んでいた。自然すぎて意識できていなかったが、自覚すると恥ずかしさで顔が熱くなる。うん、これはハルフィーさんが赤面するはずだ。なんだこれめちゃくちゃ恥ずかしいぞ。
「あの、お願いします、抱え方を変えてもらえませんか……」
「おや、すみません。またトウヤ様を見失ってしまっては我々の面目が立ちませんので」
口元は笑っているが、多分見えてない目は笑ってないんだろうなと察する。
「わ、わかりました、このままで大丈夫です」
警護していた対象が突然消えて、今の今まで捜索してくれていたのだろう。かなり心配もかけてしまったはずだ。そう思うと申し訳なくなって、俺は城に着くまで我慢することにした。
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魔術師は城の庭にゆっくりと降下し、俺を下ろしてくれた。かなり距離があったと思うが、すぐに着いたのは驚きだ。他の精鋭部隊と共に先に着いていたのだろうハルフィーさんが、俺を出迎えてくれた。
「トウヤ様、おかえりなさいませ」
「あ、はい。ただいま戻りました」
城下町では色々あったが、こうして無事帰ってこれて安心する。それに、なんだかんだいってとても楽しかった。
「さて……改めましてトウヤ様。そしてハルフィーさん。少々お時間をいただいてもよろしいでしょうか?」
魔術師が畏って俺に声をかけてきた。何だろうと思い、振り返る。ハルフィーさんも、緊張した雰囲気で魔術師に向き合った。
「この度は城下町での騒動の際すぐにお助けできず、そしてトウヤ様を見失ってしまう失態を犯してしまいましたこと、重ねて申し訳ございませんでした」
魔術師は深々と頭を下げた。俺は気にもしていなかったので、慌てて取り繕う。
「いえ、こちらこそ警護してくれてたのに勝手な行動をしてしまってすみません。迷惑も心配もかけてしまったと思います。気にしないでください」
「そう言っていただけて、救われる思いでございます。……さて、いくつかお伺いしてもよろしいでしょうか?」
何だろうか。なんとなく嫌な予感がする。
「まずは……トウヤ様は、いつから魔法が使えるようになったのですか? 私が魔法の適性を調べたときには、魔術回路が未発達で到底魔法を使える状態ではなかったかと思うのですが」
これはハルフィーさんも気になっていたことだろう。確かに俺はこの世界に来て間もない為、いきなり魔法が使えるのは誰が見てもおかしい。さらに言えば、元の世界に魔法は存在していなかったのだ。
「えっと、実は……」
俺は正直にオッサンのことを打ち明けようとした。しかし、それは耳鳴りと共に妨げられてしまう。世界が灰色になり、全ての時間が停止した。
そして、恒例のように胸から青い光が出てくる。
「おぉい、ハセガワよ。もしかしなくても俺のこと告げ口するつもりじゃないだろうな」
「言うに決まってんだろ。急に時間を止めるなよ、ビックリするだろ」
「なるほど、お前はこの国が封印していた存在を勝手に逃がして、その力を自分のものにしましたって言うんだな? それ、泥棒と変わりないぞ?」
そう言われれば、そうなのかもしれない。俺はよく考えてみることにした。
「でも、外の世界へ連れてかないと俺を『ノア』から出してくれなかったオッサンが原因だろ。好きでお前を外に出したんじゃない。理不尽じゃないか」
そうだ、元はと言えば全部こいつのせいだ。まぁ魔法が使えたのはとても楽しかったし助かったし、有り難かったけど。
「フン、もしバラされて俺が捕まったら、お前に無理矢理外に連れ出されました~ウワーン怖かったよ~って言ってやるからな」
「おまっ、恩を仇で返すつもりか!?」
なんて奴だ、最低だと思っていたがここまでとは思ってもみなかった。
「お前こそ、恩を仇で返すつもりか! 俺はまだ大衆浴場にも日ノ輪の国にも行ってないんだ! 夢半ばであんな場所に戻ってたまるか!」
うーん、どうしたものか……確かに、魔法を使わせてもらったお礼はまだ出来ていない。それに、あの何もない場所へオッサンを送り返すのは可哀想な気がしなくもない。
ムカつく奴だが、ちょっとの間一緒にいてほんの少しばかり情というものが芽生えてしまったのだろうか。おぞましいことだ。
「俺を逃がした責任を取れって言われて、それこそ元の世界に帰してくれなくなるんじゃないのか? 牢獄行きもありえるぞ」
オッサンの悪魔のような囁きが響く。ありえなくも、ないかもしれない。うん、仕方がない、本当に仕方がないが、保身も考えて言うのは止しておこう。ただ、オッサンが今後なにか仕出かした時は即告げ口することにする。
「わかった、今は言わないでおく」
「よし! よーしよしよし! ちょろい…いや、偉いぞハセガワ!」
こいつ今ちょろいって言ったか? 俺は訝しげにオッサンを睨んだ。しかし、そんな俺を全く気にすることなく、オッサンは俺から魔術師へフワリと飛ぶ。
「なんだよ、話は済んだんだから、早く時間を元に戻せ」
「まぁ待て。最後に、これは俺のカンだが……」
オッサンはジッと魔術師の顔を見ているようだった。なんだ、魔術師がどうかしたのだろうか。
「こいつ、ちょっとばかし用心した方がいいぞ。なんかキナくせぇ。何重にも認識阻害の魔法がかけられてるしな」
「そうなのか?」
確かに、出会ってからも空を飛んで抱えられていた時も顔が見えなかった。認識阻害の魔法がかけられているということは、正確には見えなかったのではなく見えないようにされていた、ということか。
「どんなツラしてるか見てやろうかと思ったが、まだ魔力が回復してないからな……」
チッと舌打ちして、こちらに戻ってくる。オッサンはまだ本調子ではないらしい。封印から解かれたばかりで魔法を連発したから、もしかして結構消耗しているのだろうか。いや別に心配しているわけではないが。
「でも、精鋭部隊って言われるぐらいだから顔を覚えられたらマズイ人達なんじゃないか? あんまり気にすることないと思うぞ」
「そーかねぇ、俺はあんまり好かんな!」
ケッ不気味な連中だ、と言いながらオッサンは俺の胸に入っていった。と同時に、時も動き始める。
「……トウヤ様? どうかされましたか?」
そういえば、答えている途中だったか。俺は改めて魔術師の質問に答えた。
「ああ、いえ、何でもないです。俺が魔法を使えるようになったのは、正直俺にもよくわかってなくて……」
「えっ、ではトウヤ様はよく分からないまま、あれほどの魔法が使えたのですか!?」
ハルフィーさんが心底驚いたような表情で、俺に声をかけてきた。他の精鋭部隊の人たちもザワザワと騒いでいる。そんな周りと反して、魔術師は口元しか見えないが、特にリアクションもなくジッとこちらを見つめていた。驚いているのだろうか?
しかし、うん、この展開は異世界ものでよく見かけるやつだな。異世界に来て間もないのに、すごい魔法が使えて周りから驚かれるって流れだ。
しかし俺はそんなすごい奴ではない。オッサンの力を借りたからこそ魔法が使えたのだ。俺はどこにでもいる平凡な人間だと、自身が一番理解している。




