11話 アキナ
「すみません、無理です」
「えぇっ!? なんでぇ!?」
(ええ!? なんでだよ!?)
これから生きていく中で、こんなに盛大な告白をされるなんてもう無いんじゃないかとは思ったが、俺は即答した。オッサンの声が少女……アキナの声と被って若干イラッとする。ハルフィーさんは急に告白してきたアキナに驚き、即答する俺にも驚いた様子で、俺とアキナを交互に見ていた。
「そんなすぐ断るなんて、ひどくない!? ちょっとは考えてくれてもいいのに!」
アキナ、という少女は断られるとは思っていなかったのか相当ショックを受けたようだ。少し涙目になっている。
確かに、こんなに可愛い子に告白されたことはすごく嬉しいのだ、本当に。しかし、俺はどうしても受け入れられない理由があった。
俺には中学3年生の妹がいる。容姿端麗・文武両道・性格も良い、本当に俺の妹なのかと疑いたくなるほど自慢の妹だ。
しかし、外面は良いのだが俺に対しては雑で、愛犬のハチの散歩を押しつけてきたり雨が降った日は駅前まで迎えに来させられたりなど色々扱き使われている。あと、たまに喧嘩もするが妹は絶対謝らないので毎回俺が折れる羽目になったりもするし、腹立たしいところは数えるとキリがない。
だが、それでも俺にとってはかけがえのない大切な家族だ。
そんな妹と顔も、声も、体格も、全く同じ人から「結婚を前提に!」なんて言われても困る。いくら別人だと分かっていても妹がチラつくのだ。家族を恋愛対象に見ることはできない。
(あーあ、勿体ねぇ。ていうかこんな可愛い妹いたのか、お前と全然似てないぞ。お前、橋の下で拾われてきた子か?)
(うるせー、俺は父親に似てるんだよ)
妹と俺が似てないのは、小さい頃から周りによく言われていたことだ。ナツキたち友人からは「本当に兄妹か?」とよくからかわれていた。しかし平凡な顔の父と、息子の俺から見ても美人の母を見ると「あっ……(察し)」という感じで納得してくれる。父には申し訳ないが、少しでも母に似ていればイケメンになれた可能性はあっただろうか、と思ってしまうことは何回かあった。
「初めまして。私はハルフィーと申します。アキナさん、どうして私達の居場所が分かったのですか? あなたは一体?」
少し警戒した様子でハルフィーさんが尋ねた。その言葉にハッとしたアキナは、さっきまでショックを受けて暗い顔をしていたとは思えないほどの明るいドヤ顔で胸を張り、自信満々の様子で語り始める。
「さっき渡した魔具で、居場所は簡単に分かったわよ」
「魔具?」
「あなたに渡した、特徴的な形をした石のこと!」
そういえば、と俺はポケットに入れていた勾玉の形をした石を取り出す。確か、さっきアキナが投げてきた石だな。まさかこれにストーカー機能が備わっていたとは。
「そう、それそれ! 追跡魔法をかけておいたの! 大切に持っていてくれたなんて、嬉しい!」
「いや別に大切にしてたわけじゃな「そして、私は!」
言い切る前に台詞を被せてきたところを見ると、都合の悪い話は聞かないタイプっぽいな。ますます妹に似ている。
「こう見えても、東の国から来た医者よ。今は色んな国を巡って沢山の医学や薬を学んでるの。あと……」
アキナはジッと熱い目線を俺の方へ向けてくる。思わず後ずさってしまった。
「私の故郷の習わしで、旅の途中で伴侶を見つけて帰る、というものがあるのよ。 ねぇあなた、是非一緒に私の故郷へ来てくれない?」
「え、ええ……」
これ以上ない口説き文句だった。だが、俺はもちろん断るつもりだ。そもそも、まだこの世界で生きていくかどうかすら決めていないのだ。
「……もしかして、日ノ輪の国の方でしょうか?」
「あら! ハルフィーさん、だったかしら? そうよ、よく知ってるわね」
「ヒノワノクニ?」
異世界のことだから知らないのは当たり前だが、なんとなく日本と名前のニュアンスが似ていて引っかかった。それに、アキナの服装はどことなく和装のようにも見える。
「日ノ輪の国は、ここからずっと東にある小国です。私も資料でしか存じてなかったのですが、非常に医学が発展した国だそうです。あと、女性しか生まれない、とも記されていました」
「そう、そうなの! 私たちの国で医学が発展しているのは、成人したら各国を旅して多様な医学知識を取り入れてるからよ! それと、ハルフィーさんが言ったとおり、うちの国じゃ男が生まれないから将来旦那になってくれる人も探しているの」
「へぇ、そんな国があるんだな」
冷静を装って返事をしたが、俺は内心とても興奮した。すっごいなファンタジー世界、女性ばかりの国があるのか……楽園に違いない、ぜひ行ってみたい。
(ハセガワ! ハセガワ!! 俺は絶対に日ノ輪の国へ行くぞ! まさに俺のための国だ! やっぱり外の世界は最高だ!)
(……今すぐ飛んで行けよ)
案の定オッサンも大興奮している。しかしこいつと同じことを思っていた自分に少し自己嫌悪した。
(いや、さっき魔法を使ったからまだ外には出れねぇよ。誰かさんがワガママ言って余計魔法を使わされたからな~ああ、しんどいな~)
(うぐ……)
そう言われれば下手なことは言えない。さっき魔法を使わせてもらって助かったのは事実だ。仕方ない、まだ我慢しなくちゃならないが耐えるとするか。
さて、俺は浮ついた考えを消すように咳払いした。今は、アキナにちゃんと返事をしなければならない。
「うん、色々事情も分かった。アキナ、さんの気持ちはすごく嬉しい」
「なら……!」
「でも、やっぱり無理です。ごめんなさい」
ことの成り行きを心配そうに見ていたハルフィーさんは、俺の返事にホッとした様子だった。うってかわって、アキナは再びショックを受けた表情になる。うっすら涙が浮かび、俯いてしまったので、今度は俺がどうしたものかと焦ってしまった。
「……ってなんなの」
「え?」
アキナが小声で何か言ったようだが、聞き取れなかったため顔を近づける。
「無理ってなんなの!?」
ふざけんじゃないわよ! と言いながら、アキナはバッと俺に飛びかかってきた。そのまま2人で芝生の上を転がり、アキナは俺に馬乗りになる。
「うわ、なにするんだ! どいてくれ!」
「どかない!」
この子なんて馬鹿力だ、全然押し返すことができない。トウヤ様! と焦った顔をして駆け寄ってきたハルフィーさんが、アキナを俺から引き剥がそうとしてくれているがビクともしなかった。
「理由、理由を教えてよ! 私のこのルックスのどこがダメなの!」
首元を掴まれてグェッと変な声が出た。こんなところまで妹にそっくりだ。勝手に妹のお菓子を食べた時もこんな感じでキレて詰め寄られたことがある。
「トウヤ様から離れて下さい!」
「アンタ、トウヤっていうのね! トウヤ、アンタからちゃんとした理由を聞くまで離れてやらないから!」
ハルフィーさんが懸命にアキナの体を引っ張っているが、全然ビクともしない。このままじゃ異世界で絞殺されてしまう可能性が出てきたので、俺は正直に理由を打ち明けることにした。
「君の顔が妹にそっくりなんだ! だから、こう……倫理的な意味で無理!」
それを聞いたアキナは、俺を揺さぶっていた手をピタリと止めた。納得してくれたか? と一瞬思ったが、全然そんなことは無く、さらに激昂したようで顔が真っ赤になっている。
「……アンタ、妹に似てるって本気で言ってるの!? もしそうなら、アンタと私は顔が似てるってことよね!? もっとよく顔を見せてよ!」
アキナは勢いよく俺に叫んだ。しまった、顔をマジマジと見られるわけにはいかない。他国の人だからノエル王子だと思われないかもしれないが、バレる可能性がある。まぁバレなかったとしても、俺と妹は兄妹でも顔は全然似ていないため信じてはくれないだろう。今すぐここに俺の父と母を召喚したい。そうすれば、一目で分かってくれるはずなのだ。いや、いっそのこと妹を召喚した方が早いか。
そんな叶うはずもないことを思いながら、俺はアキナに思い切り揺さぶられた。マジで苦しい、助けてくれオッサン。
(こんな可愛い子に言い寄られてるのがムカつくから絶対ヤダね。もっと苦しめ。あと俺は可愛い子には手を上げない主義だ)
この薄情者、と思った。別の機会に仕返ししてやると心に決める。
「アキナさん、お願いします! トウヤ様から離れてください!」
「嫌よ! どんな顔してるのか見るまでは絶対止めてやんない!」
「いだだだだだだだだっ」
もし、もしアキナが妹に似てさえいなければ、と心底悔やんだ。まだ出会って少ししか経ってないし、お互いのことを全く知らないけど、絶対付き合うかどうか真剣に考えたと思う。たとえこんなに血の気が多い子だったとしても、だ。
「あっ! いたぞー! あそこだー!」
3人でギャーギャー騒いでいたが、かなりの大声が辺りに響き、俺たちはピタリと動きを止めて声のした方へ目を向けた。
町の方角から、かなりの人数がこちらへ向かってきている。
「コラー! ちゃんと弁償しろー!」
「あれ、さっき助けてくれた魔術師さまじゃないか?」
「信じられん、恩人の首を絞めているぞ!」
町で騒ぎがあった時に、アキナに詰め寄っていた人たちのようだ。げぇっ、とアキナが嫌そうな声を上げる。少し見覚えがある面々だった。言っている内容からして、アキナは弁償せずトンズラしているらしい。
「お、お前、ちゃんと弁償してなかったのか!?」
「謝ったのは謝ったよ! でも、あんなにたくさんの人に弁償するお金なんて到底足りないんだもん! 仕方ないじゃない!」
アキナはバッと俺から離れると、すごい速さでメェメと呼ばれている獣に飛び乗った。さながら忍者のようだ。
「この国も潮時ね……じゃあね、トウヤ! 私はもうこの国を出るけど、トウヤのこと諦めたわけじゃないから!」
じゃ! と言い、アキナは城門の方へ消えていった。俺とハルフィーさんはアキナとメェメが走って行った方角を呆気にとられながら見つめるしかなかった。




