プロローグ
「なぁ、実は俺が遠い国の超金持ちな一族と血の繋がりがあるって言ったらどうする?」
俺と並んで歩く親友は、それを聞いた瞬間心底呆れた顔で俺を睨んだかと思うと大袈裟にため息をついた。
「はぁ……俺と同い年の人間とは思いたくないぐらい、偏差値の低い発言だな」
まだまだ寒さの残る3月上旬。俺たちは無事高校の卒業式を終え、下校中だった。3年間何度も歩いた通学路の河川敷をダラダラ歩き、明日には忘れてしまいそうな、くだらない話をしている。
「なんだよノリ悪い。こういうの、誰だって1度は夢見るだろ?」
俺は長谷川柊弥、18歳。黒髪、黒目、顔面レベルはいたって平凡。身長も168cmと平均的。目立った特徴が無いところが、逆に俺の特徴だ。
「お前と一緒にするな」
ジト目でこっちを見てくるこいつは山岡楠月。一応親友。髪は色素が薄いのか、少し茶色がかっている。
で、ムカつくことに顔立ちは俺よりちょっと、ほんの少~~し、僅かに良い。しかも身長は俺より2cm高い。さらに彼女持ち。リアルが充実したクソ野郎である。
「やだ~ナッちゃんったら、つ~め~た~い~。彼女がいるからって調子乗ってんじゃないの~?」
「ちょっと~ヤッちゃ~ん、その呼び方止めろっていつも言ってるでしょ~? 悔しかったらヤッちゃんも早く彼女作んなさいよ~」
「え……お前そんな声出せたの……キモいぞ」
「お前がけしかけてきたから乗ってやったのにその反応はねーだろ」
まぁこんな感じでこいつとは小さい頃から仲良くやってきている。家も近所だしな、家族ぐるみで付き合いもある。
しかも受かった大学まで一緒だ。春からも一緒かよとは思うが、特に気を使わなくてもいい仲なので俺としては嬉しい。
「しっかし何でトウヤには彼女できないんだろうな、顔は別にブサイクって訳じゃないと思うぞ」
「それをお前が言うのか」
そう、親友といっても過言ではないほどの仲だと自負しているが、俺に彼女ができない理由にはこいつが大いに関わっているのだ。
「俺が好きになった人はいっつもいっっつもお前に惚れるんだよ! クソッ」
「イケメンですまない」
「キメ顔すんじゃねーよ腹立つな」
初恋のアカリちゃんも、俺が転んで傷の手当てをしてくれたサキちゃんも、同じゲームが好きと分かって話が弾んだサクラちゃんも……最後にはナツキに惚れる。
そして忘れもしない、ハルカちゃん。俺は高校2年の時、ハルカちゃんにかつてないほど惚れた。
かわいいのはもちろんだが、たまたま俺が教科書を貸してあげたお礼にと可愛い手作りお菓子を作ってくれたのだ。猫ちゃんのクッキー、すんごい美味しかった。可愛い字で書かれた可愛い手紙も付いてた。
『この前は教科書を貸してくれてありがとう、とっても助かりました(可愛い猫ちゃんの絵)、長谷川くんってやさしいんだね(ハートマーク)』
もう惚れるしかなかった。しかも、これがきっかけで一緒にお昼ご飯食べたり、遊んだり、LIMEを交換したりしたのだ。……まぁ2人きりじゃなくて、ナツキやハルカちゃんの友人も一緒だったんだけどな。
それでも女子とのお付き合い経験ゼロの俺は、恥ずかしながら浮かれに浮かれ、「初デートはどこ行こうかな」とか「結婚したら苗字は長谷川だな」とか未来の想像をしまくった。
しかし、現実は全くもってうまくいかない。やはり今回も例に漏れず、ハルカちゃんはナツキを好きになった。
放課後の教室で、顔を真っ赤にしたハルカちゃんとナツキが話す現場を見たとき、俺はナイアガラの滝に身投げしたいレベルでショックを受けた。ハルカちゃんのあの表情は、完全に恋した女の子だった。今思い出してもめっちゃ可愛い。
残念なことに、俺はあんな表情を向けられたことが無かった。ハルカちゃんに限らず、女子から1度も無い。
俺はショックで熱が出て、三日三晩寝込んだ。また、またお前かと。イケメン、また貴様が俺から奪っていくのかと、思わざるを得なかった。
しかも追い討ちのように、俺は悲しい現実を聞いてしまうこととなる。ハルカちゃんは、ナツキとお近づきになりたいために俺と仲良くしてくれたらしい。
もう俺は荒れに荒れ、ナツキとめちゃくちゃ喧嘩した。最終的に殴り合いになって多分生きてて1番の喧嘩をしたけど、次の日には馬鹿らしくなって仲直りしたな……懐かしい。
いや、今となってはもういい、終わったことだ。とにかくこいつは友人としては素晴らしいが、俺が彼女をつくるにあたって大きな障害……疫病神なのである。
「大学で絶対彼女つくるからな。絶対邪魔すんなよ。ていうか4月はあんま俺の近くに寄るな。いっそ、彼女できるまで寄ってくんな」
「え~じゃあ春から4年間、ずっとトウヤには近づけないな……せっかく同じ大学に受かったのに……心が痛むぜ……」
「おい、俺に彼女ができないって遠回しに言うのは止めろよ。言霊ってあるんだぞ、止めろ」
ムカつくので大笑いするナツキの脇腹に肘をぶつけてやった。
ごめんって、と言いながら脇腹をさするナツキは、まだ我慢できないのかニヤけた面が引っ込んでいない。
こんな平凡で変わらない日々が、大学生になってからも続くものだと思っていた。
しかし非日常は予兆もなく、突然襲いかかってくるのだと、この日俺は身をもって知ることになる。
「そういや、このあと駅前のカラオケで、みんなと待ち合わせだったよな」
「ああ。着替えるのめんどくさいし、家着いたらチャリ乗ってすぐ行こうぜ」
「後ろ乗っけてくれよ~帰りは俺が漕ぐからさ」
「すまんな、彼女としか2ケツしちゃいけない宗教に入っててな……」
「絶対ウソだろ」
チッと舌打ちしたあと、ふと誰かに呼ばれたような気がした俺は、足を止めた。
『…◯……◯◯…………』
「…?」
キョロキョロと周りを見渡すが、俺に声をかけてきたような人は見当たらない。
河川敷でサッカーをする少年、ランニングしているお姉さん、ベンチに座って川を眺める爺さん婆さん……季節的にまだ少し冷たい風が、俺の髪をすり抜けていった。
足を止めた俺に気づいたナツキが、少し先で振り返る。
「どうした?」
「いや、なんか変な声が……」
「そうか、まだ中学2年生の病が完治してなかったな。かわいそうに」
「ちげーよ! 本当に聞こえ、」
瞬間、足元がブワリと強く光った。突然のことに言いかけた言葉を飲み込む。前を向くと驚いたような、焦ったような顔をしたナツキがこちらに駆け寄ってきていた。
「っ、おい、トウヤ!」
こんな顔を見たのはいつぶりだったか……ジャングルジムから落ちて頭から血を流した時だったっけ。風邪をこじらせて入院して、見舞いに来てくれた時も同じような顔してたな。
なんでだろう、手を差し伸べてくるナツキの動きが、とてもスローモーションに見える。同時に、視界の端からじわじわと黒いモヤ……いや、手だろうか……が広がり、なにも見えなくなる。
えっもしかして死ぬのか? 彼女ができず童貞のまま?
最悪じゃねーか、と思い浮かべたところで、俺の意識は途絶えた。
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更新頑張ります。
よろしくお願いします。
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