8:《炎の中で》
「アールシェビース……僕にはまだ……君を封印から解く事ができそうにないよ……」
もう少し、待っていてくれ……。
六百年近くの年月もの間、自らが封印されていた揚所を訪れて、ロスはまだ封印され続けている自らの双子の姉である存在を見やって、静かに呟いた。
彼の愛しい存在であるアルを閉じこめているのは、「聖王の封印」と呼ばれるもので、それを解除できるのは、ごく限られた者……聖王自身か、もしくは「幻獣王」の魔力の宿る六つの「聖王の武器」のうち一つでもを手にし、認められた者なのである。
今の時代に「聖王」は一人も存在せず、各国に残された大戦時代の「聖王の武器」は、人間達の罪によりり幻獣王らの加護を失い、ただの古びた「武器」となってしまって
いるために、事実上「聖王の封印」を解除できる者は存在しなかったのだ。
「でも、僕は希望を見つけたよ」
封印を解くことができないと知ったときは、深い絶望が彼を襲った。けれど彼はその中で、唯一の希望を見つけたのだ。
「ティーナが残してくれた希望、とでもいうのかな。六百年近くたった今まで続いてきた闇王家の血筋の先に、「月」が生まれていたんだ」
きらきら輝く封印の向こうで、穏やかな表情のままに眠り続けるアルを見つめる瞳に、優しげな色が宿る。それは、彼が言う「希望」を思いだしているからだろうか。
「いまはまだ、小さな少女だけれど、あの子はやがて、闇の民を率いるなる子だろう。ならば、きっと……君を救う力を身につけるはず」
泣き虫な所を除けば、本当に君やティーナによく似ている子だよ。
小さく微笑んでで、ロスは目の前の封印の輝きへと手をさしのペた。彼を拒むように、肌を焼くような痛みが伝わってくる。
「もう少し、待ってくれアル。「月」が……ユキが、大きくなり、「聖王」となるその時まで……」
封印の中の彼女の返事などあるはずがなかったが、それでもロスは語りかけるようにそう言ってから手を離す。そして、名残惜しげにもう一度だけアルを見やった後に、その場に背を向けて歩き始めた。
この封印は、普段は人間を寄せ付けない結界のようなものが存在していて、ロスのように魔カの強い者でもなければ、近づけない場所であるのだが、ロスの封印を解いたユキは、その結界に惑わされる事もなく、こここまでたどり着いていた。
「あの子は、魔法を感知しない資質でももっているのか……それとも「聖王」になる者ゆえなんだろうか?」
彼が封印を解かれた後から世話になっている、闇の一族の生き残りの暮らす村までは、歩いて一時間ほどの所にあり、彼はその村までの帰路につきながら、そんな風に呟いた。
「それにしても、あれからもう二年も経つのか……」
六百年近く経ってしまった世界の事を知ることと、アルの封印を解くための方法を探すという目的のために、何度か大陸に旅に出ながら定期的に村に帰ってくるという生活をはじめて、そんなに時間が過ぎたのかと、しみじみと呟いてしまう。
「それにしては、ユキはあんまり成長してないようだが……」
相変わらず、村の子供にいじめられては一番上の兄であるシドに泣きつくという事を繰り返している、彼の希望であるユキを思い出して、ほんの少し唇に笑みを刻む。未来の闇の聖王はまだまだ子供で、甘えたい盛りだったようだ。
「……?」
不意に、鼻先に焦げたような臭いを感じて、その場で足を止めるロス。村までそんなには離れていない場所まで来ていたので、その臭いが村からであることは間違いがないと思うロスであったが、彼はその眉間に皺を寄せる。
「こんなに臭うのも、おかしいな」
と。
そして、頭上にひらけている空を見上げると、そこにいくすじかの煙が見えることを確認する。いくら日が暮れる時間が近づき、それぞれ食事の用意を始めるような時間であるとはいえ、今までこんな風に離れた所にまで、臭いが届いてくることはなかった気がする。しかも空に見える煙も、普段なら見えるような物ではないのだ。
何故か急に不安を覚え、ロスはその場から駆け出した。
もちろん、村に向けてである。
ジーナから聞かされていたように、闇の一族はこの大陸でもかなりの珍しい一族となっており、その特殊な生態のせいもあって、闇市などで時々高値で売り買いをされている所を目撃したこともある。長い年月の間に血が混じり、大陸に黒髪の人間も増えたため、その髪色だけでは闇の一族と判断されにくくはなっているとはいえ、このような場所に住んでいたり、一人二人ではなく、村単位で黒髪となれば、闇の一族だと確定されてしまう。
そのため、隠れ里が他の人間達に見つかり襲われているのかもしれない、という不安が浮かんでくる。
「……いったい、何があったんだ?」
村に近づくにつれ、ロスはだんだんとその表情を厳しいものにしていく。なぜならその途中に、村から逃げ出してきたであろう人々が、血塗れで力尽き、倒れている所を目撃したからである。
ただ、何が起こったのか問いただそうにも、すでに彼らには命はなく、冷たくなってしまっていたのだ。
「……致命傷になっているあの傷は……」
倒れている者達のほとんどの身体に、獣の鋭い爪痕があった。
「考えられることは、二つ……」
一つは村に巨大な魔獣が現れ、人々を襲ったということ。そしてもう一つは……。
そこまで考えて、ロスはその考えを頭を振ってうち消した。それは、一番考えたくないことだったのだ。
けれど現実は厳しいのだと、ロスは思い知らされた。
村にたどり着いた彼はは、今まで平和であったはずの村が激しい炎に包まれ、沢山の民達が倒れ死んでいるのを目にしてしまう。ごうごうという勢いで、木材でできあがった家をのみ込む炎は、そのまま森へと
広がりを見せ始めているし、その炎を消すはずの人手はほとんどが大地に倒れ、血塗れになっているのだ。
「おい! いったい、何があった!」
村を守るはずの屈強な男達ですら、酷い怪我を負っているのを見て、ロスが駆け寄って問えば、男は痛みに顔を歪めながら、途切れ途切れの声で言う。
「……狂ったシドが……ハーレルが……。終わりだ……みな……殺される……」
「なんだって!」
あまりの言葉に、驚きをあらわにして、声を張り上げてしまうロス。
シドもハーレルも、ユキの兄である。その二人が狂ったというのだ。
「では、これは……戦った跡のか?」
燃え盛る家々や倒れる人々を見やって、呆然と呟くロスであったが、すぐさまはっとなって村の一番奥にある、長たるジーナの家へと向かった。
そこにユキやシド達がいるはずだと、思ったからである。
「無事でいてくれ!」
自らの胸を押さえながら、そう言うロス。
まるで自分がいない時を見計らったかのようなこの出来事に、激しい怒りを覚えながらも、彼は出来るだけ冷静になれと、自らの心に言いきかす。
やがて、少しずつ炎に浸食されてはじめている目的の家へとたどり着き、彼はまだ燃えていない扉を蹴破って勢いよく中へと飛び込んだ。
「ユキ!」
そういって声をかければ、家の奥のほうから
「うわぁーーーーん」
という少女の泣き声が聞こえる。
彼女は生きていると、内心でほっとしながら、彼は炎のない場所を選んで、家の奥へと走っていく。そして、三つ目の扉を蹴破ったその先で、ロスは信じられない光景に直面する。
「ロス……?」
そんな風にかすれた声で名を呼んだのは、漆黒の巨大な豹に、その肩口を噛みつかれている女性ジーナであった。すでに、被女の身体には無数の傷ができあがっており、額には怪我のための脂汗が浮かんでいる。
「ジーナさんっ」
駆け寄ろうとするが、自らのすぐ足下に誰かが倒れていることに気がついて、下方をみやる。
長い長い黒髪を床に散らして、血溜まりに沈む男性であった。右腕が食いちぎられ、顔の左半分から胸元にかけて、大きな爪痕がある。すでに意識がないようで、生きているのかどうかも怪しい。
「……彼は……ダークなのか?」
いつもジーナを護る、闇の気配があったことで、それが彼女を護る「暗殺者」である事に気づいたロスは、今、床に倒れる男性が彼なのだろうと判断する。何故なら、もしダークが無事であるのであれば、今のようにジーナ自身があのように深い傷を負うはずがないからである。どんな状況であろうと、「王」であるはずのジーナを、必ず「ダーク」が護るはずだからであった。
「……ロスお兄ちゃん!」
突然、彼の耳にユキの声が響いた。そのために、はっとして彼女の存在がどこなのかと目をやれば、小さな白銀の少女は、一人の青年の腕に抱かれて部屋の奥に存在している。
シドとジーナよりも奥にいるその青年は、 ロスに対して背を向けていたが、その腕に抱きかかえられているユキは、肩越しにロスを見やって、自由になっている手を伸ばして、助けを求めるように名を呼んでくる。
「お兄ちゃん! 母様が! カイお兄ちゃんが! 助けて、ロスお兄ちゃんっ」
と。
すでにわけがわからなくなっているのか、 女の言葉に統一性はなく、顔も流した涙でくしゃくしゃである。それでも、彼女がまだそうやって泣けるという事は、その身体に怪我などを負っていない事だと判断して、ほっと安堵する。
「ウォルシド! ハーレル! やめるんだ!」
一度大きく息を吸い込んでそんな風に叫べば、そこでようやく奥にいる方の青年がロスへと振り返った。しかし、ロスはその青年の手に血塗れの剣が握られ、その足元にはウォルシドとハーレルの弟であるカイ少年が横たわっている事に気づく。
「なんて事を……」
そう呟けば、いつの間にかジーナを離していたらしい豹の姿のウォルシドがロスへと襲いかかってくる。
身体を反転させ、なんとかシドの爪から逃れたロスは、その勢いのまま、まずは床に倒れたジーナの元まで駆け寄った。
「ロス……?」
かすれた声が名を呼んで、続いて「逃げろ」と言われる。
「そんなこと、できるはずがない。それに、ユキが捕まっている」
ユキは一族の希望なのに。
付け足すように言い、きつい視線で黒豹を見やれば、それは身体を低くしていつでも襲いかかれる体制のままで、じりじりと揚所を移動し、ハーレルとユキの元まで歩み寄った。
「おにいちゃん……どうして……」
近寄ってきたシドに、そんな風に声を出すユキ。
ロスは、そんな光景を睨み付けるようにしながら、小さく呪文を刻もうとする。
しかし、その途中でシドの背後のハーレルから小さなナイフが飛んできて、ロスの右肩へと突き刺さる。
「……くっ」
痛みに眉を顰めれば、そんな彼を見やってハーレルが言う。
「駄目だよ、魔法なんか使ったら。君が、魔法を使えることは、知ってるんだからね。次に、そんなコトしたら、この子、殺しちゃうよ?」
くすくすと笑いながら、ハーレルが自らの腕に抱くユキの首筋に、先ほどロスの肩に突き刺さったものと同じ、小さなナイフを突きつける。
「シド兄さんはさあ、この子がすごく大切みたいだけど、僕はこの子を引き裂くことなんて、どうも思わないんだからねぇ?」
闇の一族の中にありながら、父親が禁忌を犯した魔法使いであったため、その瞳に禁忌の色である紫を宿す青年は、さも楽しげにそう言った。
「うっ……」
ユキを人質に取られてしまえば、ロスは全てを封じられてしまったといっても過言ではない。今の彼にとって、ユキという存在はたった一つの希望であり、その命が失われてしまえば、彼にとって絶望しか残されないのだから。
「なぜ、こんな事を?」
表情に悔しさと怒りとを出さないように無理矢理抑え付け、ロスは呻くようにその言葉を紡いだ。
今までまで多少の衝突はあったとはいえ、助け合い支え合ってきた者達のはずなのに、なぜこんなことになったのかとロスは問う。すると、その問いにハーレルは面白くなさげに、むっとした表情を作ってそっぽを向き、代わりにシドが一歩前に歩み出す。
「全ては、ユキのため……。やがてくる「第二の大戦」に、ユキを巻き込まないため」
そう言って。
その言集の間にも、炎ががだいぷ浸食をはじめ、自らのすぐ側まで炎が来たことを知ったハーレルが、 なにか呪文を口にし始める。
ロスはそのことに気が付きながらも、シドの言業のさらに深い意味を聞きだそうとする。
「第二の大戦だと?」
「そう。すでに幻王リオンは蘇り、夢王ネイザは封印の中で目覚め……我らが主たる邪王は我らに力を授けてくださった」
「まさか!」
再び、大戦が起ころうとしているというのか。
信じられないと呟けば、目の前のシドが言う。
「月は、聖王となって闇を率いると。それはツァルガ再興のためなどではなく、再び起こる「大戦」において、虚空神に牙を剥くという意味。……誰が、愛する妹をそのような戦いの最中へと突き落としたいものか」
自嘲するように呟いたその言葉に、ロスははっとする。
シドはユキを「聖王」となる宿命から逃れさせるために、このようなことを起こしたと言っているのだと気付いたからだ。
「だからといってなぜ、こんな風にみなを手にかける必要がある?」
ジーナや意識を失ってしまったカイやダークを見やって言えば、シドがロスに背を向けて歩き出す。彼はハーレルの元まで歩み寄り、ハーレルの唱えた呪文が完成したことで浮かび上がった魔法陣の中で、もう一度ロスを振り返る。
「みな、死んでしまえば「月」の率いる民はいまい? それに……「月」のために殺された俺の「ダーク」が一人で寂しがるといけないからな」
そこまで言った直後。
「おにぃちゃん! かあさまぁっ!」
「ユキっ!」
「うああーーん」
ユキの泣き声とロスの声とが響く中、シドとユキを抱えたハーレルの三人は、足下の魔法陣から発せられた光に包み込まれ、そのまま光が消えた時には、その姿も共に消してしまっていた。
「ばかな……」
彼らが消えてしまった場所を見やってそう呟けば、ロスの背後でジーナがうめき声を発する。
「ジーナさん?」
そう言って振り返れば、彼女は呆然として額を抱えている。
「私が、あれの「ダーク」を殺せと、命じてしまったから、こんな事になったのか?」
月であるユキは、未来に闇の「王」となるべき人物である。ゆえに、本来であるなら、ジーナの跡を継ぐのはウォルシドであり、彼のために「暗殺者」もまた存在していたのだが、ジーナはそんな彼のダークを、ユキのために殺してしまったというのだ。
ダークは、一人の王に一人だけ。
あらかじめシドのために生まれたダークが、ユキのためのダークとなるわけにはいかなかった。しかも、王ではない者にダークを存在させておくわけにもいかず、生まれながらにシドのために存在したダークは、命を奪われてしまったのだ。
「あの時から……あの子は狂ってしまっていたのか……」
震える声でで紡がれたその言葉であったが、ロスはそれをうち消すように言う。
「そんな事は、今はいい。とにかく、ここから出るんだ!」
ロスと、残された魔力の痕跡を追って、ユキをつれて姿を消したシドやハーレを追いたかったのだが、彼のすぐ傍らのジーナやカイ、ダークらを放っておくことができなかったのだ。
「なんとか、たすけなければ」
無我夢中でみなを助けるために動き、炎にまかれる恐れのない場所までみなを運び、怪我を負った者達には魔法による治療を施し、その命を取り留めさせたころには、彼の魔力は底をつき、体力と気力もまた尽きてしまっていた。
「……ユキ……」
それでも、彼女を助けるために行動しようと立ち上がるロスであったが、一歩踏み出したところで意識を手放し、その場に倒れこんでしまったのであった。
*****
闇の民の生き残りが住む村が、長の良子である「ウォルシド」と「ハーレル」の二人によって、焼き払われ、多くの者が殺され、村から「月」となるはずのユキが浚われて、すでに十年近くの年月が過ぎていた。
村はほぼ壊滅し、生き残ったのはほんのわずかな人間だけであった。その中にあって、ロスのおかげでその命をつなぎ止めた者は多く、ジーナとカイ、そしてダークも何とか命を留めていた。
けれど
「久しいね、ロス」
ユキを探して大陸を旅してまわり、久しぶりに村のあった場所まで戻ってきたロスを出迎えたのは、そんな声であった。
「……ダークかい?」
穏やかにそう言って振り返った先には、まだ幼さの残る顔をした少年が立っていた。癖の強い黒髪に、 黒日がちな瞳をしたその少年は、にっこりと人好きのする表情で笑って、小さく頷く。
「君が……そうして姿を現しているということは、村のみなは……」
そこで言葉を区切って、ロスは自らの近くまで歩み寄ってきた、「ダーク」と呼んだ少年を見やった。
「うん。ジーナが病で逝ってしまったから。村の皆はそれぞれ新たな土地を目指して散っていったよ。カイは一人で、一足先に村を出ていったけれどね。父さん……先代の「ダーク」は、ジーナと一緒に逝ったよ」
自らの両親であろう二人の事を、感情を押し殺した顔で淡々と告げた彼に、ロスは「そうか」とだけ答えた。
「カイも、出ていったのか。何とかジーナの命のあるうちに、ユキを連れ戻したかったのにな」
眉を顰め、悔しげにいうロス。
「うん……。だからジーナは僕に言ったんだよ。「ユキを見つけなさい。探しだし、守りなさい」って。……言われなくても僕の「王」は僕が見つけ出して、ずっと守る」
少年は……ダークは、「月」となり「聖王」となるユキのために生まれた「暗殺者」なのだ。
「悔しいのは、僕が幼かったばっかりに、王を連れ去られたこと……」
はじめて、悔しげな感情を表に出したダークは、そう言って右の掌を強く握りしめた。
「……そうか」
再び小さく言ったロスは、静かにその場から歩みだす。
「ジーナの墓は?」
一度、顔を出していきたい。
そう言った彼に、ダークは小さく首を振った。
「ないよ。闇の一族は「墓」を残さないんだ。なにも……残さないんだよ」
いつかは移動しなくてはいけない場所に住んでいるからね。 形のある物は残さないんだ。
「なるほどね。それで、村の跡地も綺麗に埋められているわけか」
これじゃ、君がいなかったら、僕は帰ってきてすごく寂しい思いをしたんだろうな。
と、呟くように言えば、ダークが小さく笑う。
「だから、僕がこここに残ってたんだよ。僕は、ダークとして一人前になった。だから、王を探しに行く。……だとしたら、今まで僕の王を探し統けてきた君に着いていくのが一番良いはずだから」
「なるほど じゃあ、僕にはこの先、心強い同行者ができるわけだ」
「うん、よろしくね」
ロスが封印を解かれた頃には、まだ言葉も話せない赤子で、村が滅びた頃にはまだまだ幼児だったダークは今、「暗殺者」しての苦行を乗り越えて、一人前の顔でロスの前に立っている。
「ユキを……連れ戻そう」
あの日燃えさかる炎の中で、シドが言った「二度目の大戦が起こるだろう」という言葉を思いだし、ロスは自らの心の中の誓いを新たなものとする。大陸を旅してわかっているのだ。
争いの気配が少しずっ育ってきていることを。
そして、水面下で何かがゆっくりとうごめいていることを。
闇に伝わる伝説は、本当の事になるのかもしれない。ユキは、闇の一族を率いて、その大戦の中で「聖王」となるはずなのかもしれない。
ならば。
取り戻さなくては、ならないと。
そう、思う。
「つらい目に……あっていなければいいけれど……」
ダークの記憶の中に、ユキの記像はおぼろげにしか残っていない。けれど、彼は自分がユキのためにだけ
生まれたのだという事をしっている。そして、ユキのために生きる事を教え込まれているのだ。彼女を守り、彼女を支え、彼女のためだけの存在となる事を。それだけが、自分が生まれ、生かされてきた理由なのだと、分かっているのだ。
だからこそ、彼女の事を切に思うのだ。
傷ついていなければいい。
悲しんでいなければいい。
幸せならいいな。
自分の王なのだから、闇の王なのだから、強い人であると信じて疑うことはない。
傷ついても、悲しんでも、それをはねのけるほどに強い人なのだと、信じている。
けれど、できるならそんな思いはさせたくない。
そう思うのであった。
「行こう。今、こうしている間も、あの子は待っているのかも知れない」
「うん」
なにもなくなってしまった村を後に、二人は旅に出た。今度の旅は、すでに「還る所」のない旅である。
いや。もし、還る場所」があるのだとすれば、それは……彼らが探し出さなくてはいけない、「ユキ」自身だろう。
彼女の元こそが、彼らの本当の意味での「還る場所」なのだ……。