2:《目覚め・後編》
一部、誤字の修正をいたしました。
そこは、真っ暗な森だった。
自らの封印は白銀の少女の手により解かれたものの、双子の片割れである女性にかけられた封印は、自分でも伝説の「月」たる者でも解けないと分かると、ロスはひとまず彼女の家を探すために、そして闇の一族の血を引く人々の話を聞くために、後ろ髪引かれる思いで封印されていた空間をあとにした。
彼を解放した少女の名はユキといい、一時的にであれ彼女の額に現れていたのは闇の王家紋章であり「聖王」である証の紋章であった。そのために、彼女が自分と同じ闇の王家の人間であると……、自分と双子の片割れとが封印された時代の、王であり兄であった人物の子孫であると判断したロス。少女の身内、つまりは現在の闇の王国の王家の人物ならば、自分たちに施された封印の事で、何らかの情報を持っているかも知れない思ったのだ。
しかし。
ロスは自らが封印された場所から出た途端に、言いようのない不安とかなり大きな疑問を抱くことになる。彼は、自分たちはどこかの神殿か、城の地下のような所に封印されていると、思っていたのだ。仮にも王家の血筋の少女が、「迷って」入り込んでくるような場所なのだからということもあった。
だが、彼のその考えはあっさりと否定された。
長い長い通路を抜けて、彼の目の前に現れたのは鬱蒼とした縁が覆い茂った、深い森であった。とてもではないが、「王家の血筋」の少女が「迷って」入り込んでこれるような場所でないのは言うまでもない。
そういえばユキは、
「村がどこにあるかしらない?」
といっていた事を今になって思いだす。さらによく考えてみれば、神殿などの中を迷って歩き回っても、衣装が切り裂かれることはないし、髪の毛に木の葉などがついている事もないはずだった。
「……ユキ?」
「なあに?」
「君は村にすんでいるのか?」
そう尋ねてみれば、少女は素直にうんと顔く。
ロスはそんな少女をひとしきり見つめ、そこでようやく、少女の膝に血が滲んでいる事に気がつく。
「その怪我はどうしたんだ?」
今まで忘れてしまっていた怪我を、ロスに聞かれた事で思いだしたのか、ユキは突然痛みを思いだしたように、眉を顰める。
「……転ぶような山道を歩き回ていたってことだろうな……」
なんで、王家の娘がこんな場所にいるんだ。
そんな謎をユキにぶつけても、たぶん彼女は答えられないだろうと判断したロスは、とりあえず膝の傷を服の裾を破った布で巻き、彼女の言うところの「村」か、もしくは傷を洗える「水場」を探す事にしたのだった。
森の中はすでに日が沈んで真っ暗になってしまっていたが、ロスは小さな声で魔法を唱え、自らの周りに光の球体を浮かび上がらせる。ごく初歩的な魔法であったが、それでもユキには珍しかったらしく、腕の中ではしゃぎはじめ、ようやく森の中の道なき道に慣れてきたころには、少女は疲れて眠ってしまっていた。
「いったい、この子はどこから来たんだ? それに、この辺りに人の住まう場所などあるのか?」
そんな疑問が何度も何度も頭の中をぐるぐる回っていたが、それでもロスは夜の森の中を歩く。身体を鍛えていて、体力にはそれなりに自信はあったけれど、もともと王城育ちの彼には、慣れない森の中は、なかなか彼の思うように道を開いててはくれず、人の住まう場所の明かりのようなものが見えた頃には、さすがのロスも息があがり、腕に抱えた少女の重みを呪いはじめていた頃であったのだった。
*****
森の中をさんざんとさ迷ったあげく、ようやくたどり着いた人の住まう場所は、本当に小さな、まるで何かから隠れるようにひっそりと暮らしているような、そんな村であった。そして信じられないことに、その村こそが、ユキの暮らしている村であることを、彼女を探して森の中を捜索していた村人達から聞かされたのであった。
その後。とりあえず、一夜をその村で明かしたロスは、翌日になって、この村の長であるという女性の元へと呼ばれ、昨日の事情を説明することとなった。
村の長であるという女性は、はじめに自らの娘を教ってくれた事を感謝するとのベ、すでに目を覚ましていたユキから事情を脱明されていたのか、ロスの名を呼び、その手を取った。
どうやら彼の封印を解いたあの少女は、この村の長の娘であったらしい。
「貴方が、あの「封印」の内に存在していたのだと、ユキから聞いた。確かに、その身に溢れるカは、我らに残された文献の通りかもしれないな」
そう呟き、小さく笑ったその女性……ジーナに、ロスは少しだけ首を傾げる。
「残された文献? 僕達の事が記された何かがあると?」
そんな事を尋ね、ジーナがそれに領くのを見やりながらも、どこか納得がいかないという感情をその瞳に浮かび上がらせる。娘が白銀色の髪と琉泊色の瞳を持っていて、明らかにあの少女の母親だと分かるそっくりな顔立ちをしているにも関わらず、ジーナは漆黒の髪と同じ色の瞳を持っていた。さらに、この村で出会った者の全てが、彼女と同じ漆黒の髪であった。
それはまさしく、ロスが封印される前の、「闇の王国ツァルガ」の民の特徴そのものであった。
「何故、ツァルガの民が……しかも、貴女がたは「王家」の血筋のはずであるのに、このような山奥で生活しているのか」
彼が心に思った疑間をそのままジーナにぶつけて見れば、彼女はほんの少し目を細め、 長いため息をついた後にとある言葉をロにした。
「……すでに、闇の王国ツァルガなる国は、この大陸のどこにも存在しないからだ」
「そんな、馬鹿な!」
驚きと怒りを含んだロスの声が響く。
そのため、彼と対峙していたジーナは凛々しい表情をきついものにして、ロスの目を見つめた。紅を引いているわけでもないのに、紅く潤った唇がゆっくりと動き、言葉を刻む。
「嘘ではないさ」
と。
「では、ツァルガは! 闇の王国は滅び去ったと、 貴女はそう言うのですか?」
王家の血を引くせいか、妹であったティーナや、自らの双子の姉であり最愛の人である女性と同じ面影を持つそのジーナに、ロスは叫ぶような声をぶつけるが、彼女は少しもロスの目から瞳を反らさず、まっすぐに彼をみやる。
昔から右と左とで色の違う、漆黒と血の色の瞳を他人に怖がられ、嫌われ、気味悪がられてきたロスであったが、少しも視線を逸らさない彼女に対し、さらにきつい視線を向けてしまう。
それでも、女性はただ強い意志を込めた声でいうのだ。
「貴方が本当に「封印されし者達」の一人……闇の王国ツァルガの「王子」であるなら、私が今、嘘偽りのない言葉を述べているという事が、はっきりと分かるはずだろう?」
貴方が、人の周りに渦巻く感情や、因縁とが見通せてしまう、「魔眼の王子」であるならば。
「……っ」
ぎりっと唇を噛みしめ、ロスは自らの左の目を……血のような紅色をした瞳を、それを隠すために伸ばしている髪の上から抑えつけた。幼い項から人々の持つ感情や、その人物を取り巻く因縁や、その人物に向けられた他人の感情などが「色」として見えてしまう血色の「魔眼」は、目の前の女性の言葉が嘘や偽りでない事を、はっきりと告げていた。
「……馬鹿な……ツァルガが、すでに滅びていたなんて……!」
がたがたと震える身体を、自ら支えるように両腕で押さえつけ、ロスが苦しげに呟きを漏らす。そんな彼を見やりながら、ジーナは深いため息をついた後に、静かに立ち上がった。そして、部屋の中に不自然に存在している、扉の元へと歩み寄り、そこにかけられた厳重な鍵を外す。
「貴方が思っているように、この村の者達はみな、「闇の王国ツァルガ」の民の末裔。そして、私は……完全に血の絶えたと言われている「闇王家」の末裔だ」
「血が絶えた?」
どういうことなのだ?
と、視線で訴えてくるロスから目をそらし、ジーナは先程鍵を外した扉を開けた。
「はじめに、教えておこう。今は貴方が生きていた時代から、六百年近くもの年月が経っている。そして「闇の王国ツァルガ」が滅びたのは、貴方が封印された「直後」だと」
「なんだって……? 直後? 僕が……僕たちが封印された直後に、ツァルガが滅びたと?」
信じられない……。
「信じようと信じまいと、事実にはかわりない。貴方がた……「魔眼の王子」と「幻王の娘」が封印された直後、闇の聖王であった国王トゥラースは人間達の手により魔界へと堕とされ、貴方の弟であると言われている、「竜戦士タージュタージェ」は自らの意志で、この大陸のどこかに封印されたのだ」
感情の抑揚のない声で、はっきりと告げられた事実に、すっかり身動きがとれなくなってしまっているロスであったが、それでも最後の望みをかけるかのように、何とか問う。
「ティーナは……王家の末子、ティーナ王女は……?」
先程の言葉で、唯一名の上がらなかった自らの妹の事を問えば、ジーナは厳しさを醸し出していた表情を、悲しげにゆがめる。
「歴史の上では、王家の最後の一人である王女ティーナは……「暗殺」され、闇王家の血は絶えたと……」
「嘘だっっ!」
言葉の途中で耐えきれなくなったロスの叫びが響き渡る。
「そんな、馬鹿なことが許されるものか!」
なんのために、ティーナが殺されなければいけなかったのか!
これ以上はない程に昂った感情をぶつけるロスに対し、その感情を一身に受け止めながらも、ジーナは静かに瞳を閉じる。
「貴方が封印された後のツァルガ王家と王国の末路は、六百年近くの歳月が流れた今となっては、すでに人々の記憶にはなく、こうして王家の血を引く私だけが知り、いずれはユキへと渡される。だが、貴方には知る権利があるだろう」
「王家の血を引く?」
そんな疑間をロにする。
当時闇の王国の国王であったトゥラースは未婚であったし、弟タージュも結婚はしていたが、妃となった女性が時の王国の女性であったため、生まれた子供は生粋な闇の一族ではなかったはずであった。ましてや自分とアルもまだ婚姻関係にはなかった。
「……ティーナが殺されたというのに、どうして「王家の血筋」が?」
それがどういうことなのか頭の中では予想ができても、他の人間のロからそれを聞き、安心したかった。だからこそそう問えば、ジーナは小さな微笑みを浮かべて、言う。
「だから、「歴史の上」では、ティーナ王女は暗殺されたと言われていると、いっただろう?」
「実際は……」
「そう。実際は彼女は生き延び、王家の血に連なる子を残している。その子孫が、私達だ……」
小さく、安堵の息を漏らすロス。
だがそんなロスとは正反対に、ジーナは厳しい表情を取り戻して、ロスを促した。
「さあ、こっちへ。貴方に過去の全てを教えよう。王家のみが知る、封じられた真実を……」
扉が開かれ、ぽっかりとロを開けるその入り口に、ロスは促されるままに、歩を進めた。
その先にはきっと恐ろしい事実があるのだろうと、そう思ってしまうが、それでも知らなければならないと、彼は心を奮い立たせる。
*****
六百年近く前、レクサンドラ大陸の全土に広がった「大戦」とだけ呼ばれる戦いがあった。それは、「虚空神トール」と呼ばれる神にも近しい、すさまじい力を持つ者が引き起こした、大陸全土を手にいれんがための、侵略の戦いであるといわれている。
そのきっかけが何であったのかまでは知られてはいないが、 この大地が滅びかけたのは確かであり、大地に住まう全ての種族が同じ敵に向かい、戦いを挑んがことも確かである。
虚空神トールは四天王と呼ばれる、幻王、夢王、死王、邪王の、四人の王を従え、長い年月をかけ、徐々に大陸に存在する王国を浸食していったが、それに抗うように、大陸に存在する七つの王国の全てが手を組み、 虚空神から大地を守るために立ち上がった。
人の王国だけでなく、今まで親交の探かった妖精族達も人間に力を貸し、さらに神々までもが七つの王国の国王達に、その力を貸し与えたのである。神々により力を与えられた王達は、大戦の最中「聖王」と呼ばれ、戦いの最前線に立ち、虚空神達との戦いを統けていき、長いの歳月の後に、虚空神はついに大地に封印されることになった。
だがその戦いの中で、七人の王のうち、光、火、水、風、土、時の王国の聖王六人が次々に命を失い、 最後まで生き残ったのが、闇の王国ツァルガの国王トゥラースであった。
「ここまでは、誰もが知る、「大戦」の歴史だろう」
「……たしかに、そうだとは思う」
ジーナの開いた古めかしい書物に書かれた内容を、被女がかいつまんで脱明し、その内容を実体験として経験しているロスは、六百年近くたって継承されている記録に、事実との差があまりないことに傾く。
「で、そこから先は?」
それが知りたいのだと鋭い視線で先を促せば、ジーナは緩慢な動きで開いた書物のベージをめくり、それをロスヘと差し出す。
「自らの目で、確かめればいい」
その言葉に、ロスは少しだけ震える手で書物を受け取り、そこに記された文字を視線で追う。かなり古くなっている紙を破ってしまわないよう、慎重にめくっていく。
「その文献は、我が祖先達が苦境の中、何度も写本し続けて残してきたもので、一族を継ぐただ一人のみに伝えられてきたもの」
そう説明するジーナの声も、すでにロスには届いていなかった。
それほどまでに、そこに書かれていた内容に、ロスは真剣にならずにはいられなかったのだ。
文献は、こう告げている。
大戦の後。
闇の王国を除く全ての王国は………大戦により「聖王」を失った人間達は、ただ一つだけ人間以上の強力なカを持つ「聖王」が残った「闇の王国ツァルガ」を、自分たちの脅威になるものだと判断をする。「聖王」が残っただけではなく、ツァルガ王家は大陸の中でも最も古い血を持つが故か、すさまじいカを持つ者が存在し、それぞれ大戦の中で、その「名」を知れ渡らせていた。
人々はその中でまず、虚空神の四天王の内の一人である「幻王リオン」の血を引くといわれた、ツァルガの第一王女アールシェピースと、「魔眼」を有する王子タルシュトゥルス・ローゼスとを封印する。二人の力の強大さは、平安を得たばかりの大陸の人々に、いつまでも恐怖を与えるという理由をつきつけ、ほぼ強引に封印させたといってもいい。
こうして二人の犠牲により、ツァルガに対する冷酷な非難は止むものだと思われていたのだが、人間達はさらに狡猾な罠を仕掛けていた。二人が封印を施されたその直後。
闇の王国ツァルガは、その他の六つの王国全ての軍に、取り囲まれたのだ。生きた聖王を有し、大陸一の軍事力を誇っていた国が、大陸の覇権を担わないように滅ぼしてしまうために。
だが戦いの中で傷つき、その復興もままならない状態で、ツァルガの軍が全ての国の連合軍を相手に、うち勝てるはずがなく、さらに闇聖王トゥラースは先の戦いで友であった者達と戦う事にむなしさを覚え、生き残った全ての兵を城へと集め、家族らとともに国外へと逃れることを促した。
彼は、ツァルガに「強力な力」がなくなれば、必要以上の血が流れることはないと判断したのだ。
闇聖王トゥラースは自らの妹であるティーナに、生き残った兵士と民とを率いらせ、さらにその守護を弟王子「竜戦士タージュタージェ」にさせて国外へと逃し、自らは最後まで国を捨てることを拒否した、数少ない兵士達とともに城に残り、襲い来る敵を迎え撃ったのだった。
闇聖王はその後、聖王達が神々に与えられ、その死のために国に残すこととなった、六つの聖なる武器に宿るすさまじい魔力を利用した魔法使い達の手によって、一時的に開かれた魔界への扉の中へと突き落とされてしまう。
王女ティーナに率いられた民達は、国を出た後に敵から身をまもるために散り散りになり、ティーナ王女自身は別れた民達が無事に逃れられるよう、自らが囮となるように、その所在を明らかにしながら、大陸を渡り歩き、最後には暗殺される。
竜戦士タージュタージェは、民達が国を出て敵の包囲網を脱したことを見届けると、そのまま兄王の待つ王城へと引き返したが、その時にはすでに城に生きた者は一人もなく、闇聖王トゥラースも魔界へと堕とされた後であった。
こうして、闇の王国ツァルガは滅びたのだが、それでも再び王国が蘇ることを恐れ、人間達は聖なる武器に宿る最後の魔力を利用して、民と大地に呪いを施したのだった……。