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レクサンドラ -闇の章-   作者: 桜餅 大福
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13:《情報局》


 自由人の王国ガラールという国がある。

 そこは三百年ほど昔、ガラールという名の青年が建国した王国である。

 レクサンドラ大陸に住まう者は主に七つの属性の力を帯びている。光、火、水、風、土、時、そして闇。そのためそれぞれの属性の王国も存在している。六百年程前に滅びた闇の王国を除けばであるが。

 属性はそれぞれの血で受け継がれ、その中でも王族ともなればより強い属性の力をその身に宿し、またその力は色となって身体に現れる。光の王国の王家ならば金の髪と金の瞳、風の王国の王家ならば青銀の髪に青い瞳、といったように。

 ガラールは光の王家に生まれた異端児であった。父親が光の王国エリルの国王であったが、母親は水の王国から嫁いだ側室であったのだ。違う属性の夫婦の間に生まれた子供は、どちらか片方のみの属性を受け継いで生まれてくるのが通例だが、まれにその両方を受け継いで生まれたり、また、どちらの属性も受け継ぐことなく生まれてくる子供が存在する。

 両親ともに王家の人間であるガラールは髪は濃い光の力を持つ証の金、瞳は濃い水の力を持つ証である水色の瞳で、光と水と、二つの強い属性をその身に宿していることが一目でわかる姿をしていた。

 だが彼は光の王国の王子ではあったが混血のために王位の継承権は認められず、年若い頃から国を出て、自分と同じような混血であったり、属性を持たずに生まれたために虐げられていたもの達のために、安住の地を求め旅をし、ついには遥か昔に滅びた闇の王国ツァルガの大地へとたどり着いたといわれている。

 その大地は闇の一族には呪われた地であったが、そうでないもの達にとっては冬は寒さが厳しいとはいえ、実りの多い豊かな大地であった。

 ガラールはその地に自らが引き連れてきた人々とともに移住を決めたのだが、その大地は一匹の巨大な竜に守られていたという。そのため、彼は仲間とともにその竜と戦い、滅ぼすことでツァルガの大地に住まうことを許されたといわれている。

 のちにガラールは自らのもとに集まったもの達とともに国を作り、彼はその国の王となり、国はガラール王の名をとり「ガラール王国」となった。いつしかその国民は属性にしばられない「自由人」と呼ばれ、王国もまた「自由人の王国ガラール」と呼ばれるようになったのであった。

 建国の由来とその名前の通り、属性に縛られた国々の中にあって、ガラール王国は唯一様々な属性の住人が住み、また属性を複数持つもの、属性を持たないもの、さらには人間でもない種族のものなど、ありとあらゆるもの達が存在し、また差別などもなく生活をしていた。

 そんな王国のなかにあっても、ひときわ異彩を放つ存在があった。

 それは王都の郊外に建つ一軒の屋敷。民達には「人形屋敷」と呼ばれるその屋敷は、「人形が動くのをみた」とか「しゃべる人形がいる」等と噂される、「人形遣いソリフェラムの屋敷」であった。だが、それはあくまでも王都の住人達に噂されている内容で、一部の人間からは「情報局」とだけ呼ばれる、かなり特殊な場所であった。

 ガラール王国のなかにあっても自治を許され、ガラール王国のみならず、大陸のどの国家からの影響もうけず、支配されることもないそこは、大陸中のありとあらゆる情報を一手に集め、それ相応の対価でやり取りも行っているという。やり取りされる情報は様々で、一介の冒険者と呼ばれるもの達が個人で求めるものから、国を揺るがす程の内容のものまで。とにかく様々な情報を、「情報局」という組織の主である「ソリフェラム」は握っていると言われているのであった。


*****


「ようこそ、情報局へ」

 にっこりと微笑みを浮かべてそういったのは、一人の美しい青年であった。

「……妖精族?」

 歓迎の言葉を受けてそんな呟きをこぼしたのは、白銀色の髪と琥珀色の瞳をもった女性……ユキであった。幼い頃にこの大陸から他の大陸へと連れ去られ、最近ようやくこの生まれ故郷ともいえる大陸へと戻ってくることができた彼女は、彼女を救いだした人物につれられ、この場所を訪れていたのだ。

「ああ、彼は大変珍しい色をしてるけど、「妖精族」で間違ってないよ」

 そう答えたのは、彼女をこの大陸へと連れ戻したものの一人であるロス。反対の隣には子供の姿の黒い魔導士羯羅(から)が立ち、一度ユキの視線を受けたために、ロスの言葉は正しいというように小さく頷く。ユキの小さい頃に教えられた知識からすると、この大陸の妖精族は人間の王家と同じように、その属性を表す髪と瞳の色をしているはずであったが、今彼女を迎え入れるような言葉を口にした青年は、人間よりも少しだけとがった耳に人並外れた美しい容姿という点では妖精であったのだが、琥珀色の髪と紅玉石のような瞳という、妖精族ではあり得ない色合いをしていたのだ。

「はじめまして、ユキ。私はこの館の主人、ソリフェラムと申します」

 事務室なのか、本棚に囲まれたその部屋の窓際に置かれた机の傍らから彼女達のもとへとゆっくりと歩き、ユキの目の前まできて白い手を差し出してくる。

「はじめまして、ソリフェラム。貴方がいろいろと手を尽くしてくださったお陰で、私はここへ戻ってこれたのだと聞いています」

 ありがとう。


 差し出された手を握り返し、感謝を込めてそう言えば、目の前の美しい妖精はにこにことした表情にさらに深い微笑みを浮かべる。

「いえいえ。お役に立てて何よりでした。あと、私の事はどうぞ「フェラム」とお呼びください。「私の事」を知っている方々はみなそう呼んでいらっしゃいますので」

 胸に手をあて、ゆっくりと頭を下げる妖精に、ユキは小さく頷く。

「わかった、フェラム」

 と。

「ところで、ロス」

 一通りの挨拶を済ませたあと、不意にフェラムはユキの傍らのロスへと視線を向けた。

「なんだい?」

「あなた方闇の一族の血筋はこの大地では「呪い」を受けるでしょうが、私の館といいますか……私の力の及ぶ範囲でしたら影響を受けませんので、ここを拠点としていただいても構いませんよ?」

 彼はユキ達の身の上や性質をある程度理解しているらしいうえに、六百年も続くような聖王の魔力によって施された強力な呪いを、自らの力が及ぶ範囲でなら無効にするという。

「……フェラムの力はどこまで強力なんだ」

 驚きの色を隠さずにロスが言えば、フェラムがにこりと微笑む。

「いえいえ、そこの羯羅(から)も力を貸してくださいますし。大したことではありませんよ?」

「羯羅が?」

部屋に置かれた来客用のソファに座ってくつろぎ始めた、黒髪の魔導士の少年をみていうフェラムであるが、ここへ来てこの二人が会話を交わしたという姿をみていないロスは、いぶかしげに言う。

「お前達のことはどうでもいいが、ユキに影響が出るものは取り除く」

 姿に似つかわしくない大人びた口調でいってのける。

 相変わらず行動の基準がお気に入りのユキであるこの魔導士の実力を、ロスも十分に思い知っていたので、それ以上なにも口にすることはなかった。知らないうちに目の前のフェラムと他人には聞こえないように意思の疎通をしていても、全く不思議ではない。

「では、しばらくここに厄介になる……?」

 疑問符をつけてユキが訪ねれば、隣で羯羅が

「しばらくどころかずっとでも平気だぞ」

と付け足してくる。

「羯羅、それは館の主の判断することだろう?」

 自分の家でもないのにさすがにおかしいぞ、と傍らの少年に注意するように言うユキであったが、それを否定したのは彼女が言うところの館の主だった。

「かまいませんよ、ずっとでも」

 と。相変わらずのにこにことした表情であった。

「フェラムがいうならいいんだが」

 すんなり頷くユキ。


 いや、それはちょっと違うんじゃないか?

 と、口には出さずに思い浮かべるロスであった。


*****


 情報局と言われた組織は、大陸中の情報を一手に集めるといわれている場所なので、どれだけ巨大な組織かと思われていたが、実際にその中心となる屋敷をみてみれば、古く大きいとはいえ普通の屋敷なうえに、住人はフェラムという妖精ただ一人だと言う。

「ここは、不思議な場所だな」

 窓から屋敷の庭が眺められる広々とした部屋で、床に敷き詰められた毛足の長い絨毯に直に座り込み、いくつかおかれている巨大なクッションに埋もれながら、ユキがそう呟いた。

「そうか?」

 短く答えたのは同じように別のクッションに座っている羯羅。その膝のうえに子供の彼よりもさらに小さな年頃に見える「人形」をのせている。

「そうだぞ? その証拠に人形が動く」

 少しだけ不服そうに言うユキは、羯羅の膝のうえにいる人形の頬をつんつんとつつく。すると、人形であるはずのそれが、頬をつつかれたことに眉を潜め、小さな手のひらでユキの指を押し退けようとする。

「やめろー」

 と、声まであげるのだ。じたばたと足を動かす動作もつけて。

「人形が「生きている」のが珍しいか」

「珍しいというか、はじめてだな。まあ、かわいいとは思うが」

 そういうユキの膝のうえにも、先程からもう一体、羯羅の膝の上の人形と同じ年頃の人形がのせられている。羯羅の膝の上の人形よりはおとなしいそれもまた、「生きた」人形で、ユキと羯羅と自らの仲間であろう人形のやり取りを多少心配そうな表情を浮かべつつ、見守っている。

あれ(フェラム)が、人形遣いといわれるのも、これら(生きた人形)のせいだな」

 羯羅が二体の人形を指して言う。

 この館に住人はフェラム一人と思われていたのだが、実のところはこうした「生きている人形」が何体か存在していた。彼らも住人と数えるのであればなかなかに賑やかな館かもしれない。

 今ユキが抱えている人形が「リデル」、羯羅の膝の上の人形が「ラウリー」といい、双子であると言う。その姿はこの館のなかで一番小さな幼児の姿であるが、二人はフェラム(マスター)お手伝い(秘書)を自負しているようであった。

「そう言えば、ロス兄さんはどこに?」

 あと二時間ほどでお昼というこの時間になっても、朝から一度もロスの姿をみていない事を思い出して、ユキがそんな言葉を口にすれば、彼女の足元から黒い影が広がり、そこから十三~四歳程の黒目がちな少年……ダークが静かに姿を表す。

「ロスなら、フェラムと一緒に大神殿までいってるよ」

 そういいながら、ユキの影の中からその小柄な体をすべて出すダーク。

「大神殿?」

 影の中から現れるのはいつもの事なのか、ユキはそれには驚かなかったものの、大神殿という聞きなれない言葉にいぶかしげに問い返した。

「うん。王都にある神殿は大陸にあるソウル神の神殿の中でも重要な場所らしくて、大神殿と呼ばれてるらしいよ?」

 最後に首をこてんと横にかしげて言う姿は、まだ少し幼さが残るように見えるが、彼が持つ技能と力とがその見た目からは想像できないほどのものだと言うことを、実際に助けられたユキは知っている。そしてそんな彼が唯一の(あるじ)であり忠誠を誓う相手()が自分であると言うことも、助け出されてからの数日で彼自身とロスから「闇の王国の歴史」とその性質とともにしっかりと教えられたために理解している。

「ダーク、出てきても平気なのか?」

 普段決して他人に姿を見せない彼に、そう問えば、彼はお茶を入れるつもりなのかティーポットを片手に持ったままにこりと笑って振り返った。

「羯羅には今さらだし、王を救う前にロスにつれられて最初にここに来たときから、なぜか知らないけどフェラムにはばれてたんだよ。それにこの子達は人形だし生きてはいても「人間」じゃないしね」

 もちろん、他の誰かがいたなら出てこないよ?

 どこから取り出したのかいつのまにかローテーブルの上にはラウリーとリデルの分も含めたティーカップとソーサーが四客が並んでいて、ダークは楽しそうにそこへと紅茶を注ぐ。かいがいしく主の世話をやけるのが嬉しいのか、もとよりこういった作業が好きなのか、それともそのどちらともなのか……とにかく鼻唄でも混じりそうなほどにご機嫌な様子のダークをみやり、ユキは「なるほど」といいつつ頷くしかなかった。

 ロスは小さい頃に出会っているとはいえ、常にどこかへと旅に出ては、たまに村に帰ってくると言うのを繰り返していたために、同じ村で長い間一緒に暮らしたと言う記憶はなく、ダークと羯羅に関してはセジアスで助けられた時に出会ったばかり。なぜ彼等が自分によくしてくれているのかはよくわかってはいないものの、その気持ちが嘘ではないことはわかるので、心地よくは感じているし、信頼もしていた。そして彼ら三人が今まで自分が育ってきたなかでの常識で考えれば「普通ではない人」に当てはまることに、最近ようやくなれてきたというか、それが当たり前のように思うほどには慣れてきたユキであった。

「大神殿……、なんの用なんだろうな? ロス兄さんはソウルの熱心な信者だったのだろうか?」

 子供の頃に教わった信仰がそのまま根付いているので、信じる神はこの大陸の宗教の主神であるソウルであるが、彼女自身に厚い信仰心があるかといわれれば、そういうわけでもなかった。だが、ロスは違うかもしれないと思い、そんな疑問を口にすれば、膝の上の「リデル」が口を開く。

「ロスは大神殿の神官長に呼ばれたんだよ? ほんとはユキに話がきたけど、ひとまずロスが確認をしてくるって」

「え? 私に?」

 思わぬところで出た自分の名前に、そう問い返せば、今度は「ラウリー」が言う。

「うん。神殿にでっかいふーいんがあって、そのふーいんが「月」と関係があるんだってゆってたゾ!」

 と。

「月が私の事だとして、二人はそれを私に言ってもよかったのか?」

 二人の態度があまりに無邪気すぎて、そんな心配をしてしまうユキであったが、二人はお互いに見つめあったあとににっこりと笑って自信ありげに「大丈夫!」と言う。

「どのみち、あとからユキもいくことになるはずだから!」

 胸を張って言うラウリーにうんうんとうなずくリデル。

「また、封印をとくのかな?」

 小さい頃に自覚のないままロスの封印を解いたという前科があるので、ユキはそんな風に呟く。

「でも、なんの封印なんだろうね?」

「ダークも聞いてないのか?」

「うん。でも聞く限りでは「闇の一族」関連なのかな?」

「それは私も思う。場所もここはもともとツァルガの大地だし」

 今現在絶賛教育中の歴史やら何やらを思い起こしてそう答えたユキ。場所がツァルガで、「月」と関係がある封印というのだから、まず間違いなく「闇の一族」に関係するものなのだろう。だがそれでも、知識を詰め込む途中のユキにも、また、過去の歴史を体験していない、六百年の間に文献でしか伝えられてこなかった歴史しか知らないダークには、その「封印」が何の封印なのか、皆目見当もつかなかった。

「なんの封印なのか……」

 気になると言いたげに、もう一度呟けば、今まで静かだった羯羅が少しだけ眉をあげてぼそりと呟く。


「たしかに、封じられているな。……暑苦しくてでかいのが」


 と。


「羯羅?」

 それはいったいどういうことだ?

 と、問い詰めるように名前を呼ぶユキであったが、羯羅はそれには答えずに、ダークに渡されたティーカップを受け取り、しずかに口へと運ぶ。

「暑苦しくて、でかいの?」

 なにそれ……。

 ダークもまたそう言葉をこぼすが、そのすぐあとに別の事に気づいて慌てたように羯羅をみやる。


「まって、まって。封印わかるの? 何が封じられてるとか、全部わかるの?」

 驚きの隠せない言葉であったが、羯羅はそんな彼を一度だけ見やったあと、ふっと小さく笑って言う。

「俺にわからない事などないぞ?」

 と。

 それを教えるかどうかはまた別のはなしだがな。

 その言葉に、ユキとダークにしばらくの沈黙が訪れた事は言うまでもなかった。



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