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レクサンドラ -闇の章-   作者: 桜餅 大福
12/14

11:《魔導士・前編》

今回ちょっと短め。

その分次回が長い。


 冷たい牢の中。

 胸への焼印の酷い火傷と、深く傷つけられた肉体への影響により、ロスとダークが駆けつけた時、ユキはひどく危険な状態であった。身体はぼろぼろで、命も危うい状態であり、精神的な衝撃も大きく、彼女は心も体も弱り切っていた。


「もっと、早く見つけてやることができていれば……」

 そんな思いがロスの心にも、ダークの心にも浮かんだが、今はそれよりもまずロスの治癒の魔法すら受け付けない程に衰弱しているユキを、この忌まわしい場所から救うのが先決だと判断し、彼らはユキを城の地下から連れ出そうとした。


 だが、そうそう全てがうまくいきはしなかった。

 ユキをこのような目にあわせたのは、「賢女」と誉れ高く、また嫉妬深い王妃である。彼女は万が一、ユキが逃げ出すということも考えて、見張りやユキ自身の状態にその注意を細かく向けていたのである。

 そのためにロス達が忍び込んだという異変はすでに王妃に感づかれ、彼女はユキを連れだしたロス達を待ち受けていた。

 地下からの出口は、城のほぼ中央に位置する、広い中庭にあった。セジアスの王城の中庭は石を敷き詰められていて、その壁際にだけ花壇が作られているというものであった。

 そんな場所にようやく出てきたロス達は、そこで彼らを待ち受けるように立つ、いくつかの人影をみやる。

「やはり、ただでは通してはくれないか」

「だから、別の道を行こうって言ったのに」

「いや、どちらに行っても同じだっただろうさ」

 ニ人でそんな言棄を交わしつつ、中庭へと完全に姿を現せば、彼らを待つ人影の中から一人の女性が歩み出た。

「……その罪人をどちらお連れになるおつもり?」

 冷ややかに響くその声に、二人共が眉を顰めて鋭い視線を向ける。

「……本来あるペき場所に。本来たどるべき道に」

 ロスが答え、ダークがゆったりとした動作で、戦闘態勢に入る。

「あら。その女は、このまま王家の奴隷として、死ぬまでこき使われる運命にあるのよ」

 今更、在るべき場所とは……。

 などと言って、甲高い声で笑う彼女であるが、ロスがその笑い遮るように一喝する。

「だまれ。ユキは、我らには希望の光。貴様のような薄汚い心の者に、かしずくことはない」

「わたくしに向かって、そのような言葉を向けるとは……。それに、その女が希望の光とは。おかしな事を言う……」

 再び笑い出す王妃。

 そして、その笑いとともにロス達を取り囲むように、いくつかの人影が移動してくる。その人物達は、そのロ々に呪文を詠唱し始め、目の前に巨大な魔法陣が浮かぶ。

「……これは……召喚魔法か?」

 辺りに充満しはじめた魔力と気配とを察知してロスが呟けば、浮かび上がった魔法陣から、黒い影がいくつも生まれ出す。それが、魔法によって召喚された化け物であることが、二人には一目でわかってしまう。

「……ちょうどいい……。死んでおしまいなさい」

 その声が聞こえた時には、ロスもダークも、襲いくる化け物の鋭い爪を避け、その場から駈け出した所であった。


*****


 セジアス王国の王都アージスの端には、セジアスの他二国の、併せて三国にまたがるほどのすさまじく広大な森が存在する。その森の内部は常に足を踏み入れる者を拒む結界に護られ、そうではない森の外周部には、ほかでは見ることができないような珍しい生き物や、強力な魔力を有する生き物などが暮らし、「力」を持たない人間にはとても危険な場所であった。

 さらに、森に強力な結界を張り巡らせている人物というのが、この大陸で強力な魔法の力を持つ者に与えられる「真名」を持つ者達のなかでも、最も魔力の強い魔法使いであると言われ、人間たちはずっと昔からこの森を「魔の森」と呼んで畏れてきていた。


 今。

 その誰もが恐れ、好んで立ち入ることのない森の中に、三人の人物が足を踏み入れていた。いや、正確に言うのなら、足を踏み入れたのは二人であり、もう一人はそのうちの一人に抱きかかえられている状態であった。

「はぁ、はぁ……。逃げ切れたか?」

 その腕に白銀の髪の女性……ユキを抱えている男性……ロスが、荒い息を吐き出しながら、そんな言葉をぽつりとつぶやけば、すぐ後ろで背後を警戒しながら歩く少年ダークが、やはりこちらも荒い息を繰り返しながら言う。

「違う……よ。この森に入るのを「ためらっている」っぽいね。でも、「命令」が下れば、躊躇なく、追ってくると思う」

 と。

 彼らはセジアスの王城からユキを連れ出したのだが、その時に王妃に見つかり、彼女と彼女の魔法使い達によって召喚された数多くの魔物たちに襲いかかられたのである。

 なんとかユキを守りながらその魔物達から逃れ、この森までやってくることができた二人は、自分達を追ってきた気配を気にしながら、そして、この森に住んでいるといわれている凶暴な魔物達の気配にも慎重になりながらも森の奥へと進む。

 森が危険な場所であると知ってはいたが、それでも追ってくる魔物達を完全に撒いてしまうためには、この深い森の中で迷わせ、この魔力の濃度の濃い場所で魔物達の感覚を狂わせてしまうのが、適切だと思ったのだ。


 自分達もすでに歩くのもつらい程に深い怪我を負っていたし、かなり危険な行動だとは分かっていたが、それでも彼らは何とか、腕の中のユキを救いたかった。

「早く安静にさせて、適切な処置をしないといけないのに……」

 立ち止まって処置をすれば、追っ手に追いつかれてしまう。

 ダークが悔しそうに唇を噛みしめるが、同時に足をふらつかせて、転びそうになる。

「大丈夫か?」

 腕の自由は効かないものの、なんとか身体でダークが転ぶのを止めて声をかけるロス。

「あ、うん。ごめん、ちょっと……」

「……さっきの奴か? すまない。君の治療もしてやれず……。僕がもっと強力な治癒の魔法を使えたなら……」

 それならば、腕の中のユキがいつまでも苦しまなくてすむし、ダークとて魔物の鋭い牙でズタズタになった足を、引きずって歩くなんてことをしなくてもすんだのに。


「脇腹から血を流しておいて、なに言ってるの……。ぼろほろなのは、お互いさまじゃない……。僕だって、もっと大きかったら 王を抱き上げて逃げることができたのに。それよりも、もっと大きかったら……もっと早く生まれていたら、王をさらわれるなんて事もなかったのに……」

 簡単に弱音を吐いたりしないはずのダークからそんな言業がこぼれ、ロスは冷や汗の流れる顔に、苦笑を浮かべた。

「今、悔やんでもしょうがないな、お互いに。とにかく、今は追っ手を……」

 そこまで言った時、ロスはふと足を止める。それと同時に、ダークも同じように足を止め、ロスの背に自分の背をくっつけるようにして、武器を手に身構える。

「どうやら、追いつかれちゃったみたい」

「そうみたいだな」

 ぎゅっと腕の中のユキを抱きしめ、身構えるロス。すでに身体の自由はきかず、自らに残された魔力もほとんどなかったが、それでも唇に呪文の詠唱を乗せる。


『ぐるるるっっっっ』

 くぐもった獣のうなり声が、三方向から聞こえる。つまり、その数が三匹なのだろう。

「あれかなぁ……あの、猫が大きくなってて、背中からうじゃうじゃ蛇のはえてるやつかなぁ?」

 その気配に、先ほど襲われた魔物達の中で当てはまるものを思い浮かべて言う。

 無理にでも言葉をロにしていないと、身体の痛みに気がいってしまって、なかなか集中できないダーク。二人ともすでに満身創痍で、本当に戦えるのか怪しい状態であったが、魔物達はそんな事にかまうはずもなく、ただ彼らを召喚した者に与えられた「命令」を「実行する」だけである。

 そのため、今まで魔物達の姿を隠していた背の高い茂みの中から、三方向……三匹同時に、ロス達の元へと魔物達が襲いかかってくる。

「来る!」

 短く言い切って、自分にめがけて牙を剥く魔物へとダークが武器を構え、ロスが詠唱の最後の文句をロにしようとした、まさにその時だった。


 突然、ロス達の周りを取り囲むように、激しい火柱が燃え上がり、それが襲いかかってきた魔物達を三匹共に飲みこんで、火だるまにしてしまう。魔物達が痛みに荒れ狂う断末魔の叫びが、何が起こったのか理解できていないロス達の耳に届く。


「何が……おこったの?」

「そんな。あの魔物を、三匹同時に……。こんな強力な魔法を使えるなんて……」」



 誰だ?



 二人の心の中での呟きがそう一致する。

 その頃には、炎にに包まれていたはずの魔物達は完全に感え尽き、その消し炭さえ残さずに消えてしまっていた。

「……あんなに燃えたのに、森には全然影響がない……?」

 木々が燃えることも、土が集げることもないことに、魔法のすさまじさを覚えるロス。


 やがて、そんな彼らの元に、一人の男性の声が響く。


「俺の森だからな。当たり前だ」


 と。はっきりとしたロ調というわけでもないのに、脳裏に響くようにはっきりと耳に届くその声。

「あなたが?」

 先ほどの魔法を造り出した本人なのかと、瞳で問うようにロスもダークも、その声の主を見やって言う。

「もちろんだ。俺の森に、俺の許しなく、魔物を入れることは許さん」

 そう答えた人物は、大地に届く程に長い漆黒の髪をもち、二人がはじめて見るような、薄紅色に近い不思議な色をした瞳を持つ、背の高い魔導士の姿であった。しかも、長い黒髪と同じ漆黒のマントに身体を包み込み、胸元には信じられないほどに大きな紅色の宝石を飾っている。

 その身を包む魔カは強力で、ロスはその影響を受けて、思わず地面に膝を折るように座り込み、傍らではダークも、両膝を地面につく形になる。

 わずかに身体が震えているが、それはどうしても止める事ができなかった。

「貴方が……この森の「魔導士」なのか……」

 そのロスの声に、男性が瞳だけを動かして、ロスとダークを見下ろす。すると彼はほんの少しだけ片方の眉を動かした。

「ほう。ここで、「闇王家」の血筋に会うとはな……」

 ロス達の事を分かっているのか、彼はそう言う。

 しかし、ロスはその言葉に何か言い返すよりも先に、腕の中のユキを強く抱きして言う。

「お願いです、ユキを! この子を、助けてください。貴方なら……貴方程の魔力をまとう魔導士なら、この子を助ける事ができるでしょう?」

 今すぐに、治療が必要なんです。


 ユキの容態が見えやすいように、抱き直せば、男性が再び言う。

「たしかに、明日の朝には死んでいてもおかしくないな。どうする? お前達も放っておけば明日の朝には死体だが」

 その表情に小さな笑みが浮かび、ニ人を試すような視線を向ける。


 男性の言葉に先に反応したのは、ダークだった。

「この女性は僕のただ一人の王なんだ。王の命が助かるなら、僕は王を護るために、生きなきゃいけない!」

 そう言い切った。

 そして、直後、ロスもまた口を開く。

「僕も、生きたい。僕には、まだやらなきゃいけないことがあるのだから」

 と。まっすぐに目の前の男性の目を見やって、強い意志をあらわにして言う。

「生きたい」

 と。


 男性はその言葉を受けて、さらににっと笑いを浮かべ、

「よかろう」

 と、頷いた。

 そうして小さな声で、何かを呟いた次の瞬間、三人の……ロスとダーク、そしてロスが抱きしめたユキの身体は一瞬にして光に包まれ、その光の中で奇妙な浮遊間を覚えたと思った直後に、意識を失ってしまったのであった。


「……なかなか、面白い拾い物をした。 「魔眼」に「ダーク」 に……「月」か……」

 自らが魔法で別の空間へと移動させたために、三人の姿のなくなった空間をみやり、男性はゆっくりと呟いた。その瞳には知性が溢れ、全てを見透かすような光が宿り、唇には笑みが浮かんでいる。


 心底、楽しみが増えたと言わんばかりの笑みであった。



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