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レクサンドラ -闇の章-   作者: 桜餅 大福
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10:《王妃の奸計・後編》


 それは、ロスとダークとがセジアスの大地を踏みしめる何日か前の事であった。


 セジアスの王都アージスには現在、サクセス国王の姿はなかった。辺境の視察へと向かっていて、王都をあけていたのである。彼は、国の隅々まで目を行き届かせる人物であったので、よくこのように視察などのために城を留守にする事が多かった。

 その中にあって、国王のもっとも信頼の厚い近衛騎士の副隊長であり、将軍ユーサー・ファーレングロウの養女でもある「ユキ・ファーレングロウ」は、普段であるならば国王の行く先々へと共をするはずであったのだが、今回に限って、彼女は城に残されていた。


 なぜなら、王妃シルビアが「近衛の副隊長殿に護っていただけたらよいのですが」と、国王に進言したからであった。

 国王サクセスにおいても、自らの妃の言葉であれば、無下に断るわけにもいかず、結局の所ユキを城に残すことにしたのである。

 しかし、それは王妃の張り巡らせた策略の第一歩であった。


 王妃シルビアは賢女と謳われるほどに賢く、魔法をも使いこなす女性であったが、それと同時に嫉妬深い性格であるということもよく知られていた女性であった。

 ユキの方はといえば、彼女は幼い頃に兄にひどい裏切りにあい、知る人など一人もいないこのセジアスに無理やりに連れてこられたのだが、そんな彼女を救ってくれたのがサクセス王であった。そのため、彼に深い忠誠心を抱いていた彼女は、彼の王のために生きることを、心に誓っていたのだ。

 やがてその誓いの通り彼女は強く成長し、女性の身でありながら騎士となり、若くして近衛騎士の副隊長にまで昇り詰め、ゆくゆくは養父の後を継いで将軍にまでなるのでは、と噂されるほどまでになった。

 初めこそ、獣に姿を変える野蛮な者という見方をする者も多かったが、彼女のたてる武勲によって、涼流階級の者達や、貴族出身の騎士達はともかく、セジアスの民達の間で次第にその人気が高くなっていった。


 また国王サクセス自身も、幼い頃から目をかけていたユキには絶対の信頼をおいていたのだ。さまざまな噂の飛び交う王宮内において、彼女に国王の寵愛があるという噂が流れるほどに。もちろん、それは噂にすぎず、そのような事実は一度たりとも確認されてはいなかったのだが、嫉妬深い王妃が快く思うはずもなく、王妃は自らにとって邪魔者でしかないユキを、どうにか排除しようと動き出したのである。

 ユキはそんな事も知らずに、王妃の言葉を真に受け、彼女を護るために、城に存在していた。

 そして、王起は自らの部屋へとユキを呼びだしたのである。


「シルビア様?」

 部屋の中の様子がおかしいことに気が付き、ユキはそんな声とともに、部屋の中へと入っていく。すると彼女の目に、彼女が守るべき王妃が、二人の兵士に斬りつけられそうになっている姿が飛び込んでくる。

 そのため、彼女が自らの剣を抜き放ち、王妃を護るべくその兵士に斬りかかったのは言うまでもないことであった。

「王妃様! 大丈夫ですか?」

 命を奪うことまではしなかったはずだが、それでも深手となる一撃を与え、床に倒れた兵士をしり目に、王妃の元へと駆けつけて声をかければ、王妃は彼女に対してにこりと微笑んだ。

 その微笑みにユキがほっと一息ついた直後、そんな彼女の目の前で、王妃が信じられない言葉を叫ぶ。


「誰か、助けて! 近衛の副隊長が、私を殺そうとするわ!」

 と。


 国王に絶対の忠誠を誓い、彼の言葉通りに王妃シルビアを護った被女であったはずなのに、全ては王妃の仕組んだ、彼女を貶めるための策略であったのだった。

「王妃……さま……?」

 分けが分からない、というように呟いたユキであったが、次の瞬間には全てを悟って、兵士の血にまみれた自らの剣を見やった。今彼女は王妃の部屋にいて、彼女の守護をしているはずの兵士は大怪我を負っ

て床に倒れ、自分は血塗れの剣をもっている。ここで、いくらユキが彼らを斬りつけた理由を述べたとしても、王妃自身が「ユキに襲われた」と言うのなら、その言葉が正しいものになってしまうのだ。

 それを悟った彼女は、ただぼんやりと日の前で悲鳴を上げ、怖がるふりをして兵士達を呼び寄せる王妃の姿を見つめる。

「なんて、賢い人だろう……」

 やはり自分は、この人に憎まれているのだ。

 そう思い、ぎゅっと唇を噛みしめる。

 そう。なにも、今始まったことじゃないじゃないか、と、彼女は思う。

 もとより、私は誰にも必要だとは思われていないのだ。私を必要としてくれたのは、国王サクセスその人のみではないか……。

 心の中で咳き、彼女はゆっくりと目を閉じ、握っていた剣の柄を手放した。甲高い音がして、剣が床へと転がり、ユキはその音を耳にしながら心の中で呟いた。


「陛下……サクセス陛下……。どうやら、お別れのようです……」


 その日、セジアス王国近衛騎士副隊長「ユキ・ファーレングロウ」は、王妃殺害未遂の罪で捕らわれ、城の地下へと投獄されてしまうのである。


*****


「なんだって……?」

 王都につき、王城を目の前にしてロスが驚きをともに口にしたのは、そんな言葉であった。

「それは、本当の事なの?」

 呆然とするロスの代わりに、ダークが傍らで彼らにとある事を教えてくれた老人に問う。まだ少年の姿である彼だが、何故かその身にまとう気配は鋭いものであり、いくらか瞳に怒りを浮かべていたために、老人は少ししどろもどろになりながらも言う。

「嘘なものか。近衛の副隊長様は、何日か前、王妃様を暗殺しようとして、捕らえられたのじゃよ」

 と。


「心配した通りじゃないか」

 鋭く舌打ちして、ロスが苦しげに言う。

「……で、今、捕まった副隊長は、どうなってるの?」

 ダークがさらに問えば、息子が城の騎士だというその老人は、小さな声でダークに耳打ちする。

「なんでも、城の地下に監禁されているらしいんじゃ。全ての者がその場所への出入りを禁止されていて、王妃様か重臣でしか、出入りしてはならんと言われておるらしい」

「国王にそのことは?」

「さあな、まだ、届いてはおらんじゃろ?」

 何しろ陛下が今おわすのは、遠く離れた国境の町だからなぁ。

「わかったよ。おじいさん、ありがとう」

 老人の掌に金貨を一枚握らせて、ダークは呆然としているロスの袖を引っ張りながら、その揚を後にする。ひとまず宿を取り、その一室へと入った二人は、自分たちが聞かされた情報を整理し、相談を始める。

「僕の王を……地下室なんかに閉じこめてくれるとは……」

 先程まではロスの代わりに質問をするなど冷静さを見せていたダークであったが、人目を気にしなくてもいい場所に入ったとたん、ふつふつと怒りがこみ上あげてくるといわんばかりに、両手を握りしめる。

 そして傍らのロスもまた、彼と同じように怒りに満ちた瞳で、窓から見えるセジアスの王城を認み付けている。先程の老人の言葉に、嘘などないことは彼の魔眼をとうしてみることで、わかっていた。


「やはり、何がなんでも、連れ帰らなければな」

 こんな揚所に、ユキを置いておくわけにはいかない。

 そう言業を漏らすロスに、ダークは黒目がちな視線を送り、言う。

「どうするの? ひとまず、僕がその居場所を確認してこようか?」

「いや……今夜、僕もともに行こう。城の地下なのは確かなのだし、それに、一度君を確認に出させても、もしユキを発見したとしたら、君は僕の所まで報告に戻ってきてくれるのかい?」

 振り返って、行動を共にし始めてからもうかなりになる相棒を見やれば、その顔は少しばかり凶悪さを含む笑みを浮かべて見せた。

「……多分、戻らないと思うよ」

 と。

「だったら、先に行かせる意味がないだろう? ……とにかく、夜になるのを待とう。行動するのは暗くなってからの方がいい」

「そうだね……」

 言葉ではそう締めくくる二人であったが、本当であれば二人とも今すぐにでも、目の前の城に乗り込み、地下に捕らわれているというユキの元へと駆けつけたくて仕方なかったのである。十年も探しつづけた人物が、今苦境に立たされているというのだ。しかも、おそらくは彼らが初めから危惧していたとおり、王妃の策略にはまったのだろう。


 もとより、ユキが本当に「王子殺害未遂」などという事件を起こすなどと思っていない彼らは、ユキを陥れた者達に対する怒りを心に抱きつつ、はやる心を抑えつつ、夜になり月が天空へと昇るのを待ちわびるのであった。


*****


「わたくしは、お前が大嫌いなのよ」

 王城の地下の一室。拷問部屋とも呼ばれる部屋で、ユキは手足、そして首も鎖につながれて、屈強な騎士達に両脇を抱えられて立っていた。

 この地下へと捕らわれて数日。彼女は何度かに渡って拷問まがいの暴力を繰り返し受け、身体がいたるところに痣や切り傷ができ、輝いていた白銀の髪は地下の埃と自らの流した血にまみれ、その美しかった顔も頬を何度か殴打されたことにより、色を変えていた。


「シルビア王妃……さま……」

 切れた唇からこぼれたのは、先程の言葉を自分に向けた人物の名前だった。そして、自分をこのような状況に陥れた張本人でもある。


「気安く名前を呼ばないでほしいわね。お前のようなどこの馬の骨ともわからぬ者が、一国の王妃の名を呼んでいいものではなくってよ」

 数人の兵士に守られるようにして立ちながら、王妃はきつい視線をユキに向けて、そう言い放った。そして、すぐ近くまで近寄ると、ユキの周りに控えていた騎士に指示をだすように視線をやる。すると騎士は主の意志に応えるために、鎖でつながれたユキをその場に跪かせ、頭を床へを押し付ける。


「いいざまね。もともと、お前が我が王の元にあるのが、おかしな事だったのよ。奴隷も同然にこの国に献上されたのだから、それ相応の扱いを受ければいいものを……」

 輝かしい王の傍らに、お前のような野蛮な獣がいるなんて、許せないわ。


 憎々しげに言い放って、王妃は近くの騎士に向かって、すっと手を差し出す。

 そのために、何人かの騎士がユキを取り囲む輪から消え、ユキはそれを訝しげに見やる。

「気になる? 今からね、お前はもとから王家の奴隷だと言うことを分からせてああげるのよ。獣はその身体に教え込まないと、覚えないでしょう?」

 紅く潤った唇で紡がれたその言葉が終わる頃には、彼女の元へ赤い炎が燃え上がる鉄の箱が運ばれ、シルビア王子はその炎の中から長い柄を覗かせている「なにか」を、手に取った。


「これが何かしっていて? これは、サクセス様が奴隷制度を廃止する以前に、この国で実際に使われていたものよ?」

 少しだけ持ち上げ、その先端をよりいっそう熱くするためにか、赤い炎の中でそれをなんどかかき回している王妃。

 ユキはそんな王妃に不吉なものを感じて、なんとか拘束を解こうとするが、周りの者にさらに強く抑え込まれたかと思うと、その直後には強く腕を引かれ、王妃の前に膝立ちにされる。

 両腕は騎士に掴まれ、脚につながれた鎖はその先をほかの騎士が握りしめている。首につながれた鎖もまたユキの背後に騎士が強く引っ張っているために、自然と上体が反り、顔も上を向く。そのため、彼女はいやおうなく、王妃と見つめあう。

 にやりと、王妃の唇が笑みを形作った。


「さあ、覚悟なさいな。お前は、王家の奴隷となり果て、もう二度とサクセス様にその姿を見せることなどできなくなるのよ」

 王妃の手に握られているのは、奴隷達に王家所有効の証を刻み込むための「焼き印」であった。彼女はそれを手にして、ゆっくりとユキの元まで歩み寄ると、傍らの騎士が身動きの取れないユキの胸元の服を掴み、引きちぎる。白い豊かな胸元の肌があらわになり、一度そこを撫でた王妃は、直後、ためらうことなく、手にしていた焼き印を、その肌に押しつけたのであった。


「うぁぁぁっっっ!」

 ユキの叫びと共にじゅっという肉の焦げる音がきこえる。

 鋭い熱さと痛みとに頭の中が真っ白になり、とにかくその苦しみから逃れたくて、ユキは手足に力を込めるが、屈強の騎士が数人がかりで抑えつけられている身体は動かすことができなかった。


「あぁぁぁっっっ」

 ぐいと、押し付けられた焼印であったが、それが離されていく時にも、肉がえぐられるような痛みを伴い、ユキはさらに声を上げるが、完全にそれが離されてしまえば、彼女を拘束する騎士の手を離れ、ユキはどさっと音を立てて床へと倒れこむ。

 ぴくりぴくりと、身体が痙攣を起こすが、ユキにはそれをどうすることもできず、ただ床に転がり、痛みをもつ胸を抑えることもできずに、それをこらえることしかできなかった。


*****


 月の光が、冷たい地下牢の高い位置にある小さな窓から差し込んでいる。

 その光をまるで避けるかのように、一人の女性が身体を丸めてうずくまっている。もとは白銀であろう髪は血で汚れ、その服もいたるところが裂けたり血が滲んだりで原形をとどめておらず、その場所から見える彼女の首や足首には黒く太い鎖が巻き付いていた。


 今、二人の男性が……ロスとダークがその光景を目にしてはっと息をのんだ。

 二人は夜中になるのを待ち、王城へと忍び込んできたのだ。

 普通ならば、そんなふうに簡単に忍び込めるような場所ではなかったが、ロスは見張りの兵士達を眠らせることや、自らの姿が見えないようにすることなどが魔法を使えるために朝飯前であったし、ダークにいたっては、生まれでからずっと「暗殺者」としての教育をたたき込まれているので、こういった増所に忍び込むことは造作もないことであった。

 そんな二人が急いでむかった地下室の一番奥の牢の中に、目的の人物はいた。


 うずくまっていることで床に流れてる髪は、血と誇りにまみれているとはいえ、間違いなく闇に浮かび上がるような白銀で。


「……ユキ……」

 そんな風に呼んでみても、うずくまる女性がなんの反応も見せないことに、ダークが眉を撃める。


「血の匂いが濃いよ」

 その言業にロスも眉を顰め、牢屋を開けようとするが、鍵がかかっているのを見やって、小さな呪文を唱える。そうすることで、鍵を使わないのにかちゃりという音がして、牢の入り口が自然と開く。

「ユキ!」

 見張りにに感づかれない程度にその名を呼び、二人で女性に駆け寄るが、あと数歩の所で二人は女性の異変に気づく。

「ユキ!」

 悲痛な声がロスの口から発せられ、グークがその傍らからさらに駆けよって、女性のすぐ傍らに膝を折る。

 その女性は、確かにユキだった。日が閉じられていて、その瞳の色が琥珀かどうかを確かめることはできなかったが、それでも大人びた美しいその顔は、幼い日のユキの面影をしっかりと残しているのだ。

 けれどロスは、その懐かしさを喜ぶ事ができなかった。

 牢の中でうずくまっていた彼女の胸元には、酷く焼けただれた跡があり、首には顔によってできた傷から血が流れている。身体にはいくつも怪我を負い、首と手首足首に鎖を巻かれていた。ぐったりとして浅い呼吸を繰り返す彼女の意識は、完全にうしなわれている。

「ユキ」

 もう一度名を呼んで、ロスがユキの上体を起こし、何度か揺らしてみせれば、ようやくゆっくりと、女性のまぶたが持ち上がり、ぼんやりとした琥珀色の視線がロスを見上げる。

「王……」

 傍らでダークが、ようやく見えることができた自らの王の、あまりの酷い状況に眉を顰めてなくそうな顔をする。

 そんな中で、女性が……ユキが、何度か目を瞬かせて、かすれた声を発する。


「ロス……兄さん……? ……夢……?」

 震える手を差し出して、その存在を確かめようとする彼女の手を、ロスはぎゅっと握りしめる。

「ユキ! 夢なんかじゃない。僕だ。ロスだよ、ユキ!」

 そう言ってやれば、ユキの瞳に涙が溢れる。

「ああ……兄さん……」

 と。

 その声にしっかりと頷いてやれば、ユキはロスの胸に顔を埋め、その衣装をぎゅっと抱きしめる。

 そんな彼女をロスはしっかりと抱きしめ、ダークは胸を押さえて切なげな表情で見つめていた。




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