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レクサンドラ -闇の章-   作者: 桜餅 大福
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9:《王妃の奸計・前編》


 レクサンドラ大陸には七つの王国が存在している。

 光、火、水、風、地、時、の六つの属性それぞれの王国と、三百年ほど前に、呪われし闇の王国ッァルガの大地に降り立った勇者ガラールが、王となって創り上げた「自由人の王国ガラール」である。その七つの王国の中で、大陸の外の世界と交易のあるのは、二国、いや、一つの都市 と、ある一つの 「組織」であった。

 それは、風の王国ジルグの端に存在している商業都市 「ハイラン」と、自由人の王国にその本郎が存在するという「情報局」という組織であった。

「ハイラン」は、その「商業都市」という言葉が意味するとおり、商業を行う者達が集まってできた都市であり、その利益のためであるならば、まだほとんどその真実の姿が伝えられていない、大陸の外の世界の都市との交易にも、躍り出るような場所であった。


 そして、もう一つの「情報局」であるが、 これは大陸全土のさまざまな情報を一手に担う場所であり、しかも個人の機関であるという噂がたっている。その本質はいまだに謎が多いものの、「情報局」の提供する情報には様々なものがあり、しかも正規の手続きを踏み、 情報に見合った金を積めば、いかなる情報をも信頼をおけるだけの機密さをもって、手に入れる事ができるという。

 大陸の中でも異質さを誇り、どの国家にもかしづくことないその組織は、また、どの国家にも届しない程の「カ」を持っているらしく、人々にその存在すらあまり信じられていない大陸外への世界の事も、ある程度知識として得ることができ、しかもその場所へと向かう「船」をも、独自に出す事ができるという。


 今、二人の男性が「大陸外への船」に存在していた。それが、どちらの「船」かといえば、後者の方……「情報局」のカによって用意された船であった。

 一人はまだ少年だと言えるほど若く、黒目がちなせいか幼さを残しているように見える、癖の強い黒髪を長く伸ばし一つにまとめていて、一見したところ少女と間違えそうでもある。もう一人は、見ただけで男性と分かるほどの体格を持ち、背も高い。少年よりも遥かに年上だと思われる背年であった。やはり、こちらも長い黒髪で、前髪が左目を隠す程にのばされている。

 お互いにレクサンドラ大陸の中にあっては、大変珍しい「黒い瞳」を有する、「闇の一族」と呼ばれる者であったが、今、彼ら二人だけのために用意されたこの「船」の上では、そんな事を気にする者は、誰一人として存在しなかった。

「ロス……もうすぐ、「着く」って。ハリさんが言ってた」

 少年のほうが甲板に姿を現して、ずっとそこにたたずんでいた青年に向けて、そう言う。ハリというのは、その船の副船長の男性の名である。


「ダークか。そうか、やっとつくのか」

 少年をそう呼び、ロスと呼ばれた青年はやれやれと呟きながら、大きなのびをする。静かに進む船の周りは出向してからずっと霧に包まれていたために、目指す大地が近づいたことを目で確認できることはかなわなかったが、それでもこの船を操る人物の一人が言うのだから間違いはないのだろう。

「うん。やっと、だね」

 ふう、と、小さいため息をついて、ダークと呼ばれた少年もまた、のびをしてみせる。

「長かったね」

「そうだな」

 船の旅の事をさしているのか、そんな会話を交わした二人であったが、ふいに二人共が、その表情を真剣なものにする。

「外の大睦から来たというう男動の話と……」

「僕が調べた、過去の「ハイラン」の積み荷の資料が正しければ……」

 お互いに頷きあい、船の先端のさらに先にあるであろう大地に目を向ける。

「ユキは「セジアス」にいるかしれない」

 ロスが言い、ダークが「うん」と頷く。


 二人は、もう十年も前に連れ去られた、一人の少女を探している。いや、浚われた時点で少女であったのだから、今はもう、女性言える年頃となっているだろう。


 生きているのなら。


 その少女は、闇の一族の伝説において、いつか散り散りになった一族を率いて、「聖王となる」と言われている「月」と呼ばれる存在であった。ロスにとっては、封印されている彼の最愛の存在を、封印から目覚めさせる事ができるかも知れない存在であり、ダークにとっては、闇の一族の「王」にのみ「忠誠を誓う彼にとっての、唯一の「王」である女性であるのだ。

 だからこそどんな苦難があったとしても、彼女を探し出さなくてはいけないのである。

 すでに、ロスは十年もの間、大陸中を巡って彼女を探したのだが、見つけることができなかった。けれど、一か月前に情報局からとある情報が彼のもとにもたらされた。レクサンドラ大陸の外の大陸からやってきたという男が、

「俺の故郷の隣にある「セジアス」という国には、「白銀色の豹」に姿を変える女騎士が国王に仕えている」

 と、語ったという情報であった。


 その男の故郷では動物に姿を変えるような人間は大変珍しく、しかも大変高値で売り買いされるらしい。そのため、男もレクサンドラ大陸にはそんな存在がいると聞いて、危険を冒して海を渡ってきたのだという。

 彼がいう「獣に姿を変える者」とは、おそらくは闇の一族の事であろう。闇の一族は六百年前にかけられた呪いにおいて、その身を獣の姿に変えてしまうのだ。もちろんそれ以外にも「獣に姿を変える」一族はいると言われているが、それらは滅びたと言われている闇の王国の末裔よりもさらに少なく、その存在すら伝説となっているような一族であった。


 ロス達が探す「ユキ」という女性もまた、闇の一族には変わりないため、その姿を獣に変えることができる。しかも、彼女は「月」である証のように、白銀色の髪と琥珀の瞳を有していて、「白銀色の約」へと姿を変えることができたのである。

 だからこそ、ロスは男が語ったというその「白銀の豹」へと姿を変える「女騎士」が、もしかしたらユキではないかと思ったのである。

 その後彼は情報局に依頼し、男の出身国のことや、 隣の国だという「セジアス」の事、その王に仕える「女騎士」のことなどを、なるべく詳しく調べてほしいと依頼し、彼とともにいたダークは、彼女が大陸の外へと出たかも知れないと仮定し、そうしたことができる組織を調べて回ったのである。

 といっても十年前の時点でも、大陸の外に出る船は、情報局かハイランのものしかなく、情報局はそのような人物は乗せていないというため、彼は「ハイラン」から出ている船の記録を調べたのである。


 そこで、彼は一つの記録を見つけたのだ。

 十年前の商業都市ハイランの記録の中に、「白銀の豹を、ルール王国へと友好の証として送る」という文を。だからこそ、その「積み荷」がおそらくは、彼らが探している「ユキ」なのだろうと、確信するにいたったのである。


「……大陸中を探しても、いないはずだ……」

 ため息混じりにロスが呟けば、ダークがその傍らまで近づいて、そっとロスの衣装の袖をつかんで引く。

「仕方がないことだよ。ロスだって思ってなかったんでしょ?」

 そう問われ、ロスは小さく頷いた。

「そうだ。ウォルシドは、ユキのことを溺愛していた……。だからこそ、ユキを殺すはずがないと思っていたし、また、自らの側から手放すはずがないと、思っていたんだ」

 どうやら、それは見当違いだったようだ。


 悔しそうに言い募るロスに、肩を嫉めるダークであったが、そんな二人の元に新たな気配が近づいてくる。それは、彼らを運ぶこの船の副船長である男性ハリであった。

「なんだ、ずいぷんとしけた顔をしているな。これから、妹を奪い返そうって奴がそんな顔で大丈夫なのか?」

 からかうように言うその言業に、ロスがはっとして振り返る。

 情報局経由で用意された船のため、二人の事情もある程度は彼に伝わっているようであった。

「……」

「大丈夫だよ。いざというときにまだこんな顔をしてたら、僕が許さないから」

 にっこりと微笑んで、ロスの代わりにハリに答えたダークは、「ねぇ?」と、ロスに相槌を求めてくる。

「……大丈夫だ」

 なんと答えて良いか分からずに、そんな風に言えば、目の前のハリが小さく笑う。

 もともとその眼光だけで人が恐れをなすほどに、鋭い目つきの男性であったが、そんなふうに笑えば、魅力的な印象を受ける。

「さて。そろそろ「セジアス」に着く。下船の準備を整えておいてくれ。そうすれぼ、この露ともお別れできるだろうからな」


「わかりました」

 ハリに促され二人はそんなふうに返事をすると、彼のもとから船室へと向かうために歩き出す。

「お前達の武運を祈るよ」

 そんな声が背中に響き、ロスとダークは二人して、小さく微笑んだのであった。


*****


「セジアス王国……この国を治める王は、まだ若干二十八歳ながらも、なかなかの国王のようだな」

 セジアス王国の港町アトウルから王都アージスに向かう途中の街の宿屋で、ロスが街で仕入れてきた情報を整理しながら、そう呟いた。

「たしかに国民はみな、国王を支持しているみたいだね。まぁ、貴族がどう思っているのかはともかくとして。奴隷制度の廃止なんかしてると、けっこう敵が多いかもしれないよね」

 なにやら色々な種類の葉をすり鉢ですりつぶしながら、ロスの言葉に相槌を打つダーク。

 昼間の街の人間の話によれば、この国の国王はサクセスといい、若干十五歳で王位を継承。その二年後にはセジアス全土においての奴隷制度の廃止を行っているという。

 国王自身は武勇に優れ、魔法にも精通し、性格も穏和、容姿端麗。とにかく悪い評判は一つも出てこないう王であった。

「国民に人気の高い王というのは、上流階級にはなにかとケチをつけられる存在ではあるんだろう。だが 気になるのは……」

「わかってるよ。ユキのことだよね? サクセス王にはシルビア妃っていいう王妃がいるんだけど……」

 そこまでロにして、ダークは何かを考え込むように、腕を組む。

 昼間の情報収集により、王都にいる女騎士は白銀の髪と琥珀の瞳であり、「大きな豹」に姿を変えることが、確かな事だとわかった。しかも、その女性の名が「ユキ」であることも。

 そのために、二人はその人物が自分達が探している人物にほぼ間違いないと、確信していたのだ。

 だが、二人はその情報の他にも、思いもしなかった情報を得てしまい、ほんの少し戸惑いを浮かべているのであった。

「ああ。おそらく、ユキはサクセス王に献上されたのだろうが、王はユキを将軍の養子にした。その後、ユキは将軍家で育てられ、女ながらも近衛騎士にまでなった」

「僕の王なら、当然だよね。……まぁ、誰かに仕えるというのは、気に入らないけど」

「その辺りは仕方ないだろうな。 存在すらもあまり知られていない他大陸の、しかも、滅びてしまった王国の王家の末畜だなどとは、本人でさえも知らないのだから」

 ほんの少し眉を顰めたたダークを見やって、肩を竦めながらそう言ったロスであっだが、彼はさらに言葉を続ける。

「国王にはシルビア妃という王妃がいるが、その王妃が来る前からユキは、サクセス王が唯一そばにいることを許した女性だったというじゃないか」

 その関係が、主従だけでなく寵愛も含まれるのかは確証がないが。

「王家の噂は国民の間で尾鰭や背びれをつけて広がって行くから、あてにはならないんじゃないかな?」

 今度はすりつぶした薬に、水を加えて、何度かかき混ぜ、それを布でろ過し始め言うダーク。

 人々から得られる情報からでも、国王に妹のようにかわいがられているという話から、数年前から恋仲であるとか、すでに寵愛を受けてはいるが、出自が不明のため妃にはなれずにいるなど、様々であった。

「ああ。たとえ恋仲であろうとなかろうと、問題はその先だろう。どうやら王妃シルビアは、かなり嫉妬深い性格らしい」

「そりゃぁ、容姿端麗、文武両道、性格もよく人望も厚い王様ともなれば、独占しておきたくなるかもね。しかも王の心をつかんで離さないのが自分よりも若く強く、美しい者ならなおさらだよねぇ」

 一旦作業の手を止めて、ダークはそんな言葉をうっとりと呟いた。

「ダーク?」

「僕の王だもの、誰よりも強くて、誰よりも美しいに決まっているじゃないか。あ、若いっていうのだけは昼間の調査で仕入れた情報だけどね」

 ユキの姿を見ぬうちからそんなことを平然と言ってのけるダークを、苦笑交じりで見やるロスであったが、あながち彼が言うことも間違いではないだろうと、心の中で思う。なにしろロスの時代から、闇王家の女性は美女が多かった。彼の母である女王トキも、大陸一の美女とうたわれていた存在だったし、彼の姉も妹も美しかったのを覚えている。

 だから、ユキも成長したであろう今では、他の娘を寄せ付けない程に、美しさの際だつ存在となっていることだろう。そんな風に思うロスであったが、彼はそこではっとして我に返る。

「だ、だからユキが心配だと、言っているんじゃないか。王家というものは、ただでさえどろどろした人間関係の生まれやすい所だ。そんな場所で、ユキが変な好計にはまっていなければ良いが……」

「確かにそうかもね。でも、もしそうだとしても、僕がユキをそんな場所から救い出す。そうでしょ?」

「僕が、じゃなくて、僕達が、だ」

 僕もいることを忘れないでほしいんだが。

 そんな風にロスが付け加えて見せれぽ、ダークは「ごめん、ごめん」などと言って、笑ってみせる。

「べつに、忘れてなんかないよ」

「どうだか……。僕なんかいてもいなくても同じ、だとか思っているんじゃないのかい?」

 意地悪くそう尋ねてみても、ダータはその表情を変えることなく、にこにこと笑ったままで「まさか」と言ってのける。

「いてもいなくても同じ、だなんて思ってたりしたら、僕が時間をかけて、こんなコトしてるはずがないでしょ?」

 先ほどまで器の中でごりごりと混ぜ合わせていた、緑いろの多少どろりとした液体を木の器に移して、ロスへと差し出してくる。


 表情が変わったのは、ロスの方であった。

「これは……?」

 思わず受け取ってしまいながらも、ロスはあからさまに眉間に皺をよせ、なんだか少しばかり変わった臭いのするその液体とダークの顔を交互に見やった。

「身体の疲れをとる効果と、元気が出る効果と、安眠できる効果のある飲み物。えっと、胃もたれにもきくんだよ」

 ほら、慣れない料理を食べたでしょう?

 相変わらずにこにこと笑ったままで、そう言ってのけるダークに、ロスはついにうなだれてしまう。

「つまり、僕にこれを飲め、と?」

 どうみてもおいしそうではない液体を見やってか言えば、傍らで勢いよく、しかも嬉しそうに頷く。

「ね? どうでもいいとか思ってたら、こんな風に身体にいい飲み物なんか作ったりしないよ?」

「わかった……すまなかったな。ありがとう……」

 かすれかすれにそう言ったロスが、わざわざ作ってもらったものを返すわけにもいかず、ましてや捨ててしまうわけにもいかないために、こっそりと鼻をつまんでそれを飲み干したのは、それから数分後の事であった。

 そんな風に穏やかな時間を過ごす二人であったが、彼らはまだしらなかった。

 彼らの探す人物ユキが、彼らの予想を上回る程の……誰もが予想しない程の苦境に立たされてしまっていることを……。




こちらに関係のあるお話を載せています。よろしければどうぞ。


青銅の王外伝≪白銀の少女≫ → https://ncode.syosetu.com/n4085em/

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