ナイスな的
3
-デスデモーナ-
「ザック、観測結果は!?」
デスデモーナ艇長のディックは思わずシートより立ち上がる。軍払い下げの上、ジャンク品寄せ集めの機体だ。精密射撃は最悪。しかし、今の一撃は確信が持てた。
大気圏内では砲身の加熱により、連射性能ががた落ちだ。そのつど冷却時間が疎ましい。
「まだ電磁波の影響が強いっすから……。センサーは全開にしてありやす!」
「艇長!姐さんです、ルーテシアの姐さんから通信入りやした!」
ディックは胸を撫で下ろす。
「ドク、こっちに回せ」
「ういっす!」
ディックのコンソール・ディスプレイに土塗れのルーテシアが映し出された。
「姐さん、無事でやしたか!」
電磁波の影響で、時折映像に乱れが出た。
『バカったれ!無事もなにも、あんたらの雑な砲撃で死ぬトコだよ!』
瞬間ディックの顔が引きつった。
「いや……すんません、姐さん」
ルーテシアは苦々しく汚れた髪をかき上げた。
『で、フェストの船は?』
これには、とディックは会心の笑み。
「任せて下せぇ。タイミング的に、80%直撃っすよ!」
『ちょ……こんのバカったれ!!』
「……ひ」
通信がひび割れた。
『直撃!?あんた何してくれてんだよ!威嚇って念を押したろ!財宝……龍皇の情報持ってんの、あの船だけなんだよ!!』
…忘れてたぜ。
確かに、威嚇射撃の文字が小さな脳みその片端に、これまた小さく残っていた。
『生け捕りにしろって言ったろ!それにあの翔龍姫、アレにも莫大な価値があんだよ!』
「やっべぇ……」
眉根を寄せたディックはブリッジを一巡、見回した。
「すまねぇ姐さん、ちと通信切りやす!」
『あ、こらディーック……』
ディックが親指で喉を切る仕種を見せると、ドクは慌てて通信をoffにした。
「や、やべぇぞおい」
ディック、そしてブリッジ内のクルーの背中に冷たい汗が伝う。
確かに、確かに、朧気だが生け捕りの話なんかもあったような気がする。ただし、飽くまで朧だ。高揚した海賊に、30秒前の命令を継続せよ、と言うのは酷である。
「おいザック、確認急げ!」
「へい!」
沈黙の数秒。その間思い浮かぶ物と言えば、凶悪なクックの義手と、陰質なルーテシアの笑みである。
「視界クリア!」
一同息を呑む。
「光学映像に船影無し!」
……やっちまったか!?
続いて電磁波がクリアー。
「艇長!12時方向、距離20。船影あり!翔龍姫っす!!」
-江ノ島沖-
「船体に被害は!?」
一瞬のことで、京子は放心、雷は頭を振った。
……何て加速だよ。
普通なら直撃のタイミングだ。それをこの船は……。
「損傷ありません。この船はあの程度の加速で機関に損傷を受ける程やわじゃありませんから」
「いや、そうじゃなくて……」
イゾーデの報告にはかなりのプライドが含まれているような……。
呆れた雷は自分で確認。コンソール・ディスプレイに船体情報を映し出す。
「こりゃぁ……」
先程までの球体とは打って変わり、後方に主翼を持つ姿に変わっていた。例えるなら……ロッキード社の誇る超高速偵察機、SR-71Aブラックバード。
イゾーデは雷の疑問を敏感に感じ取る。
「先程までの球形は長期休眠形のmorde3、ブラッド・シフトです。現在は高機動用に変化させました」
「ホントに生き物だな」
「蛇足ながら、レーダー回復。6時の方向約20Km、敵機移動開始しました」
平然と言いのけるイゾーデに、雷は一瞬思考が停止した。
「……って、蛇足じゃねぇだろ!そぉいうこと先に言えよ!!」
ディスプレイで後方を確認。揚陸艇デスデモーナが動きだす。
「ねぇ雷、このままじゃナイスな的じゃない?」
やけに冷静な京子の意見。雷は口を歪めた。
「そいつぁ気付かなかったぜ!」
事実、半ば失念していた。
翔龍姫を急速回頭、デスデモーナを正面に捉えた。
「素粒子砲、来ます」
雷は反射的に下へ。蒼いエネルギーの束が上方を駆け抜けた。
「くそっ!」
余波で船体が震動。
左舷スラスター全開へ。翔龍姫は右へスライド。瞬間的に5Km以上も移動した。
「反応がシビア過ぎるぞこれ!」
「了解です。反応誤差をこちらで修正します」
「頼むぜ!」
「敵機加速、側面に回ります」
合わせて翔龍姫も加速。その後ろ、放たれた400mmの弾丸が標的を逸れて、海面に柱を立てた。