翔龍姫、発進‼︎
「うわぁぁぁぁぁぁっ!」
「無事ですね」
「ちょっと、決め付けないでよね」
京子は頬を歪めて、打った腰に手を当てた。しかし、10mも落下した割りに痛くない。
「慣性制御が遅れたもので……。まさか飛び降りるような方とは思いませんでした」
「おい、本当に無茶だぞ。今度飛び降りる時は……え?」
2人の思考が硬直。一度目を見合わせて、ゆっくりと正面に顔を向けた。
「えっと……」
薄暗い空間に、ぼんやりと女性が立っていた。
腰まで届く黒い髪に浮かぶ、白い顔。今までの砂塵に満ちた時間とは無縁に、タイトなドレスを身に纏う。
しかし、京子の記憶にそのままの姿が重なっていた。
「あなたは……」
「お久し振りです、セリア王女」
「……イゾーデ」
雷は眉を顰めて2人を交互に見やる。
「知り合いか?」
京子は黙って顎を引いた。
あの時の記憶が過ぎる。フェストの船、龍皇より脱出した時……。
「……でも、詳しくは知らないの」
彼女、イゾーデが微笑んだ。
「そうですね。あの時が初対面であり、あまりにも説明の暇がありませんでした」
「で、あんたは?」
雷のぶっきらぼうな質問にも、イゾーデは丁寧に対応した。
「私はこの船、生体外洋航宙船翔龍姫のサポート生体コンピュータ、イゾーデ。ゲィツの5th、ライツ様のことも登録されております」
雷は口端を歪めて笑う。
「俺もフェストの記憶が少ないけど、生体外洋航宙船に、生体コンピュータか。えらい技術だな」
「有り難うございます」
そして、イゾーデは京子に向き直る。
「7年振りですね。大きくなられました」
「あたしの記憶にある貴女は……変わらない」
「はい、眠りについていました。そして今、覚醒しました」
京子は歯を食いしばり、僅かな呻きを漏らした。
「京子?」
「知らない……あたし知らないよ」
そして、雷の袖を握りしめた。
「訳分かんない!だってそうでしょ。あたし、京子だよ!」
京子の混乱は容易に見て取れた。
「セリアなんて、夢でしょ!?姫なんて、こないだの舞台じゃない!母様が死んだのも……父様が消えたのも、全部夢でしょ!」
イゾーデが雷に無言で説明を求めた。
「仕方ないだろ。地球人としての7年、大きいよ」
びくり、と京子が身を震わせた。
「そう……あたし、地球人じゃ……」
「ありません。遺伝子的に言うと、ほぼ同一種です。でも、お生まれは惑星国家フェスト。この惑星の名前で、エリダヌス座ε星第2惑星です」
「そんなこと、どうでもいいの!」
そして京子は雷の胸倉を掴み、救いを求めるように見詰めた。
「……本当のあたしは、誰?」
雷は京子の頭を抱き締めた。
「誰だっていいよ。今のお前があるなら」
「でも……」
「大丈夫、俺を信じろ。俺は、セリア王女も京子も見て来た。ずっと今まで、いつでも……目の前の京子を」
京子が胸の中で頷いた。
「ただ、面倒なことが増えちまった。行方不明の京子の父上、陛下が狙われている。その情報を持つのがこの船と、京子だ」
京子が目を上げた。その瞳には、明らかな決意の色が伺えた。
「お前のするべきことは……」
「父様を、探し出すのね」
「そういうことだ」
片目を瞑って見せる雷に、京子はやっと笑みを返した。
「分かった、雷を信じる。その代わり……」
「その代わり?」
「とことんまで付き合ってよ。途中下車はなし!」
「承知致しました。王女の為ならばブラックホールの中心までも」
さすがの雷も台詞の最後は笑っていた。
「ライツ様も、ゲィツとして成長いたしましたね」
「……ゲィツって?」
京子が首を傾げた。
「王家の守護神。力の扉……」
イゾーデの答えに尚も首を傾げた。
が……まぁいいか。小難しいことは後回し。
「で、あたしはこれから何を……」
直後、周囲から押し迫るような地震。3人はたたらを踏んだ。
『いつまでのんびりしとる気だ!!』
雷の携帯より英の怒声が轟き、続いて地鳴りがこの空間を振動させた。
「誤差20mの素粒子砲4門、上空のプックとデスデモーナです。第2波、エネルギー反応増大中。メイン・ディスプレイに情報転送します。ジョーカー様の通信もこちらで処理します」
イゾーデが慌ただしく言いのけると、球体をした室内に光が灯り、その形を変化させた。
何もなかった正面の壁が、長方形の黒い画面に。そして、僅かに瞬いたかと思うと、左半分に上空の揚陸艇2機が投影され、残り右半分に……
『雷、お前が居ながらどうなってる!』
無精髭のいかつい中年男、英のバストアップが出現。スピーカーがそのバリトンを耳に痛い程再現した。
『とにかく早く京子は現実認めろ!こっちはドッグファイトが始まって地上援護はもう出来ん!!』
英の両目は一瞬たりとも停止せず、額の汗が頬に筋を成していた。
「そんなの分かってる!けど、あたしはどうすればいいの!?」
「……第2波来ます」
イゾーデの報告と共に、先刻を上回る激震が足場を揺らす。
「誤差8m」
『……翔龍姫を翔ばせ!』
一瞬、京子の頭は真っ白になった。
『雷とやりゃぁ出来る。翔ぶんだ。奴等は翔龍姫の復活を恐れてる。いいか、二人で翔ば……』
直後、画面の英が発光し、ディスプレイはそのままブラックアウトした。
「親父!」
「400mm対空バルカン砲、直撃した模様です。機体の損傷は……恐らく軽微でしょう」
イゾーデの報告は、心憎い程冷静だ。
「尚、素粒子砲、エネルギー反応増大中。次は至近弾で来ます。出来れば早々に発進を……」
「京子!」
雷の力強い目が京子の心を捉えた。
「行こうぜ」
自然に京子の項が上下した。
「頼んだよ、雷」
「俺は裏切らないよ」
「うん……翔ぼう!」
雷は破顔し、イゾーデを振り返る。
「イゾーデ、ブリッジはどこだ!?」
「ここがブリッジです」
2人は何もない空間を見回した。
「おい……」
イゾーデがにこりと笑った、その時、
……ずくん。
一瞬、生物の胎動のような振動が。壁面が発光、床より耐Gシートが形成され、それを壁面の変形したコンソールが包み込む。数もきっちり3。
「右が操船になります」
雷は迷うことなく右の席へ。
「俺が動かすけど、いいな?」
京子は頷いた。
「あたし訳分かんないし……任せた」
2人がそれぞれの耐Gシートに収まるのを確認し、イゾーデも席に着く。
「京子は取り敢えず悲鳴を上げずに見てろ。イゾーデ、ナビゲーションは出来るか?」
「火器管制を除く基本はお任せ下さい」
「上等だ。システム起動」
「了解」
コンソールに光が走り、船全体より振動が発生した。
「morde3(ブラッド・シフト)よりmorde2(アイドリング起動)へ移行します」
耐Gシートが僅かに変形し、体を固定。ディスプレイの映像が正面へ。
「出力は圏内航行の低圧。方位起点を、地球上ではポラリス(北極星)、大気圏離脱後は射手座Aスターに設定!」
「了解。mode1(機動状態)へ移行。縮退炉内圧20%。プラズマ推進機関、慣性制御装置オール・グリーン。いつでもどうぞ」
イゾーデの報告後、期待のこもった視線が雷より京子へ送られた。
「王女、初仕事だぜ!」
口許を引き締めた京子は大きく息を吸い、笑みを浮かべて凜とした声を張り上げた。
「翔龍姫、発進!!」
応じて雷がスロットルをいっぱいに押し込んだ。
「直撃弾、来ます!!」