閃光
-藤沢市西富公園-
……セリア?
鼓動が高まった。
……父様。それに、
「……イゾーデ?」
脳髄に閃光が突き抜けた。
……あれは、あの時の。
「いやぁぁぁ!」
「京子、おい京子!しっかりしろ!!」
雷の平手が京子の頬を打ち、彼女の瞳に光が戻り始めた。
「あ……あずま?」
虚ろながらも、京子はやっと意識を取り戻す。しかし……
「雷、あたし……父様が、母様も……」
途端、涙が込み上げた。
「はっきり思い出した。災害なんかじゃない……あれは……」
「分かっているさ、セリア」
はっと息を詰め、京子は雷を見上げた。
「俺は現場に居られなかったけど、親父から全部聞いた」
「全部聞いた……?雷、あなたいったい……」
しかし雷は京子を置いて展望台へ。
「こりゃすげぇな」
「……え?」
京子が周囲を見回すと……彼女を中心に地面が抉れ、木々が新緑を散らして傾斜していた。
「……な、何これ」
「記憶にないか?お前が意識を飛ばした瞬間、波動が疾った。信号だな」
……そんな。
「こっち、見てみな」
京子は恐る恐る雷の脇より下を覗き込む。
足下にあった筈の私立高校のグランド。それが今は跡形もない。黒土の敷き詰められていたその場所には、白いドーム状の物体が盛り上がっていた。
「なるほど……外洋航宙船の第1装甲板のようだが、少し違うな」
呟く雷の口許が微笑んでいた。
「あれが親父の言ってた生体宇宙船、フェストの秘宝……翔龍姫」
すると、雷の袖を京子が引っ張った。
「何?」
「これ、ど~いうことか説明してくんない?」
「はい?」
「だから、この惨状と、あそこの変なドームのことよ!!」
「ちょっと待てよ!今信号発して翔龍姫起こしたの京子だろ」
「知らないわよ!あたしが思い出したのは父様と母様の……」
と、不意に雷の胸ポケットよりビープ音が轟いた。
刹那顔色を変えた雷。まだ何か言おうとする京子を手で制し、懐より携帯電話を取り出した。
「ちょっと待て……」
見たこともない機種。いや……取り出したそれは、携帯電話などではない。現在最高水準のパソコンでも裸足で逃げ出す代物だ。ディスプレイが発光すると、立体映像が鮮明に浮き上がる。
「重力震増大?くそ、どうなってる」
膝を付いた雷はバックの中よりノートパソコンを引っ張り出し、携帯と接続。
「おいおい、冗談だろ。惑星付近で跳躍……しかも大気圏内に直接!?正気かよ!」
「あの……もしもし?」
京子は完全に置いてけぼりだ。話に付いて行けない。
「説明か?どっかの馬鹿……多分クックだろうな。野郎が来る」
雷は勢い良くキーを乱打した。
「アステロイド・ベルトまで後退したから安心してたのに。こっちの監視システムが重力変移を感知した。亜空間跳躍をやらかしたんだよ」
「あんた説明する気ないでしょ!」
ちんぷんかんぷん。
「しただろ」
……なに?
倒れた木々が潮さながらざわめき、空気が重低音に当てられた液体の如く震え始めていた。
「来やがった!伏せろ!!」
雷が京子を地面に押し付けた瞬間、頭上約2000mに第二太陽が発生、一部の大気が連鎖的にクォーク段階まで崩壊し、そして……
爆縮した。
『間に合った』
「京子、京子!無事か、返事しろ!!」
雷に肩を揺さぶられ、京子は軽くかぶりを振った。
「あう……なんて誕生日よ」
「安心しな。誕生パーティーはこれからだぜ」
薄眼を開けて見回すと、二人の足下を除いて、周囲の地面がむき出しと成っていた。かなり大きな爆発だ。
……これ程の爆発で何で無事なの?
考える間も与えず、上空より巨大な船らしき物体が2機、のし掛かるようにして降下。頭上数百メートルで停止した。
「う……宇宙船!?」
「少し違うな。クックの強襲揚陸艇。シャトルみたいなもんだ。向こうに1機煙吹いて落ちたのが居る。そいつらが来るぜ」
「雷、訊いていい?」
「あぁ、何なりと」
雷はノートPCを畳み、バックに手を突っ込んだ。
「やけに生き生きしてない?」
「ご名答」
帯嚢を出し、制服のボタンを全て外した。その左脇に京子は危険な物を見た。
「……それ」
構わず雷は弾倉を確認し、Saftyを外した。そのまま手慣れた調子でスライドをバック、第1弾装填。
「見ての通り、モデルガンだ」
「モデ……」
嘘だ。京子は当然のように直感した。
「鉛弾が出るけどね」
「それを実銃ってんじゃない!何で雷が……」
雷は制服を脱ぎ、帯嚢を腰に巻く。
「言ったろ、海賊だって。バイトだ」
「ば……馬鹿言わないでよ!海賊のバイトなんてある訳ないでしょ!!」
遂にキレた。
「あたしは別として、雷は普通の高校生じゃなかったの!?」
雷はきょとん、と京子を見つめた。
「何を今更。覚えてない?」
「だって、あたしの記憶には雷なんて……」
雷は寂し気に苦笑した。
「俺は覚えてんだけどな。宮廷で会った、小さな小さな王女様……」
京子の脳裏に白亜の居城が過ぎる。
……でも。
「ま、10才で一度途切れてんだしな」
雷は制服を京子の肩にふわりと掛けた。
「俺は……フェスト騎士団長の、ゲィツの1stジョーカーの息子、ゲィツの5th……本当の名はライツ・クロウ」
京子はきょとん、と目を見開いた。
あの運命の日……父の親友の顔が。
「ジョーカーって、英おじさん……?」
言ってはみたものの、地球の、この日本で暮らした京子として記憶が戸惑いを与えた。
「つまり、こういうことだ」
公園入口より数名の武装した者達が現れた。
「セリア王女……その命、我が命に変えても守り抜く」
雷は京子の手を取り、甲に口付けをしてみせた。
「俺から離れんじゃねぇぞ」
雷は銃を振り上げると、無造作に5連射。
迫り来る男4人が転倒した。
「来い!」
京子の手を取り駆け出す雷。その二人の前に影が差す。
「挨拶なしなの?」
反射的に京子を突き飛ばし、身を沈めた。
その頭上を青い光がなぐ。ライトニング・ブレードだ。
「久し振りね、『閃光のライツ』」
雷は地を転がり京子の側に。間を置かずに3連射。一振りされたブレードに弾丸が蒸発した。
「『鷹の目』姐さんかよ。こないだはど~も」
鷹の目ルーテシアの切れ長な目許が、笑みで細くなる。転瞬、ブレードの突きが襲う。
雷はそれを銃で躱す……が、銃身が蒸発。
「うちのガーヘルトに神風アタックした怪我は完治したかしら?」
銃をルーテシアに投げ付けると同時、地を這うように蹴りを放つ。
しかし、ルーテシアはふわり、と長髪を靡かせ後方へ転じた。
「お陰様で。親父にゃシャトル潰したって絞られたよ」
「シャトルだけで良かったじゃない」
2人は構えて睨み合う。その間、雷と京子は5人に囲まれた。
「その娘が王女様?」
ルーテシアから京子を庇うように下がらせた。
「失礼ね。紹介くらいしなさいよ」
雷は苦笑した。
「忘れてたよ。彼女は秋山京子。今日17才の女子高生だ」
「あらら、若いのね」
「京子、あれは鉄腕海賊のNo.2、鷹の目ルーテシアだ」
じわり、じわりと包囲が縮まった。
「海賊?」
「そうよ、海賊。怖いのよぉ。ライツくん、素直に王女様と翔龍姫のデータ、渡しなさい」
「見返りはあんのかい?」
ルーテシアはブレードを下ろして微笑んだ。
「貴方をうちの海賊にヘッドハントするわ。閃光のライツ……私も、うちの人も買ってるのよ。V幹部待遇を約束します」
「幹部ねぇ……」
雷は苦笑しながら京子を振り返る。
「雷、どうすんの?」
不安な視線が返る。
「ま、鉄腕クックの幹部なんざたかが知れてるしね。それに俺は、お姫様を守る、騎士なんよ」
ルーテシアがブレードを構え、周囲の男達の緊張も高まった。
「では、殺していいのね」
雷は手を組み、素早く何ごとか呟いた。そして……、
「それも、ごめんだね」
広げた手の間に、光の剣が出現した。
「やぁぁぁ!!」
ルーテシアの突き出すブレードを剣で押さえ込む。
「せぁぁ!!」
続けて蹴り。躱し損ねたルーテシアは地に転がった。
それを合図に、囲みの海賊達が雷に殺到。
「大人気ないってぇの!!」
3本からのブレードを同時に受け止めた。
「投降しろ!」
「ごめんだね!」
不意に雷が身を沈め、体を入れ替える。支えを失った3人はバランスを崩して膝を付いた。雷の剣が一閃、1人腕を斬り払う。
「うぁぁあ!」
「てめぇ!」
肩口より血を吹き出す仲間の体を飛び越え、雷にブレードを横薙ぎに。雷は剣で受け止め、そのまま投げを打つ。
目の端に銃の光を見た。直後発砲音。雷は剣を返して弾丸を両断。
「なに!?」
雷は一跳び、男の両腕を切断した。
「益々欲しいわ!」
背後に殺気。咄嗟に回した剣が電光を弾く。
「俺の本業は騎士なんでね!」
身を返すと、ルーテシアのブレードが上段より落下。それも躱す。そして互いに回転。双方刃が疾る。
「動くなライツ!!」
ひたり。雷とルーテシア、刃がそれぞれの首筋で停止した。
……相打ちだ。
「雷……」
京子が捕らえられていた。
「てめ……」
「何とでも言え。こちとら海賊が本業なんでな」
雷の剣が、手に吸い込まれるように消失した。
「スマートじゃないわね。私も好きではないかしらね」
ルーテシアもブレードを引き、Offにした。
「あ、すいやせん、姐さん……」
「いいのよ、別に。で、どうすんの、ライツくん?」
雷は舌を打つ。
「好きにしろよ。抵抗しない。ただし、京子に痣一つ付けてみろ……その傷1000倍にして返す」
「あら怖い」
「ダメ……」
京子だ。
「ダメだよ雷!負けないで!!」
「この、動くな……うご!」
京子の肘が海賊のみぞおちに。男の腕が弛んだ。
「京子、無理するな!」
しかし京子はその隙に駆け出した。
「……この!」
銃声が。
背中に弾丸を食らった京子が、つんのめるように地面に転がった。
「……京子」
雷の頭が空白に。
「馬鹿、何やってんだい!その娘は殺しちゃまずいんだよ!!」
「すんません、反射的に……」
ふと雷を見た。
「京子、きょうこ……きょうこぉぉぉぉぉ!!」
閃光が雷に収束。雷を中心に魔法円が出現した。
「……何が!」
ルーテシアは空間の歪みを感じ取る。
「まさか、古の魔術!?」
雷が手を組み、何ごとか呟いた。
……これはヤバいよ!
ルーテシアは直感した。
「うぉぉぉぉぉぉ!!」
手を放した雷の体を、電光が疾る。
「来い、我が守護神トール!!」
空間が捩れた。
直後、無数の雷撃が嵐のように降臨。渦を巻いた。