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京子

      第1章……青の星


     1

  7年後、地球……


   -大泉高校-

 ふわり、と風が頬をなでた。

 昼時を過ぎて1時間。カーテンをはためかす柔らかい5月の風は、たいくつで念仏のような日本史教師の授業を子守歌に、あらがい難い眠気を運ぶ。瞼は重く粘り気を帯び、ゆっくり、ゆっくりと船を漕ぐ。

 2年5組の窓際でまどろむ秋山京子も例に漏れず。セミロングの髪が時折鼻をくすぐり、ふいと目が覚める。……と、

 「……秋山」

 目の前に人影が。

 「あ……すいません、今起きます」

 直後爆笑が沸き起こる。続いて終業のチャイムが。

 「いい度胸してるな、秋山……」

 津山先生の頬がひくついた。

 「後で職員室来いや」



日本史教師が教室を出ると同時、室内はざわめき出した。

 「京ちゃんナイス!」

 京子の目の前に飛び込んだのは、クラスメイトの春美だ。

 「見た?津山のあの顔。ま……今起きます、はまずいよね」

 意気揚々と話す春美から、京子はむすっと顔を背けた。

 「楽しんでいただけて嬉しい限りだわ」

 「……おい」

 「何よ」

 京子が春美へ振り向くと……つぷっと春美の指が頬を突く。

 「あっはっは、ひっかかった!」

 「あんたねぇ!」

 しかし、春美は食ってかかる京子へ優しい目を見せた。

 「どうした?最近変だよ」

 なんだかんだで友達だ。その目の心配は嘘ではない。

 「うん……まぁね。最近寝不足」

 途端、春美の目がきらりと光る。

 「速水先輩!?」

 「はぁ?」

 速水雷(あずま)。3年2組の先輩だが、京子には訳ありだ。両親の居ない京子の保護者が速水英(すぐる)。つまり、雷の父である。

 「あの人、また入院したんでしょ?やっぱ心配なんだ」

 大泉高校の有名人……いや、大バカ者の名に京子は大きく息を吐いた。

 「いつものことよ」

 速水家は身寄りのない京子を引き取ってくれた父子家庭だ。

 京子の両親は災害で亡くなった。土石流だか何だかに家が飲み込まれ、助かったのは京子だけだった。大きな家、そして言われある家柄だったらしいが……災害のショックでどうも記憶があやふやである。速水英は親友だったそうだ。

 問題なのは、そこの一人息子の速水雷。外で何をしているやら、よく怪我をする。下級生から慕われるらしく、同居する京子は最近妙な殺気に悩まされていた。

 「あのバカ、一昨日退院したわよ」

 ふぅん、と春美は頷いた。

 「じゃ、また騒がしくなるわね」

 京子は眉を顰めた。

 「速水先輩の人気知らないの、京子だけよ。それで登下校一緒なんだし、恨まれて当然ね」

 「いい迷惑」

 しかし、雷が京子の世話を焼くことが多いのも確かだ。

 「ところでさ……」

 京子は触れたくない話題にピリオドを打つ。

 「夢って、経験で見るもんだよね……」

 今度は春美が眉を顰めた。

 「経験してなきゃ夢にも出ないよね」

 春美は肩を竦めた。

 「言ったんさい。春美ねえさんが相談受けましょう。で、どんな夢?」

 言い出しにくい。

 迷う京子へ春美は無言で先を促した。

 「……宇宙」

 「はぁ?」

 「ごめん、やっぱナシ。聞かなかったことにして!」

 一呼吸置いた春美は、真剣な京子の額に手を当てた。

 「……おかしい。正常」

 「やめ!」

 京子は春美の手を払いのけた。

 「冗談だってば。でも、別に大したことじゃないじゃん」

 「もういい」

 むすっとそっぽを向いた京子を春美は気にすることなく話し始めた。

 「ところでさ、今朝の新聞読んだ?」

 京子は目を一回転。腹を掻きながらトイレにこもった養父、英の姿を思い出す。確かに朝刊はその手にあった。しかも最悪なことに、トイレットペーパーが切れていたそうだ。

 「読んでない。ってか、思い出したくない」

 2度も役に立ったのだ、新聞も本望だろう。

 「嘆かわしい!新聞は文明の良き進化形態なのよ!」

 春美は新聞部員である。情報にはこと敏感だ。

 因みに京子は演劇部。記事で興味あるのは芸能欄くらいだろう。

 「……で?」

 気を取り直した春美、俄然身を乗り出した。

 「それがね、米国の軍事衛星が3基、破壊されたらしいのよ!」

 「ふ~ん」

 拍子抜けだ。

 「ふ~ん、って、それだけ?」

 「うん。あたし興味ないし」

 「ないって、あんた今宇宙の夢話したばかりじゃない!」

 勢い迫る春美へ、京子は苦笑を浮かべた。

 「ホント、興味ないんだってば。なのに夢に見るから気になるの」

 「あのねぇ、アメリカの衛星よ!しかも軍事。NORAD(北米防空宇宙局)なんか大慌てなのよ!」

 「の~らっど……?」

 京子にはもうイタリア語なのかロシア語なのかも分からない。

 「あぁもう。だからね、下手したら戦争よ戦争!」

 感極まる春美へ、京子は素直に両手を挙げた。

 「だぁかぁらぁ……!」

 と、不意に教室の一部がざわめいた。

 「先輩!もう退院したんですか!」

 クラスの女子が騒ぎだす。

 理由なく京子の背中を襲う殺気。

 「お陰様で。それより……おぉい姫!京子!」

 近付く声に、京子は歯ぎしりした。

 「やめてよ、姫って呼ぶの!」

 振り返ると、制服を着崩した雷が笑顔を見せていた。

 「いよっ、春ちゃん久し振り!元気してた?」

 京子の訴えはまるで無視だ。

 しかし春美も笑顔で応えた。

 「元気ですよぉ。先輩こそ。何か記事になるようなこと提供してくださいよ」

 「お~い、まるで俺が台風の目みたいな……」

 「まんまそれです」

 雷の行動は何かと記事になる。

 体育の持久走ではほぼ最下位。なのにマラソン大会では優勝。期末テストは一桁なのに、県下一斉テストは上位……。他にも噂を含めれば色々だ。

 つまり……話題性の多い男だが、分からない奴、である。

 「雷!ひとの話聞いてる!?」

じれた京子の叫びに、雷はぽん、と京子の頭に手を置いて応えた。

 「聞いてるって。心配すんなよ」

 「するか!ってぇか、姫って呼ぶのやめてよね」

 「え~。気に入ってんのに」

 文化祭で京子がオフィーリアの補欠に抜擢されて以来、雷は彼女を姫と呼ぶ。もっとも、主役健在出番なし、だったが。

 「それより、帰ろうぜ」

 「ちょっとちょっと……」

 よく見ると、雷はバックを背負っていた。

 「京子、誕生日だろ」

 「……あ」

 忘れていた。今日で17歳だ。

 「でも……あたし部活が」

 すると、春美が京子の背中を叩いた。

 「たまには休んじゃえ」

 「それに……」

 雷がにやりと笑う。

 「津山先生か?気にすんなよ。どうせ大した説教じゃぁない」

 「何で雷が知ってんのよ!」

 相手にしてらんない。

 京子は溜め息を吐いて立ち上がる。

 「京子……」

 困惑する春美に、京子は明るく一言。

 「やっぱ帰る」

 「え……」

 「春美、津山先生に後のことよろしくね」

 「ちょっと……」

 春美の返答も聞かず、京子は鞄を持ってウィンクを見せた。

 「じゃね」

 そして京子は雷を促した。

 「んじゃ春ちゃん、またな」

 二人が教室を去ると同時、チャイムが時を告げた。

 「あと1時間残ってんですけど……」

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