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四季の歌  作者: 秋本そら
3/6

南風と青葉の舞 —夏の章—

 夏を司る者が、一人。

 短い茶髪に小麦の肌。

 軽やかに駆ける、熱とともに。

 輝くその目に宿るは太陽。

 呼ぶは南風、それとともに舞う。

 その者の名は——。

 南の街。

 健康そうに日に焼けた、短い茶髪の女の人が、言いました。

「そろそろ撤退してくんないかなぁ、響呼ー」

 すると、その声に反応したように、春を司る者である響呼が現れます。

「えっ⁉︎ もう夏のお告げが来たの?」

「そうだよー?」

「だってまだ5月だよ? 夏のお告げが来るにはまだ早すぎるよ。私のとこには来てないし……さては、また嘘をついたでしょ?」

「なにそれーっ、嘘じゃないもーん」

「……って言いながら、毎年夏のお告げよりも先に南風を操り出すのは誰かしら?」

「さーあねー? ま、私は自由にやるよん」

「もう……」

 その2人の会話を聞いている人は、どこにもいませんでした。

 そして、その会話が成された翌日から梅雨が始まったのです。


「もう……また濡れちゃった」

 傘をさした女の子が、途方にくれて呟きます。その足元はびしょ濡れです。

 女の子は、駅から家に帰る途中でした。しかし、雨に降られて、濡れてしまったのです。

「もうっ! もうすぐ7月だよ? そろそろ梅雨が終わらないかなぁ」

 ぐちぐちと女の子が言っていると……。

「ごめんね、お姉さん」

「へっ⁉︎」

 突然声をかけてきたのは、幼稚園児ぐらいの男の子でした。

「セナがわがまま言うから、こんな風に梅雨になっちゃうんだよ」

「? 待って、どういうこと? ていうか、君だれ?」

 雨の中、傘もささず、カッパを着ることもなく、雨に濡れている、幼稚園児くらいの男の子です。

 しかも、セナがわがままを言うから梅雨になるとは、どういうことなのでしょう?

 女の子は訳が分からないまま立ち尽くします。

 するとその時。

「ちょっとセイヨウ! 突然そんなこと言っても分かる訳ないでしょー?」

 そこに突然現れたのは、男の子と同じくらいの女の子。この子も傘もささずに、カッパも着ずに雨に濡れています。

「……セイヨウっていうの?」

 男の子に聞くと、

「そうだよ。僕の名前は青葉(セイヨウ)

 と言ってうなづきました。

「あなたの名前は?」

 今やってきた女の子に名前を聞くと、

「私はねー、春花(ハルカ)っていうんだー」

 と答えました。

「おねーさんはー?」

 春花に問われた女の子は、「わ、私? ……梅津(うめつ)若菜(わかな)だよ」と答えます。

「……2人は、お友達?」

 若菜が訊くと、

「お友達……うーん、ちょっと違うかもー」

「なんだろ……仕事仲間?」

「あー、そうかもねー」

 と春花と青葉は言い合います。

「……っていうか、ここいたら風邪ひくよ! 近くの公園に屋根があるところあるから、とりあえずそこ行こう!」

 若菜は、春花と青葉が雨に打たれたままのことを思い出し、慌てて2人の手を引いて、近くの公園の屋根付きベンチを目指しました。


 公園の屋根付きベンチに腰掛ける3人。あんなに雨に打たれていたはずなのに、一番濡れていたのは傘をさしていた若菜。春花と青葉は濡れていません。

「……で、青葉くん。さっき言ってたのって、どういうこと?」

 若菜が尋ねると、青葉は「あのね」と話し出します。

「僕たちは、季節の子。春花は春の子で、僕は夏の子だよ。季節の子は、その季節を司る者の髪の毛から生まれるの。春花は春を司る芹沢(セリザワ)響呼(キョウコ)さんから生まれたの。僕はセナから——夏を司る日向(ヒムカイ)世奈(セナ)から生まれたんだ」

「あ、この話は全部内緒だからねー?」

 春花が不意に口を挟みました。若菜はその言葉にうなづきます。

「でね、季節が変わる時には、季節を司る者4人全員に、神様が季節のお告げをするんだけどー……」

「世奈は夏があまりにも好きすぎちゃってね、いつも季節のお告げが来る1ヶ月前には僕たちを生み出して、南風を操り出しちゃうの!」

「……ダメなの?」

 青葉の言葉に若菜が尋ねると、春花が答えてくれました。

「ダメダメ! 春風と南風が同時に吹くとねー、雨になっちゃうのー!」

「……つまり、梅雨?」

「そう!」

 春花は強くうなづきます。

「響呼は響呼で南風を追い払おうと必死だしー」

「世奈は世奈で春風を追い払おうと必死なんだ」

「……だから風は一緒に吹き続けちゃうってことか」

「そーだよー」

 春花と青葉は困ったように顔を見合わせます。

「止めたくても、僕たちは生みの親には逆らえない」

「それにさー、響呼は悪くないんだよねー」

「そうなんだよ、世奈がわがままだからさぁ」

 2人が困ったように言っています。若菜も何も出来ないと分かっていながらも困り顔です。


 その時。突然、雨が止みました。

「春花、夏のお告げが来たわよ」

 そう言いながら現れたのは、黒髪にパーマをかけた女の人でした。その姿を見た春花が、「響呼!」と声をあげ、そちらへと駆けていきます。

「ねえ、もう春はおしまいなのー?」

「ええ、おしまいよ。だから春花、また来年会いましょうね」

「うん!」

 すると、春花が突然キラキラとした金色の光となって、消えていきました。熱い南風に吹かれて、空へと消えていきます。

「こんにちは、響呼さん」

「こんにちは、青葉くん」

 女の人と青葉は微笑み合い、女の人が若菜の存在にようやく気付きます。

「あら、こんにちは。……この感じだと、さっきまで春花や青葉くんと一緒にいたのかな?」

「あ、そうです。……あなたが、芹沢響呼さんですか?」

 そう問われた女の人は、「ええ」と微笑みます。

「他の人には秘密だけど、私が春を司る者なの。でも、ようやく夏のお告げが来たから、私は今年の仕事を終えて撤退するのよ。

 ……あら、世奈が歌ってる。耳をすませてみて」

 響呼に言われて耳をすますと、たしかに明るい女の人の声が聞こえてきました。

「夏を祝福しましょう。ようやく晴れたこの素晴らしい日を記念して!」

 空の上で南風とともに舞っているのが見えました。

「雨が降ったのは世奈のせいなのに」

 青葉はぼそりとそう言うと、「そうよね。もう、世奈ったら」と響呼も文句を言いました。

「僕も仕事をしてくるよ」と、青葉は空へ舞い上がり、いなくなりました。

 若菜は晴れた空を眺め、そして家へと帰っていきます。

 響呼はそれを見送った後、静かにその場を立ち去ります。

 世奈は空の上で、南風と共に舞い、歌い続けます。

 地上では、熱い風が勢いよく吹き渡り、梅雨が明けて夏が訪れたのを伝えたのでした。

 夏を司る者が、一人。

 短い茶髪に小麦の肌。

 軽やかに駆ける、熱とともに。

 輝くその目に宿るは太陽。

 呼ぶは南風、それとともに舞う。

 その者の名は、日向世奈。

 輝く夏を、祝福する者。

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