王国魔剣奇譚(中)
意味不明な、しかしたしかなパワーアップを遂げたアインの『プロミネンス・ドライバー』によって勢いを削がれたクロードの『ハリケーン・ドライバー』。
更にその上から押し潰すようにリムルヘヴンの『タイダルウェーブ・ドライバー』が放たれ、風の魔剣士はすっかり混乱していた。
「っ……、っ」
魔剣を突き立てて水の流れに呑まれないよう踏ん張る。強化された身体能力は、勢いある洪水にとてそう負けはしない。
とはいえ不味い状況だった。何しろ、水に埋もれて息ができない。ましてや声をも発することができず、つまりは魔剣の能力を引き出すことができないのだ。
致命的な状態だ……遺跡で『タイダルウェーブ・ドライバー』を受けた際は、こうなる前に能力を行使して風を起こしたため大事に至らずに済んだ。だが今回は違う。
魔剣の使用を続けたことで強化された身体機能ゆえ、呼吸ができない状態は問題ない。1時間くらいならば余裕で耐えられるだろう。
問題は、そう。こうなった己に対して彼らが当然行ってくる、追撃である。
「っ……!」
ぶくぶくとわずかに息を吐き、思考を落ち着ける。さすがは魔法、まともに受ければ恐るべき技だと焦りの最中でどこか呑気に考えつつ、彼はどうにか行動を起こした。
「でやああぁっ!!」
「覚悟しろ、虫けらぁっ!」
「……、っ!」
一心にこちらめがけて走ってくるアインとリムルヘヴンの攻撃を、魔剣によってどうにか受け止めたのである。いや……受けはしたが、あえて後方へと吹き飛んだ。『タイダルウェーブ・ドライバー』によって発生した洪水の流れに乗ったのだ。
当然今が好機と二人はそれを追い、追撃する。それを受けて、あるいは都合の悪いものは避け、どんどんと後方に下がっていく。
クロードだけは水中の影響を受ける分、どうしても動作が遅い。そのため少しずつ生傷も増えて血が出てくるが、それでも彼は攻撃を防御し、水の流れるがままに後方へと下がっていく。
「……何かおかしい! リムルヘヴンさん、ちょっと待って!」
「何ぃっ!? 何のつもりだ赤いのっ!」
あまりにも無抵抗に流されていくクロードを不審に思うアインが、リムルヘヴンに待ったをかけた。何か、誘導されている気がしてならない。
「ここは待てんぞ! これを逃せばあと一発しか『タイダルウェーブ・ドライバー』を撃てないのだ……ここで決めねばっ!!」
しかしリムルヘヴンには退けない理由もある。二発が限度の『タイダルウェーブ・ドライバー』……切り札を一つ、ここで切ったのだ。まごついて万一この好機を逃せば、それこそ窮地に陥りかねない。
そんな思いで叫ぶリムルヘヴンをアインも理解して、ならば自分がと叫んだ。魔剣の力を以て、後方に下がれない状態を作るのだ。
「『プロミネンス・ドライバー』! 奴を取り囲めぇっ!」
「……っ!?」
呼び出した炎竜がクロードの退路を塞ぐ。これはさしもの風の魔剣士もひどく動揺したのか、流れに逆らい立ち止まり、アインを睨んできた。
やはり、何か意図があって下がっていた……? 訝しむアインだが、ともあれこれで水の流れに乗ることもできまいと再度、リムルヘヴンと共に斬りかかる。
「終わりだ、クロードぉっ!!」
「死ねぇっ!」
「……」
後ろに燃えたぎる炎。前からは剣士二人の斬撃。
左右上下に避けようが、その場合はやはり『プロミネンス・ドライバー』が襲い掛かるだろう。どうあがいてもダメージは受けざるを得ない、そんな状況だ。
──だが、そんな窮地にあって、クロードは。
苦々しくもにやりと笑い、二人の攻撃を魔剣で受け止め、やはり後方へと流れて見せた。
「そんな!? 後ろには『プロミネンス・ドライバー』が!?」
当然背後には炎竜がいる。燃えたぎる炎の集合体だ……彼はその熱そのものの中へと飛ばされ、身体を焼かれた。
「────っ!! ッ!?」
たとえ水の影響を受けていても、炎の熱は容赦なく彼を燃やす。声にならない叫びを漏らし、音の代わりに水泡を発するクロードに、アインとリムルヘヴンも思わず追撃を止める。
「やったか!? こうまで燃えてはもう、為す術もあるまいが!」
「……クロード」
眼前で人が一人焼けていく。もがき苦しみ、声も出せずに水泡ばかりを吐き出して、炎に燃やされていく。
それを見て二人は、依然油断はせずとも静かに動向を見守った。アインは元よりさしものリムルヘヴンも、生きたまま焼かれている者相手に斬りかかるのは躊躇われたのである。
後はクロードが息絶えるまで、せめて見守るべきか……そう考えて顔を見合わせた、その瞬間だった。
炎に焼かれるクロードが、その身を燃やされながらもなお、自ら後方へとステップを踏み、大きく跳んだのだ。
「──馬鹿なっ!」
「焼かれながらっ!?」
あまりにも現実離れした光景だった……油断していようがしていまいが、実際に目の当たりにすれば確実に虚を突かれる、そんな姿だった。
水の中、炎を纏って流れるクロード。しかしそこまでして何を求めている? アインとリムルヘヴンが追いつつも訝しんでいると、すぐに答えが見えてきた。
これを求めて、後方へと下がろうとしていたのだ。アインとリムルヘヴンの攻撃を受けつつ、それを狙っていたのだ……炎に全身を焼かれてもなお、諦めることなく。
アインは叫んだ。
「崖だぁぁっ!!」
そう、崖だった。『タイダルウェーブ・ドライバー』によって発生した洪水も、重量には逆らえず崖から下へと流れていっている……すなわち水の終着点。
崖から勢い良く飛び出し、同時に洪水から逃れたクロードは燃えながら叫んだ。
「っが、……『ハリケーン・ドライバー』ッ!! 暴風よ、おこれぇぇっ!!」
「ぐっ……!」
「うあああ!?」
そして放たれる大暴風……これまでで最大規模、最強威力の竜巻がクロードを中心に発動した。
『プロミネンス・ドライバー』も『タイダルウェーブ・ドライバー』も、この荒れ狂う風の前にはまるで無力だった。あっという間にかき消され、アインやリムルヘヴンさえ巻き込んで吹き飛ばされていく。
「はぁ、はあ……やって、くれたな。死ぬ、ところだった……」
『ハリケーン・ドライバー』の暴風に乗って陸地へと戻り、息も荒く風の魔剣士は呻いた。その全身は既に、見る陰もなくなっている。
皮膚は焼け爛れ、頭髪もすっかり焦げ付いている。服は燃え千切られ、辛うじてズボンが残るばかりだ。整っていた顔立ちも、今やあちこちが黒く炭化してさえいる。
すっかり酷い姿と成り果てた己を、クロードは嗤う。
「くっ……くく。大きすぎる代償だな、相手を舐めた結果がこれか……! 人間の体そのままであれば即死だっただろうから、まだマシではあるんだろうが」
「ぐ、う……まさか、崖を利用するとは、な」
「さ、最初から……『タイダルウェーブ・ドライバー』を見越して、こ、この場所を選んでいたのか……っ!」
吹き飛ばされたリムルヘヴンと、アインが歯噛みして呟いた。何故、村どころか遺跡からも遠い、こんな切り立った崖の側での決戦を選んだのか……その理由が端的に示されたのである。
「『タイダルウェーブ・ドライバー』の恐ろしさは、一度味わっているからな……! アインさんのパワーアップは想定外だったためこの通り酷いことになりはしたが、どうにか上手くいったぁ……っ!」
「く……そぉっ!」
悔しげにリムルヘヴンが呻いた。ダメージは与えたものの致命打に至らなかったことで、彼女は暗澹たる絶望感が足元から這い出るような心地がしていた。
『ハリケーン・ドライバー』に現状対抗できるのはアインの『プロミネンス・ドライバー』と自身の『タイダルウェーブ・ドライバー』のみ……だがアインでは勢いを弱めるのがやっとであり、リムルヘヴンならば無効化できるが連発が難しい。
恐らくはあと一発、『タイダルウェーブ・ドライバー』を放つのが精一杯だ……使いどころを見誤れば、死ぬ。
「もういい……貴様らは死ね! 華々しい英雄譚を滅茶苦茶にしてくれた礼だ、精々苦しめて殺してやるっ!! 『ハリケーン・ドライバー』ッ!!」
再び放たれる狂気の暴風。今度は一段と大きく強い──クロードは魔剣の力をフルに引き出していた。
吹き荒れる巨大な竜巻が三人の周囲を広くうねる。そして四方八方から発生する空気の刃によって、アインとリムルヘヴンが切り裂かれていった。
「ぐああっ!」
「くぅっ……」
「はっはははは!! なぶり殺しだっ! 貴様らの魔剣なぞ僕には敵わないっ!! 僕こそ最強の魔剣士、最高の英雄だっ!!」
みるみる傷だらけになっていくアインとリムルヘヴンを見て哄笑するクロード。火に焼かれて全身が痛むにも関わらず、彼は大笑して二人を嘲っている。
リムルヘヴンが叫んだ。
「さっきから英雄英雄と、やかましいぞクソガキがっ! そんなもののために戦っているのか貴様はっ!」
「そんなもの? はっ! 英雄だぞ? 時代を担う者の称号だっ! かつて我が曾祖父ヴェガンもそう呼ばれていた──『剣姫』リリーナ様をはじめとした偉大な冒険者たちと共にっ、遥か80年前になっ!」
「リリーナさん……?! あの人、そんな前からっ!?」
「リリーナ『様』だっ!! 畏れ多いぞ愚か者っ!」
リリーナに対して何か拘りがあるのか、クロードは激昂して更に暴風の勢いを増した。更に風の刃が二人を襲う。
「くっ……『プロミネンス・ドライバー』! リムルヘヴン、僕の傍にっ!」
「貴様、呼び捨てに……ちいっ! 言ってられんか!」
アインが炎竜を生み出し、風の刃を防いでいく。リムルヘヴンも呼び寄せて二人纏めてのガードだが、それでもすべてを止められるわけもなく……やはり徐々に、体は切り裂かれていく。
「くっ……お前は! ひいお爺さんに憧れて、こんなことをしたって言うのか!?」
「それもある……が、違うっ! 何よりもの理由はっ!! 勇者セーマという、曾祖父たちの時代を侮辱したクズから! 英雄の誇りを取り戻すためだっ!!」
「侮辱……クズだと?! 何を言っている!?」
まるで意味の分からない言い分に戸惑い、アインが問い掛ける。
激昂に任せて風の魔剣士は、決定的な理由を口走った。
「『剣姫』リリーナ様をメイドになど貶め、あまつさえ打ち負かしたっ! 後から知ったことだが……何の努力もせず手に入れた力でだっ!! ──そんな奴が英雄面なんて、許せるわけねえだろうっ!!」
もはや取り繕うことさえ捨てた、激怒の叫び。
クロードは曾祖父が活躍した時代を、セーマが踏みにじったと信じているのだ……実技試験においてセーマがリリーナと戦い、そして打ち倒したこと。更に言えばリリーナがメイドとしてセーマに忠誠を従っていること。
それらがすなわち、曾祖父をも侮辱したのだと思い込んでいるのだ。
唖然として、アインたちが呟く。
「……何だ、それは」
「滅茶苦茶だ……」
「輝かしき時代の象徴を、奴は土足で踏みにじったってんだよっ!! 何度も何度も繰り返し聞いてきた憧れの、お伽噺の英雄たちをあの野郎が汚して貶したんだっ!!」
竜巻の勢いが増す。風の刃も段違いに増え、『プロミネンス・ドライバー』の炎竜さえかき消しかねない程に次々と襲い来る。
明らかに、クロードの憎悪に呼応している──リムルヘヴンは己の魔剣が『第2段階』に進化した時を思い返した。
あの時と同じだ。魔剣が、使用者の感情を吸い上げている……!
「努力の末なら良かった! 才能や素質でも、面白くはないが納得できた!! ……改造されて何の苦労もせず最強になった凡人だと? そしてその力で英雄になっただとぉ? 認められるかっ! 奴はこの世界のすべてを侮辱しているっ!」
「……ふざけるな」
「……何だと?」
そして、クロードにも負けない程の感情の昂りを感じ、リムルヘヴンは隣のアインを見た。俯くその顔はひどく強張り、身体も震えている。寒さではない……怒りが爆発するのを堪え、抑えているがゆえの震えだ。
不快げに聞き返すクロードに、炎の魔剣士は次第に、少しずつ怒りをぶつけていく。
「ふざけるな……ふざけるな、ふざけるなふざけるなふざけるなっ!!」
「あ、赤いの……?!」
「そんな逆怨みで、お前は皆を巻き込んで……っ! 人を傷付けてっ!!」
怒りのあまり顔を赤らめて、涙目にすらなりながらアインが叫ぶ。
あまりにも自分本意な理由……ワインド以下の目的で邪悪に手を染め、セーマを逆怨みして人を傷付ける目の前の男の不甲斐なさが、あまりにも悔しく腹立たしかった。
「下らない逆怨みで人を傷付けて、何が英雄だっ!!」
「貴様っ! セーマを庇うのかっ!」
「与えられた力なのは僕もお前も変わらないだろうっ! あの人もそうなのかも知れないけど……それでも、僕らと違ってたくさんの人を救ったっ!」
『FEELING-FEEDBACK"EVOLUTION"』
音が響いたのを、リムルヘヴンもクロードも確かに聞いた。アインのものではない……手にした炎の魔剣から響いたその音は、二人とも聞き覚えのあるものだ。
──進化の前兆。
「突然与えられた力でも、お前のように好き勝手はしなかった! どこかの誰かの明日を護ることに使ったんだ、セーマさんはっ!!」
「馬鹿な、この期に及んで進化するのか!?」
「出所なんて関係ないっ! 手に入れた力を正しいことに使える、そんな人こそ英雄なんだっ!! お前に、セーマさんを超えることはできないっ!」
魔剣か赤く煌めいていく。アインの想いをフィードバックして、最適な魔法を放てるように進化していく。
「……行け、赤いの。いや、アイン! 進化しろ、炎の魔剣士!」
リムルヘヴンの激励に頷く。アイン自身、分かっていた……これこそ炎の魔剣の『最終段階』。クロードを止めるため、今こそ進化の時!
「強い風にも負けない、炎を僕に──セーマさん、ちょっとだけでいい。貴方の勇気と強さを分けてくださいっ……『ボルケーノ・ドライバー』ッ!!」
そして、魔剣は煌めいた。




