王国魔剣奇譚(上)
「まずは小手調べと行こうか……呆気なく死んでくれるなよ? 『サイクロン・ドライバー』ッ!」
開戦直後、クロードは早速風の魔剣の力を解き放った。
第2段階……『サイクロン・ドライバー』である。振り下ろした剣先から敵めがけて放たれる風の渦は、まずリムルヘヴンを狙い撃ちしていた。
「ちっ! 先に私を殺る気か!?」
「大口を叩こうが所詮、アインさんは僕に勝てる見込みなどない! ならばリムルヘヴン、先に君を潰して『タイダルウェーブ・ドライバー』など使えなくしてやろう! 英雄は、頭も切れる!!」
横飛びに避けても追撃する竜巻は、リムルヘヴンに回避以外の行動を取らせない。いきなり『タイダルウェーブ・ドライバー』を放つかとも考えたが、体力的に二発が限度のそれを今使うのではじり貧となる。
「くっ、『ウォーター・ドライバー』!」
「水鉄砲か、夏場にはちょうど良いな! だがっ、『ウインド・ドライバー』! には通じない!」
「ちいっ!? お、のれ……!」
どうにか水の鞭『ウォーター・ドライバー』を発動させ、遠くから一直線にクロードを狙う。
しかして彼は余裕に笑い、発動させた第1段階『ウインド・ドライバー』にて水鞭の軌道を逸らし、回避した。
「二つの能力を、同時に使いこなせるなんて……っ!」
アインが驚愕に声をあげた──能力を発動させながらまた別の能力を発動するなど、あまりにも器用な真似だと改めて思い知る。
遺跡でも暴風を発動させながらアリスへの牽制に別の魔法を放っていた、その素質……戦士としてのセンスと才能において、凄まじいものがあると認めざるを得ない。
「僕は偉大な冒険者、ヴェガンの曾孫なんだ……! そして魔剣にも選ばれた英雄!! たまたま力を得ただけの貴様ら凡人どもとは、生まれからして違う!!」
「血脈に、選定かっ! どこまでも受け身な癖にでかい面をっ!」
「英雄として生まれたゆえの宿命だ! 放っておいても世界の方から僕に頭を垂れる! 才能と素質ある僕を、誰もが放っておけないんだ!」
「ガキがっ……!!」
クロードの妄執めいた言葉に毒づきながら、リムルヘヴンは竜巻を回避して考える。
どうにか竜巻を避けつつ、それでも前に進み至近距離で仕留めるか──そう、リムルヘヴンが算段を付けようとした時だ。
「『ファイア・ドライバー』ッ!」
「!?」
割って入ったアインが炎の剣を振るい、竜巻を切り落とした。強引に勢いを引き裂き、無効化したのである。
思っても見なかった事態、第2段階の能力の第1段階での無効化。アインの予想外の行動と成果に、クロードもリムルヘヴンも息を呑んでいた。
「赤いの、貴様……」
「馬鹿な……第2段階だぞ、第1段階で何故」
「僕より先に、対抗手段のあるリムルヘヴンさんを倒そうって、考えか……」
ゆっくりと、アインはリムルヘヴンに背を向け、クロードに向き直る。いよいよ纏ったエネルギーが荒れ狂い始めているアインの剣は、異様なまでに燃え盛る炎が吹き荒れている。
その姿に、二人は感じ取った。口だけではない。今のアインは、間違いなくこれまでのアインとは違うと。
「舐めるな、クロードッ! 今の僕には力が溢れている! 何のための、誰がくれた力か分からないけど……少なくとも今この時は、お前を倒すためにある力だッ!」
「わけの分からないことをっ!」
「今度はこっちからいくぞっ、『プロミネンス・ドライバー』ッ!!」
叫ぶアインと共に発生する炎の竜。やはり尋常でないエネルギーが関与しているのか、これまでとは規模も出力も段違いだ。
謎のエネルギー……どうやら魔剣由来のものでもなさそうなそれを駆使するアインに、戦慄するものを覚えながらクロードは応戦した。
「ふざけるなぁっ! どれだけ出力が上がろうが第2段階は第2段階っ! 最終段階に至った僕の力とは、比べ物にならないんだっ! 『ハリケーン・ドライバー』ッ!!」
「炎よ、風さえ凪ぎ払えぇっ!」
振るわれる『プロミネンス・ドライバー』の炎竜を返り討ちにすべく、クロードが持つ風の魔剣『ハリケーン・ドライバー』が発動した。
クロードの周囲に巻き起こる大暴風。風の壁とも言える密度の竜巻が、彼に迫る炎の竜を遮って──炎と風とが混じり合い、弾けた。
衝撃が周囲に広がり、夜闇を轟かせる。魔剣士たちはそれに耐えつつも叫んだ。
「ぐっ!? く、やっぱりまだ、足りない……!」
「そんな、あり得ない──『ハリケーン・ドライバー』の、勢いを削いだ!?」
アインにとっては惜しむべき、クロードにとっては戦慄すべき結果である。『プロミネンス・ドライバー』が『ハリケーン・ドライバー』を攻略することは依然として叶わなかったが、明らかにその勢いを削いだのだ。
おかしい。いくら何でも、昼間と今とで違いすぎる。
──そうクロードが混乱の最中にいるのを、しかしリムルヘヴンは見逃さない。アインによって『ハリケーン・ドライバー』が弱体化したのならば、今こそが好機!
「『タイダルウェーブ・ドライバー』ッ!!」
「何っ!?」
「赤いの、今だッ!! 走れ、攻めるぞぉっ!」
リムルヘヴンの放つ水の魔剣、その第2段階の威力。クロードの真上から洪水が襲い掛かり、弱体化した竜巻さえも押し潰していく。
当然、水の影響を受けるのはクロード一人だ……アインとリムルヘヴンも、問題なく動ける!
わずかな猶予も与えたくない二人は即座に駆け出した。水の中でも問題なく動ける奇妙な感覚にも構わず、クロードに肉薄するために走る。
距離を取られている限り、勝ち目はない──決死にも似た、突撃だった。
「意外ですね、『女帝』……すぐに私たちに攻撃を仕掛けてくるかと思いましたが」
「アイン少年やリムルヘヴンの決戦に水を差したくはない。わしとてその首、さっさとへし折ってやりたいわ……おかしな真似したら構わず仕掛けるからの、承知しておけよ」
興味深そうに尋ねるドロスに、アリスは冷たく返した。からかうような手合いの女に、一々まともに取り合えないと言いたげだ。
視線の向こうではアインとリムルヘヴンがクロードに向けて走り出している。思わぬアインの力の発露、それを好機と動いたリムルヘヴン……中々良い出だしと言えるだろう。
嘆息と共にドロスが嗤った。
「まったく、扱いやすいのは良かったですが……乗せられやすすぎて冷静さに欠けるのが難点ですわね、クロードは」
「……貴様ら、最終的な目標は何なんじゃ。意味が分からぬ。若いのをたぶらかして戦わせおって」
やはりクロードは利用されているだけであった……それも本人から自主的に協力させる形での、悪質なやり口で。
今更あのクロードを許す気など欠片もないが、ドロスのやり口に胸の悪くなる思いがしていよいよアリスが確信に迫れば、案外、女は気さくに答えた。
「そうですね……『オロバ』にとっては人間を進化させることでしょう、やはり」
「スラムヴァールめも言っておったそうじゃがな、それをしてお主らに何の得がある? 人間を育てて貴様ら、何がしたいのじゃ」
「そこは、何とも? 私は雇われですから……ミシュナウム、何か聞いてる?」
ドロスの言葉にミシュナウム……ローブ姿の老婆は、顔を歪めて嗄れた声で、ボソボソと喋る。
「言ったところで理解できまい……理解できぬことを語るだけ、労力の無駄であろう」
ひどく聞き取りにくい声と、明確な拒絶の意思。老婆はドロスよりも『オロバ』寄りではあるのか、その最終目的を話すつもりはないようだった。
皮肉げにアリスが言った。
「理解するしないは聞いてから判断できる。ババア……何ならその老体、砕いてでも聞き出しても良いんじゃぞ、あ?」
「くっくっく……好きにしろ。わしはそれでも吐きはせん。既にことはわしの手を離れた、大局はもはや変わらぬ」
「わけの分からぬことを……ちっ、要領を得ぬわ」
舌打ち一つ。本当に理解できないことを言い出したミシュナウムに、アリスとしても埒が明けられない。
深呼吸して、気を落ち着ける。どうあれ状況としては、そう悪いものでもないとアリスは思う。
誘導されたにしろセーマがアジトを襲撃したのだ、王国南西部の『オロバ』はこれでまず間違いなく壊滅したと言って良い。どうにも謎の手札が多い辺り、首領は微妙だが……バルドーくらいならば問題なく仕留めているだろう。
となれば後はこちらだ……クロードとドロス、そしてミシュナウムをどうにかできればそれで王国南西部は平和になる。
アインたち人間はともかく、セーマはじめ森の館の面々は、マオを除いて皆……『王国南西部の治安維持』こそが目的なのだ。言ってしまえば『オロバ』が何をしようが企もうが、王国南西部でやらなければどうでも良い話ではある。
「……魔剣同士で戦わせて何を狙っておる。見込んだクロードに力を付けさせたいのか。クロードが敗れれば、貴様らの描く魔剣騒動の成功は成らぬというのか」
だからこそ、アリスは尋ねた。『オロバ』全体ではなく魔剣騒動の、『プロジェクト・魔剣』の目的……すなわち魔剣士で殺し合わせた先にあるのは何か。
それさえ分かれば、後はそれを邪魔すれば終わるのだ。
アリスの問いに、ミシュナウムが答えた。
「……それはもうすぐ分かる。どうあれ魔剣士同士の決着は付く。その時こそ、『プロジェクト・魔剣』の目的が達成される時であろう」
「させぬぞ……! 貴様らにはずいぶんと後手に回らされておるが、最後の一線だけは越えさせぬでな!」
決意を込めて宣言する。『プロジェクト・魔剣』の目的達成条件が何であったとしても、ここまで好き放題されてきて、挙げ句にまんまと目的まで達成されてしまっては立つ瀬がない。
たとえセーマがいなくとも、いやいないからこそ、彼の意志に則りアインを補佐し、『オロバ』を王国南西部から撃退する。それがアリスの覚悟であった。
「それならそれで、私としては構わないのですがね……ミシュナウムはそうでもないかもしれませんが、私は雇われですし。うふふ」
「わしとてどうでも良い……人員不足と呼ばれはしたが、結局バルドーの尻拭いだけしに来たわけだ。あの犬コロめ、最後まで誰かを当てにしてばかりではないか、たわけめ」
そんな意思の力を受けてなお、ドロスは意味深げに笑い、ミシュナウムは偏屈に顔を歪める。
村を出てそろそろ数時間……セーマももう、アジトを襲撃していたとするならば粗方終わらせていてもおかしくはない頃合い。
彼女らの、そして他の者たちの視線の向こうには、魔剣士たちの熾烈な闘いがあった。




