三つの魔剣、雌雄決するは今
クロードの侮辱に激怒したアインは率先して準備を済ませ、村を巻き込まないために誂えられたという決戦の場へと向かった。
無論、アリスたちも同行している……誰か一人、ジェシーくらいは宿へ残しておこうかと考えたアリスだったが、それは釘を刺されてしまっていた。
「いずれ戻ってくるセーマくんたちにメッセンジャーを残したいのは分かりますがね……駄目に決まっているでしょう? 彼だけはこの際、徹底的に遠ざける」
「英雄なんぞ夢見とる癖に、ずいぶん臆病なんじゃな……!?」
村を出て、夜風吹く草原に馬車を走らせる。御者台にて手綱を引くミリアの横に、リムルヘヴンと二人で臨戦態勢を整えているアリスがクロードに皮肉った。
彼は馬車での移動ではない。さりとて歩いてもなければ走ってもいない。風の魔剣の第1形態『ウインド・ドライバー』によって宙に浮き、滑走するように隣接して飛んでいた。
「彼の実力は先の実技試験で分かっていますからね……その実力だけはまさしく最強だ。精神的な面での弱さがなければ、とても付け入る隙など無い程に」
「貴方にご主人様の何が分かるの……!」
「運良く最強の力を得ただけの、どこにでもいる一般人でしょう? 与えられた力で、無自覚に上から人を見下す……はっ! 何が勇者だ、何が英雄だ!」
どこまでもセーマを馬鹿にする言葉を吐くクロードに、アリスもミリアも今すぐにでも飛び掛かり仕留めてやりたい思いだ。だがそれをグッと堪え、ただ目的地に向けて走る。
──アインが。あのセーマが次代を託さんとしている少年が、自らの手でクロードを倒すと宣言したのだ。
セーマを侮辱され、これ以上無い程に怒り……そして未知なる莫大なエネルギーを迸らせて決戦を呑んだのだ。彼を差し置きクロードに殴り掛かることは、さしものメイドたちであっても躊躇われた。
ふと、隣で冷淡にクロードを睨んでいたリムルヘヴンが呟いた。
「貴様……奴に何か、恨みがあるな?」
「何じゃと……? リムルヘヴン?」
「それも下らない逆恨みです、オーナー。ごく個人的な、恐ろしくちっぽけなものと感じます」
突然の断言。言い切る水の魔剣士に、アリスは戸惑いミリアは困惑し、そして……
風の魔剣士は、顔色を変えた。
「……何をいきなり、馬鹿馬鹿しい」
「語るに落ちるぞ、その反応……英雄だ何だ言っても所詮、根底にあるのは薄っぺらな復讐心か? さしずめ何かしら奴に恥をかかされたとでも思い込んだのか、ええ?」
「だっ……! き、さまっ!」
よほど、心の柔らかな部分を突かれたのだろう。クロードは顔を深紅に染めて吼えた。
つまりは図星だと、その反応からアリスもミリアも判断できた……リムルヘヴンは正しく、彼のセーマに対しての憎悪の根源を見抜いたのである。
アリスが驚いて尋ねる。
「お、お主……何故そんなことが分かったんじゃ」
「……口にするのもお恥ずかしいですが、オーナー」
リムルヘヴンは苦渋の表情を浮かべ、言った。
「勇者を貶す際のコバエ野郎の面は……私たち『エスペロ』の従業員に似ていました」
「お主らに、じゃと?」
「はい……オーナーが勇者の館にメイドとして働き始め、そして『エスペロ』の運営を半ば引退なさった時の、私の……そして、他の従業員たちに少なからず見られたものと同じ質のものなのです」
「……ぬ、う」
決して、当て付けのつもりで言ったわけでもないのだろうが──まるで己がリムルヘヴン始め、『エスペロ』の従業員たちを見捨てたかのような言い分に、さしものアリスも悪い気がして呻いた。
セーマと同じく、後のことは次世代に託したいという思いもあって半分隠居の形をとっている『エスペロ』のオーナー。しかして従業員たちからは未だ、その絶対的なカリスマ性と権威にすがられているのだ……端的にその事を示してきたリムルヘヴンに、二の句が継げない。
「ゆえに、分かるのです……この男は結局、あの勇者に嫉妬しているだけだと。現実から目を背け、ただ奴を都合の良い敵にしたいだけなのだと」
「ぬかしたな、亜人……! つまりは貴様だって、セーマくんに薄っぺらな憎悪を抱いていると白状したも同然だろうに!!」
「はっ、何を今更!」
鼻で笑い、リムルヘヴンはクロードの指摘を受け入れた。思わぬ返答に目を見開いて驚くクロードと、アリス。
ヴァンパイアの少女は開き直ったように、高らかに叫んだ。
「私とて、私たちとてとっくに分かっている……! オーナーは私たちに、次なる時代を託すために引退なさろうとしていたっ! だが私はそれが受け入れられずに勇者を怨んだ!」
「リムルヘヴン……」
「薄っぺらいなど百も承知だ! だが貴様はそれ以下、ただちっぽけな自尊心を傷付けられたゆえの復讐心ではないか! そんなもので我らに楯突くなどっ!!」
「戯れ言を……っ!」
クロードは既に冷静さを欠いていた──ある点においてまったくの同類であるリムルヘヴンから痛いところを突かれたのだ、魔剣を得ようが幼い心が動じずにいられるわけがない。
激情のまま、草原を飛びながら彼は言った。
「アインさんにしろ貴様にしろ、よほど死にたいらしいなっ! 英雄たるこのクロードを侮辱した罪、万死を以ても未だ軽いッ!」
「ふん、屑が! 貴様が英雄だなどと笑わせる、底の浅いガキなど虫一匹とて満足に殺せるものかッ!」
「おのれ……っ!!」
怒りに震えて呻く。少年の肥大化した自意識は、決してリムルヘヴンもアインも許すことはできないと雄叫びをあげていた。すなわち、必殺の気構えである。
「殺してやる、英雄に立ち塞がる障害どもめっ! ──見えてきた、あの丘が貴様らの処刑場だっ!!」
そしてクロードは吼えた。決戦の地である、遺跡付近……というよりはもはや南端、海に面した崖のような丘の上。
ギルド長ドロスに老婆ミシュナウムの待ち受けている場所を示して、そこへと向かうのであった。
波打つ音さえ聞こえてきそうな、丘というよりは崖に近いその場所。星が散りばめられた夜空が美しく見える、そんなひどく穏やかな地点にて、クロードたちは決戦を行おうとしていた。
アインたちは馬車から降り、クロードともう二人──ギルド長ドロス、そしてローブ姿の老婆と相対していた。
「ギルド長ドロスとは貴様かっ!」
「ええ。はじめまして『エスペロの女帝』。私こそ、ギルド長のドロスです。こちらはミシュナウム。『オロバ』幹部ですが……私の協力者でもあります」
痩身のスーツ姿。黒髪艶かしく海風にはためかせるはギルド長……そして『オロバ』の女。
すべてを欺き踏み台とした謀略の女は、思慮深き知的な印象の風貌とはいっそ似つかわしくない程の無垢な笑みを浮かべていた。
「そして、ふふ。炎の魔剣士アインさんに、水の魔剣士リムルヘヴンさん。なるほど、上手に連れてきてくれたわね、クロード」
「ええ……! すぐにでも殺してやりたいくらい、完璧に連れてきましたよ、ええ!」
「? そう。ヤル気満々みたいで何よりだけれど……」
想定以上に殺気立っているクロードを訝しむ。見ればアインもリムルヘヴンもすっかり殺意を剥き出しにしていて、ドロスは直感的に雲行きの悪さを感じ取った。
魔剣士たちの殺し合い……セーマさえいなければ、クロードの実力ならば問題なく勝ち抜けるものと確信していたのだが、どうにも様子がおかしい。
特にアインだ……どうしたことか、異様なエネルギーを放っている。クロードがかつて見せた『最終段階』への進化とはまた異なる、力の奔流。
これは魔剣の仕様であるのかと、隣に立つローブ姿の老婆ミシュナウムを見る。彼女は嗄れた声で、ぼそりと呟いた。
「これは……魔剣ではない。あの小僧、何か……おかしいぞ、ドロスや」
「……そう。準備、しておいてね」
「うむ」
「ドロスとやら! 貴様に聞きたいことがある!」
小声で老婆と話を合わせるドロス。バルドーと同格の、『オペレーション・魔獣』責任者であるミシュナウムの言だ……今のアインに、誰にとってもイレギュラーな『何か』が起きているのはたしかだろう。
こっそりと口裏を合わせていれば、アリスが怒りも露に叫んでいた。そちらに応じる。
「何でしょう?」
「貴様の目的は何じゃっ!? ギルドと『オロバ』も裏切って、クロードをたぶらかして何がしたい!?」
「いえ? 特に何も……そもそも裏切る程、『オロバ』に忠誠などありませんしね」
問いかけに、ドロスは少しの猶予も持たず即答した──『特に何も』。まるで中身の伴っていないその言葉に、一同が目を丸くする。
彼女は続けた。
「私だって別に、こんなことやりたくてやっているわけではありません……色々とあって、『オロバ』のために動いている身の上でして」
「どういうことだギルド長!?」
「いわゆる契約ですよ。かれこれ500年程、私はとある条件のため『オロバ』に協力しています。それなりに年季が入っているんですよ、これでも」
苦笑いと共に肩を竦める。500年──さらりと明かされたそこ長大なる期間に皆、動揺を隠せない。
500年もの間、『オロバ』に協力していた。つまり彼女は500年前から、『オロバ』のために動いていたこととなる。
ソフィーリアが叫んだ。
「ギルド長としての立場も、もしかしてっ!?」
「ええ、そうね……『オロバ』の実験のため、必要だったらしいから。大して興味もないのに権力闘争なんてして疲れたわ。ずいぶん人も蹴落としてしまったし」
「元より『オロバ』がギルド長になったわけじゃったか……っ! じゃが解せぬ、何故今更『オロバ』を踏み台にした! ご主人を、勇者をけしかければどうなるか分からぬわけでもなかろう!」
「そろそろ潮時かと思いまして。条件の方も、まあ満たされつつありますから。最後にここで一働きしたら、後は身を隠して逃げるだけです……彼女が、ミシュナウムが手引きしてくれますのよ、ふふ」
どこか飄々とドロスが答える。裏切られていたわけではなかった──最初から敵だったこの女は、白々しく言った。
「リムルヘヴンさんに魔剣を渡してロベカルさんに出鱈目を吹き込んだのは、この状況を更にかき回し、あわよくば勇者にアジトを襲わせるためですね。最悪ほんの数時間だけでも離れてくれれば良いかしらという程度でしたが中々、都合良く動いてくれて助かります」
「に、逃げるためだけに……『オロバ』アジトを犠牲にしたのか……っ!?」
「『オロバ』が混乱してくれれば逃げ切れる可能性はますます高くなりますもの、仕方ありませんね。うふふふっ!」
アリスが愕然と呟いた。ソフィーリアやジェシーもまさかそんなと、ギルドのトップを見詰めている。
ラピドリーやミリアは話の最中もミシュナウムに警戒し、そしてアインとリムルヘヴンは。
「さて、こちらだ二人とも……ギャラリーを巻き込まないようにしなくてはね。後世に残る戦いだ、精々じっくりと見て、そして語り継いでもらいたい」
「貴様の無様な敗北が語り継がれるわけか……それは良い、傑作だな!」
「ソフィーリア、アリスさん、皆……それじゃあ行ってきます」
クロードに促されて集団から距離を取った。大規模な戦いに人を巻き込まないためのものなのだろう……崖に近い場所に彼らは移動しようとしていた。
それに際してアインが声をかけた。彼から放たれる異常なまでのエネルギーはいよいよ燃えたぎって迸ろうとしている。
「アイン少年……行けるのか? そんな、よくも分からぬ力で」
「ええ。分かるんです……この力は僕を、助けてくれる。もしかしたら、もっと多くの人だって」
己に宿る不可思議な力を、アインは不思議な程に受け入れていた。
魔剣を通して何らかの干渉があったあたりから、アインの言動に不可思議なものが混ざっている……一同には分かりかねたが、しかし悪いもののようではないとアインが言うのならば今は、それにさえ縋らざるを得ない。
「そう、か……最後に聞くが、わしらの加勢は」
「いえ。魔剣は魔剣で止めます。もうこれ以上、誰も巻き込みたくない……僕が、戦う」
「……少年」
その力を以て、自らの手でクロードを妥当することを望んだ少年に対し……アリスは、せめてもの激励を放った。
「負けるなよ。わしらの分も、奴に叩き込んでやってくれ!」
「はい!」
「アインなら、きっと勝てるって……信じてるから。心配なんてしてないから、私っ」
「任せて、ソフィーリア。僕は負けない……必ず勝つ」
そして、愛する少女の信頼。それが何よりもの力になると、アインは頷いた。
一歩踏み出す。クロードとリムルヘヴンは既に先に行っている。これから、決戦なのだ。
アインは今や、己に宿る力の使い道を定めていた。魔剣を通して出る力、それは何のためにあるものか……彼自身の意思で、決めたのだ。
リムルヘヴンと並び立つ。離れて対するはクロード。既に魔剣を持っている。
二人も魔剣を手にした。漆黒の刀身に、色違いの宝石が埋め込まれた剣。強大な力を秘めたそれを構え、二人は言った。
「足を引っ張るなよ、赤いの」
「リムルヘヴンさんこそ……大技放って一発ダウンとか、止めてくださいね」
「ふん。舐めるな……二発が限度だ。どうにか効果的に使いたい、精々フォローして見せろ」
「はい──!」
そして、クロードの周囲に風が巻き起こり。
アインとリムルヘヴンは駆け出した。魔剣騒動の、決戦の火蓋が切って落とされたのである。




